第17話 なんで俺様系って人の話しを聞かないの? あと面白れぇ女って馬鹿にしてるでしょ
一人になるオリクト。そんな彼女に近づく二人の男の影があった。
「これはこれは殿下。お一人ですかな」
痩せ細った中年男性とオリクトと同年代の青年だ。
誰だったか、記憶を辿っていると男達が伯爵家と自己紹介してくる。正直言っていまいち印象に残っていない。
「しかし、殿下ほどの方が壁の花とは……」
「今日はシルビラお姉様の披露宴ですもの。私が目立つべきではありません」
はっきり言ってつまらない。お世辞を言いながらこちらの機嫌を伺っている。こういった者は珍しくない。いや、絡まれるのは仕方ない事と受け入れている。
ただ無駄に精神をすり減らしたくないだけ。ドルドンが早く帰ってこないかと心待ちにしていると、伯爵令息がオリクトの前で傅いた。
「殿下。この後のダンスですが、一曲目を是非とも私と踊っていただけませんか?」
(は?)
何を言っているのか一瞬解らなかった。この男はそれ程非常識な事を口に出したのだ。
自国の王女に対して、婚約者がいる女性に対して、ドルドンを無視して最初に踊ってくれとぬかしたのだ。
(はっはーん。さてはこの伯爵一家、私の事を嘗めてるわね)
なんとなくだが彼らの視線、笑みから察した。おそらくクド族を馬鹿にし、そんな低俗な連中と吊るんでいるオリクトを簡単に懐柔できると読んだのだろう。しかしそれは悪手だった。
「あらごめんなさい、虫の羽音が五月蝿くて聞こえませんでした」
「ですから、私と踊って……」
「
笑顔の獣が牙を剥いた。今黙れば聞かなかった事にしておいてやる。そう暗に言っていた。
王族は嘗められてはいけない、下の者に手綱を取られてはいけない。前世でもアルバイトに好き勝手させた店がどうなるのかは知っている。これはその拡大版になる。そして、民の命運もそこにあるのだ。
世間知らずの小娘だと侮るなら痛い目に遭わせてやろう。言葉の裏に剣を隠し、今か今かと機会を伺う。
二人も予想外だったのだろう。目が点になったかと思えば冷や汗を流し出した。
「で、殿下には私の方が……」
そう言いながら手を伸ばす。オリクトは避けようとしなかった。動けなかった訳ではない。ここで彼の方から許可無く触れれば不敬だと叩ける、気付いて手を止めればそれが良い。
かかってこい。そう睨むオリクトに伸ばされた手が止められる。
男の手掴むもう一つの手。ドルドンかと思ったが彼ではない。オリクトは見た事の無い青年が間に割り込んだのだ。
「誰の許しを得て彼女に触れようとしている」
(誰?)
初めて見る顔だ。だがそんな事は青年がこちらを一瞥した瞬間に吹っ飛ぶ。
(…………めちゃくちゃイケメンだ)
美という概念が人間になったかのような絶世の美男子だった。オリクトでさえも見惚れるような美貌に口が動かない。
「な、何者だ?」
「ほう? 俺の姿も知らぬとは、貴族の名を捨てた方が恥を上塗りせずにすむぞ」
なんとも高圧的な男だと内心ため息が出る。こちらは王女だぞと笑いが出そうになった。
だが彼の胸元に輝く紋章を見た瞬間、オリクトの背筋が凍りつく。青い矢尻型の石を咥えた黒竜の紋章。
「オーラム帝国皇族……!」
「へ?」
伯爵親子も信じられないと呆けた顔になり、オリクトも我が目を疑い口角が痙攣する。
なんせ隣国の皇太子がここにいるのだ。想定外の人物に頭がパンクしそうになる。
(ちょっと待った。オーラム帝国からは宰相が来賓予定って聞いたはずなんだけど。なんで皇太子がいるのよ!?)
焦りから声が出ない。しかも相手は不機嫌極まっているのがひしひしと伝わってくる。
「も、もうしわ」
「失せろ」
「ヒィ!」
情けない悲鳴を残し、一目散に逃げ出す。その様子に周囲から視線が集まった。余計な事をと文句が半分、ナイスなタイミングに感謝が半分だ。
はっきり言って嫌な気はしない。少し声色が苦手だが、ヒロイックな登場は高ポイントだろう。
「はじめまして。オーラム帝国の方ですね。私はコーレンシュトッフ王国第二王女、オリクト・コーレンシュトッフです」
「オーラム帝国、皇太子カルノタス・オーラムだ。ふっ、愛らしい名だな」
「……お褒めいただき光栄ですわ」
歯が浮くような台詞だ。嫌、ではないが少しだけ気分が沈む。
こんなイケメンに声をかけられれば普通は浮かれる。周りの見物客、特に女性陣の反応は大きい。もし前世なら【こんなブスな私にどうしてこんなイケメンが!?】と少女漫画の主人公のようにパニックを起こしていただろう。しかし今のオリクトにはドルドンがいる。いわば彼氏持ちのリア充だ。そう簡単に絆されはしない。
「皇太子殿下。オーラム帝国からは宰相のマキュリー閣下がいらっしゃると伺っていたのですが」
「宰相は体調不良で欠席だ。代わりに俺と宰相子息である俺の側近が参加した。まあ、これも竜の加護がもたらした幸運なのだろう」
脳の奥から警報が響く。オタクセンサーに何かが引っかかった。
それは正しかった。カルノタスはオリクトの手を取り跪く。
「見つけたぞ。オリクト、お前こそ俺の妻。竜の花嫁だ。我が妃よ、帝国の全てをもって君を幸せにすると誓おう。俺と結婚してほしい」
ざわめきが一気に大きくなる。羨望と驚愕がうずまきオリクトを包んだ。
「まさかオリクト殿下が?」
「カルノタス様を射止めるなんて。流石は殿下……」
求婚された。こんな大勢の眼の前でだ。乙女としては憧れるシチュエーションだが、冷静に考えると非常識だ。そもそも今日はシルビラの結婚披露宴、自分が目立っては意味が無い。
「君の全てが欲しい。断る理由も無いだろう? オーラム帝国皇妃よ。これは決定事項だ」
オリクトの耳が震える。この人の話しを聞かない、自分の行いが正義であり常識と言いたげな口調に覚えがあった。
『俺様系とか生理的に無理なんですけど』
思わず出てしまった日本語。誰にも理解されないおかげで問題発言にはならない。
この男はオリクトが一番苦手なタイプだった。ドルドンと真逆の断られるなんて想定していない不遜な態度。所謂俺様系である。こんな上から目線で俺のものになれとか御免だ。
今すぐこの男を蹴っ飛ばしたい。しかしそんな事をすれば国際問題になる。
いや、そんなものは不要だ。この色男が何をしているのかそれを考えれば対策は簡単。
「……申し訳ございません。私には婚約者がおります。ですので殿下の求婚をお受けできません」
そう、これだけで良い。彼がドルドンの存在を知らなかったとはいえ、婚約者のいる令嬢に求婚するのは論外。大々的に求婚してきた男を堂々と断る、それだけで大ダメージを与えられる。これがオリクトの狙いだった。
当然、自分が断られると思っていなかったのだろう。カルノタスの目は点になり、観客からも驚嘆の色が見える。
「俺の求婚を断るとは……面白い女だ」
オリクトの額に青筋が立つ。
「婚約者か。おそらくコーレンシュトッフの貴族だろう。だがな、その間男と俺、どちらが君を幸せにできるかは考えるまでもないはずだ」
怒りのボルテージが上がっていく。面白い女、なんて女性向けの物語にはよくあるタイプだ。だがオリクトはこの言い回しが大嫌いだった。
「他の女どもは目を金貨に変え媚びてくるが君は違う。ああ、こんな気高い淑女には出会った事が無い。俺は……君が欲しい」
金や権力になびかない女、と言えば聞こえは良いが、こちらを珍獣扱いしているようなものだ。その上、オリクトの事情も知らず、超大国の皇太子の立場でドルドンを見下している。それがオリクトの逆鱗に触れた。
(何こいつ? そりゃ超ハイスペ男子に見初められるってのは乙女のロマンよ。けどね、彼氏持ちを口説くなんて馬鹿じゃない? そもそも金や権力に興味が無いんじゃなくて、愛してる人がいるから断ってんの!)
やはり持ってる扇子を綺麗な顔に投げつけてやろうか。それともドルドンから貰った魔法具でぶっ飛ばしてやろうか。
怒りのあまりブローチに手が伸びる。だが人込みの奥から聞こえた声で我に返った。
「道を開けてくれ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます