第16話 イケメンの臭いがしますわ でもイケボの方が良いですわ

 パーティー会場に一際大きな声が響く。女は上気し黄色い声を上げ、男は嫉妬と畏怖の視線を向ける。その中心にいるのは二人組の青年。

 黒曜石のように艷やかな髪と瞳、美の一文字をヒトの形にしたような絶世の美男子。コーレンシュトッフ王国を超える大国、オーラム帝国皇太子のカルノタス・オーラムだ。


「どうですかい、殿下。コーレンシュトッフ王国は」


 その後ろに付き従う黒髪長髪、眼鏡をかけたやや軽薄そうな青年。カルノタスの側近、ドロマエオ・マーキュリーが物珍しそうに周囲を見渡している。

 友人と話しているような軽い口調だが、カルノタスは全く気にしていない。いや、それ以上に視線が奪われる物があった。


「ドロマ。上を見ろ」


「上? …………ああ、こりゃ凄い。あれ全部魔法具っすね」


 会場を照らすシャンデリアの数々。その全てが魔法具だった。

 魔法具が特別な素質がある者にしか作れない。だから貴重かつ高価である。それが本来の価値観だ。それなのにこの光景はどうだろう。オーラム帝国よりも全てが劣るはずのコーレンシュトッフ王国で、こんな大量の魔法具が常備されているのだ。信じられないとしか言い様がない。


「どうやら、コーレンシュトッフ王国に魔法具職人の一族がいる噂は本当のようだな」


「マジっすか。うちでも三人ですよ」


「……面白い」


 ふとカルノタスの頬が緩む。


「殿下が興味を持つなんて珍しい」


「利用価値があるのは事実だ。コーレンシュトッフ王には一度話しておくか。つながりを持っておくのも悪くない。噂の一族の事も調べろ」


「了解」


 愉しい時間になる。そう思われていたがカルノタスの機嫌は一気に奈落へと突き落とされる。


「ごきげんようカルノタスさまぁ」


「ちょっとどきなさいよ」


 彼を囲む黄色い声。パーティーに参加していた令嬢達がこぞってカルノタスに擦り寄ってきた。コーレンシュトッフよりも大きな国、その皇太子妃の座を狙い必死になっているのだ。彼女達だけではなく、カルノタスとのパイプを狙う貴族達もいる。

 金と権力にむらがるアリにしか見えない。俺はごちそうではない、そう叫びたくなる。


「貴様らと話す舌はない。失せろ」


 彼女達の姿を視界に入れぬまま一蹴。すがろうとする手を無視しながら速歩きで進む。


「少しは話したらどうなの。一応こっちは外交って体裁なんだし」


「価値があればな。あんな空っぽの連中に時間を割くのも無駄だ」


「厳しいねぇ。そんなんだから未だに婚約者がいないんですよ。王家存続のためにも……」


「黙れ」


 冷たく刃のような視線がドロマエオを射抜く。心臓を鷲掴みにされるような威圧感に息が止まり押し黙る。

 今までの軽口が嘘のようだ。


「俺は母上と同じ花嫁しか娶らん。母上が復興させた竜の血をまた薄める訳にはいかない」


「しかし、花嫁が見つかった代の方が少ないんですよ。そもそもどこの誰かもわからない。もしかしたら街娼の可能性だってある。男爵家とはいえ、帝国内で見つかったジェンロン様が超絶幸運なだけです」


「そうだとしてもだ。オーラム家の権能を強くしなけ……」


 ふと足が止まる。


「どうしたんですか殿下。さっさとシルビラ殿下に挨拶に行きましょうや」


 エクリクが呼ぶも反応が無い。何かに取り憑かれたように、彼が見た事のない恍然とした視線を何処かに向けている。


「ドロマ。あそこにいる令嬢に見覚えはあるか?」


 カルノタスが指差した先、親子であろう二人の男と話している少女がいた。

 ドロマエオは目を細め指先の人物を確認する。

 ルビーのような赤い瞳に栗色の髪。年齢に比べれば少し小柄な背丈。


「あー、オリクト・コーレンシュトッフ殿下っすね。新婦の妹、ここの第二王女です」


「王女……か」


「そういや挨拶がまだでしたね。一応コーレンシュトッフの王族です……って」


 ドロマエオの話しも聞かず速歩きで駆け出す。何を考えているのか、彼にはさっぱりだ。そもそも女嫌いな彼が興味を持つのも不自然だった。


「どうしたんすか。そりゃ挨拶はまだだし、親父の急な代理で出席しましたけど」


「見つけた」


「……まさか」


 ドロマエオは初めて見るカルノタスの笑顔に目が点になる。そしての一言にオリクトを再び見つめる。


「ああ、俺の花嫁だ」






「はぁ、疲れた」


 人込みから一歩離れオリクトは大きくため息をつく。疲労感に身体が重かった。


「一通り挨拶は終わったかな。お疲れ様です殿下」


「…………」


 じっとりとした視線でドルドンを見上げる。違う、そうじゃない。彼女の瞳はそう言っていた。

 しょうがない娘だ。そう言いたげに優しく微笑むと、そっとオリクトの耳に唇を寄せる。今にも耳たぶに触れてしまいそうな、息が直接肌にかかる距離にオリクトの背筋が震える。


「よく頑張ったねオリー。偉いよ」


 ゾクゾクと身体が歓喜に震える。幸福の塊が耳を通り脳に詰め込まれていく。


「うぇへへへ」


 何ともだらしない顔だろうか。一国の王女がして良い顔ではない。

 それでも彼女にとって至福の一時だ。想い人と共にいるこの時間、愛しい声を存分に堪能し沼に身を沈めたい。

 だめだ。あくまでこれは一瞬の休憩時間にすぎない。


「オリー。あまりだらしなくしていると、シルビラ様に怒られるよ」


「そうね。お姉様の結婚披露宴で腑抜けたままなのはマズイわ」


「じゃあ飲み物を取ってこよう。この後ダンスもあるし、少しは喉を潤しておいた方が良い」


「ええ、お願い。あ、私は果実水で」


 笑顔で頷き使用人達の所へ向かうドルドン。ほんの小さなお願い。ちょっとした用事。パーティーの中にあるちょっとした動き。

 しかし狩人はそんな小さな隙を見逃さない。待って待って、待ち続けた時だ。

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