第15話 公爵令嬢って身分が高いのよね

「まぁ、やっぱり。魔法具となればそれなりのお値段になるのでは? 私の見立てでは、全部合わせると屋敷の二つは買えそうですわね」


「ふふふ。流石フリーシア嬢、目利きが鋭い。全て一級品、仕込んだ護身魔法で騎士すら一網打尽。拵えられた、ドルドン様の愛が詰まった一品ですもの」


 二人が威嚇するように周囲へと視線を配る。彼に文句があるならこちらを通せ、そう行っているようだ。

 流石に王女と公爵令嬢に面と向かって言える者は少ない。すごすごと悔しそうに引き下がる姿が心地よい。


「さてドルドン様。これ、借一つですわよ」


「……お気遣いは感謝しますが、私はあんな連中なぞ眼中にありません」


「私も同じなのかしら? そういえば他の殿方は三秒に一度は私の首から下に視線が向くのに、貴方は全く視線を向けてくれませんもの」


 頭が痛そうに眉間にシワを寄せる。

 彼女に言う通り、フリーシアは大多数の男性から見れば非常に魅力的だ。視線がチラチラと胸部に行くのも納得がいく。オリクトも実は嫉妬している。

 しかしドルドンは違った。男の視線に女は敏感、勘違いではない。


「当たり前です。僕……私にとって最も美しい存在は殿下ですから。他の女性は眼中にありません」


「相変わらずの心酔っぷりですわね。ただ、その台詞は控えるのが懸命かと。比較対象が殿下かつ、私の前だから許されるのよ」


「善処します」


 妙に仲が良く見える二人に、腕を組むオリクトが力を込める。


「二人とも、いつの間にそんな仲良くなったのかしら?」


「誤解ですわ殿下。私も殿下を敬愛する身。ドルドン様と殿下を取り合っているようなものです」


「…………そ、そう」


 フリーシアの笑顔に寒気がした。

 彼女は姉の婚約者の身内。それに公爵家の令嬢だ。オリクトから見ても友人と呼べるくらいには親しくしている。少しばかり距離が近い、それも物理的な事がたまに傷だが。

 好意を抱いてくれるのなら問題無い。二人の関係はオリクト推し友のような関係なのだろう。


「そう言えばフリージアのエスコートは?」


 その瞬間、フリーシアが凍りつく。気まずそうに視線を逸らし頬には冷や汗が伝う。

 エスコートのいない令嬢は訳あり。そんな事を聞いた事がある。

 オリクトからすれば不思議な状況だ。確かにフリーシアには婚約者は不在だ。オリクトのようにパートナーが不在なのは仕方ない。しかし一人だけ彼女の隣にいるべき人物がいる。


「たしかノルマン様がいたはず。彼は何処に?」


「……ノルマン?」


 聞いた事の無い男の名にドルドンの目が細くなる。


「ノルマンは私の双子の弟ですわ」


「弟。なるほど」


 確かに兄弟がエスコートを務める事は珍しくない。下手に他家の男を連れるより、意図せぬ噂も防げる。

 だがその弟がいないのは気になる。


「しかしそのノルマン様がいないのは何故かしら。飲み物を取りに行った訳でもなさそうだし」


「………………実は」


 頭痛を堪えるように頭を抱える。言いたくない、そんな思いが全身から滲み出ていた。


「お兄様への挨拶が終わったら、令嬢達をナンパ口説きに行きまして。どうしてあんな好色家になってしまったのやら」


「好色家」


 ふとドルドンの周辺が冷たくなる。女好きな男が近くにいる、それだけで彼の神経を逆撫でる。

 そんな彼の様子をオリクトは見逃さない。慕われている、と思えば嬉しいがこの場では場違いだ。


「そうなの? 一度しか会った事がないけど、そんな人には見えなかったわ」


「殿下に無礼が無いよう、お父様が釘を刺していましたから。それに、殿下を口説いてマグネシアとも揉めたくありませんし」


 ちらりとドルドンを見る。

 ブラーク家からすれば武器の調達先だ。そことトラブルを起こすのは望ましくないのだろう。


「では私はこの辺で失礼します。そろそろ愚弟に首輪をつけないといけないので」


「ええ、またお茶会をしましょう」


 一礼し立ち去る彼女の背は妙に疲れ切った、育児に翻弄される母親のように見えた。お疲れ様と心の仲で呟き敬礼を送る。

 きっと弟に振り回されていたのだろう。オリクト達とのひとときが数少ない安らぎの時間だったのかもしれない。

 この後も国内の貴族に近隣諸国からの来客対応。十六の少女には少々重荷だが、文句を言っている場合じゃない。これが責任なのだ。


「さて。さっさと挨拶回りを終わらせましょ。着いてきてよ?」


「勿論だとも。オリーのためならどこまでも……ね」


 最後に耳元で囁く。ゾクゾクと背筋が歓喜に震える。ああ、これだ。これだけで心のバッテリーが充電されていく。

 やる気は充分。もう一仕事頑張ろうと胸を張り、大きく一歩踏み出すのだった。

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