第31話 着せ替え人形

 「次はここです!」

 アリシアが菓子店の次に連れてきてくれたのは……なんだここ?

 外観はアンティークっぽい落ち着いた雰囲気だが、看板も無いし、窓はあるがカーテンは閉められて中は見えない。


 「ここ、何の店(?)なんですか?」


 「まぁまぁ、いいですから。早く入りましょう!」

 建物の前で立ち往生する俺を見かねたアリシアが、俺の右腕を引っ張って無理矢理中へ入れられてしまった。


 中へ入ると、目の前には大量の服やドレスが綺麗に並べられていた。

 マネキンやトルソーもあって、陳列の仕方にかなり気を使っているのがわかる。

 どうやらここは服飾店らしい。


 俺達の入店に気付いたのか、裏から壮齢の女性が出てきた。


 「あらっ! アリシアちゃん、いらっしゃい! 今日はどうしたの? 侯爵様に強請るドレスでも見つけに来たのかしら?」


 「もうっ、違います!今日は私のお友達に服をプレゼントしに来たんですよ。ほらっ、可愛いでしょう?」

 アリシアはそう言うと、女性に見せつけるように俺の肩を持った。


 「まぁ、まぁまぁ!なんて可愛いのかしら!綺麗な黒髪に、黒真珠のような瞳。大人びて見えるけど、顔立ちはしっかり幼いのがまた唆るわね…!」


 「ふふん!そうでしょう、そうでしょう」

 女性の反応に何故かアリシアが胸を張って自慢気にしている。それに、心做しかアリアとリリーも得意げな顔だ。

 というか、この状況はなんだ…?服をプレゼントとか言ってたが…。


 「あ、ごめんなさいね。私、ルース。この服屋をやってるの、アリシアちゃんはお得意様なのよ?」


 「ルースさんはとってもセンスが良いのよ! 今日はスズにいっぱいお洒落してもらおうと思って、この店に連れてきたの」


 「そういうことなら、私に任せなさい。久しぶりに腕がなるわね…!みんな協力して頂戴!」

 ルースさんが声をかけると、どこからともなく大勢のスタッフが出てきた。


 息を荒げるアリシアとルースさんに気圧され、あれよあれよと言う間に店の裏にある大きな試着室のような場所に入れられ、スタッフに手早く服を脱がされてしまった。


 それからは、店の中から様々な服を持ってきては着せ、持ってきては着せ……。

 ドレスにワンピースはもちろん、パンツスタイルや街歩き用のコーディネートなどなど、途中からは何故かアリアとリリーまで服を持ってくる始末だった。


 「髪色に合わせて黒や青もいいけど、清楚な白も捨て難いわ…!」


 「ルースさん。ここは暖色系でまとめて、ツインテールにすることで子供っぽさを強調するという案も…」


 「……アリね」



 俺が着せ替え人形になって、早2時間。

 やっと納得の行くコーディネートになったのかと思えば「次は小物ね!」と言って髪飾りやバッグまで出して来たところで、限界が来てしまった。


 「私のことはもう良いですから!今度はアリアとリリーにも何か選んであげてくれませんか?」


 咄嗟にアリアとリリーへ水を向けると、ルースさんは待ってましたとばかりに食いついた。


 「ちょうど良かったわ!実は二人にも興味があったの、是非やらせて頂戴!」


 よかった、興味を逸らすことには成功したようだ。ルースさんは二人の服を見繕うために店の中へ戻っていった。

 ふぅ…、これで解放されてゆっくり出来そうだな…。


 「スズ? まだ終わっていませんよ?」

 安心したのも束の間、何やら悪い顔をしたアリシアさんが色んなアクセサリーを持って俺ににじり寄ってくる。

 勘弁してくれ……。


 結局、俺達三人がアリシアとルースさんの魔の手から解放されたのは、夕方になってからだった。

 俺のインベントリの中には、アリシアが買ってくれた服や装飾品が大量に入っている。正直、俺自身何が入っているか正確には把握出来ていない。


 プレゼントと言ったって、いくらなんでも貰いすぎだし、代金は大丈夫なのかと聞くと、私のお小遣いの半分もしないと言われてしまった。さすがは侯爵家のお嬢様だ、一般人とは金銭感覚が違いすぎる。






 それから数日ほど侯爵邸にお世話になりながら、街を観光して回った。

 一度、平民の暮らす区画に行く時にアリシアも付いていきたいと言い出し、侯爵が渋々ロジェさんと一緒なら、という条件で街へ繰り出した日もあった。

 当然、アリシアが領主の娘というのは周知の事実なので、街の中で目立って仕方が無く、途中に寄った冒険者ギルドの受付嬢なんか、恐縮しまくっていて可哀想なくらいだった。


 その時にロジェさんから、アリシアは侯爵が遅くに授かった一人娘なのだと聞かされた。

 中々子供が出来ずにいた侯爵と夫人は、やっと生まれてくれたアリシアを殊更に可愛がっているのだそうだ。


 通りで可愛がられているわけだな。容姿は整っているし、甘やかされて育てられたのに偉そうなところもない。侯爵と夫人にとってはまさに天使のような存在だろう。






 そして、ついに王都へ向かう日が来た。


 「色々とお世話になりました」


 「いやいや、世話になったのはこちらの方だよ。私達だけではあのワイバーン共を討伐することは出来なかっただろうからね、改めて礼を言わせて欲しい。それと、報酬とは別にこれを渡しておこう」

 侯爵が俺に渡してきたのは、やけに丈夫そうな紺色のショルダーバッグだった。


 「これは?」


 「君の倒したワイバーンの皮で作った鞄だよ。もう少し早めに渡したかったんだが、加工に時間がかかってしまってね。君のその物を格納する能力だが、王都の狸連中に見つかると面倒事に巻き込まれかねん。何か物を取り出す時は、それでカモフラージュするといい。もし鞄に入り切らない物を出す時は人目に気をつけることだ」


 今まで関わってきた人達はみんな良い人だったから大丈夫だったけど、確かにこんな能力持ってたら普通は囲い込みたくなるよな…。

 このバッグは有り難く受け取っておこう。インベントリがあるとはいえ、手ぶらも不便に感じていたんだ。



 「それと、肝心の報酬なんだが…本当にアレでいいのか?」


 「はい!が良いです!」


 俺が侯爵からの報酬に選んだのは、小さな小屋だ。

 以前からアバタールームへ扉を繋ぐ条件が知りたかったので、侯爵邸の庭にある物置小屋で試したところ、無事に繋ぐことが出来た。

 検証を重ねるため、侯爵に小屋を収納して移動させる許可をもらってから、別に場所に物置小屋を設置すると、またも繋ぐことに成功した。


 これなら、小屋をインベントリに入れておけばどこでもアバタールームに行けるのでは?と考えた俺は、報酬にこの物置小屋を強請ってしまった。

 だが、報酬に物置小屋では顔が立たないので、せめて新しい小屋を建てさせてくれと侯爵に言われてしまったので、小屋が完成するのを待っていたのだ。

 途中、枠だけの扉を作ってもらったが、アバタールームへは行けなかったので、扉の先に空間があること、空間が固定されていることが条件なのかもしれない。



 侯爵に完成した小屋を見せてもらうと、注文通り8畳ほどの小屋がそこにあった。

 ただアバタールームへ行くだけの小屋にしては広すぎるかもしれないが、これは馬車馬を入れるためだ。

 俺達がアバタールームにいる間、馬車馬だけ野ざらしというのも可哀想なので、小屋の側面にも大きな扉を作ってもらった。馬2頭にしては少し狭いかもしれないが、大きすぎると外に出しづらくなるので、ここは我慢してもらうしかない。


 「さぁ、受け取ってくれ」

 扉を少し開け、アバタールームに行けることを確認してから、小屋をインベントリに収納した。

 これで旅がかなり快適になるぞ…!


 「いつ見ても不思議な光景だな…」


 「ライウッド侯爵、ありがとうございます。これで旅が楽になりそうです」


 「私としてはあまり釈然としないが、喜んでくれているのなら良かった」




 「それでは、今度こそお世話になりました」

 侯爵邸の玄関へ移動して、自前の小さな馬車に乗り込んだ。


 「あぁ、君はもうアリシアの友人でもあるからね。困ったことがあったらいつでも来なさい」

 「もう行っちゃうのね、寂しくなるわ。それと、チョコは美味しかったわ。ありがとうね」

 あの日の夕食時に、侯爵と夫人にチョコを渡したところ、夫人が殊の外チョコを気に入ってしまい、それならと100個ほど板チョコを差し上げたのだ。常温だと溶けてしまうが、冷蔵庫のようなものがあるらしいので、心配は要らないだろう。


 ではそろそろ出発、という時に見覚えのある馬車がこっちに向かってきているのが見えた。

 あれはアリシアの専用馬車だよな?どうしてここに?


 「実は休暇が終わって学園に戻らなくてはいけないので、私も王都に行くんです。本来ならワイバーンのせいでもっと早く出発しないといけなかったんですが、スズのおかげでゆっくりと帰省を楽しめました。それに、スズと一緒なら道中も安心でしょうから」


 「ちょっとアリシア様、私のこと信じてないんですか?」

 ロジェさんがアリシアの言に抗議している。


 「というわけで、もう少しだけスズと一緒に居させてくださいね?」


 王都までの護衛代わりというわけか、まぁアリシアには色々とプレゼントしてもらったし、それくらいならお安い御用だ。

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