第617話
「売り方に納得できない部分が多々ありますが、それでも1000冊を売り切ってくれた手腕には感謝します」
「言っとくが、ルイーゼがあの本のまま普通に売り出してたら、最悪5冊売れないくらいで終わってたかもしれないんだからな?」
「そんな事はありません。私の弟は可愛いですから」
「あのなぁ……。二次元に落とし込んだ時点で、その可愛い弟様のライバルは、描き手の妄想を詰め込んだ存在になるんだぞ?リアルでどれだけ可愛かろうと、簡単に勝てるわけないだろ」
「しかし!」
「しかし、じゃねぇよ……」
思ったよりもかなり売れ行きが好調だったため、昼過ぎには店じまいを始めた俺達。
今回のピリカマーケットは、全日程3日で行われるらしく、俺達が参加したのは2日目。
何故この日かというと、各日でジャンルが分けられているらしく、今回俺たちが売った同人誌は、BL、ショタに分類されたらしく、そのジャンルの本を売るサークルが集められたのが2日目だったわけだ。
もっとも、複数ジャンルの同人誌を出しているサークルは、他のジャンルの日であっても関係なく参加していることもあるし、コスプレイヤーなんかは、同人誌のジャンルなんてお構いなしで参加してくるので、必ずしも今日じゃないといけない訳でも無かったんだけど、表紙詐欺をする分、せめて内容のジャンルくらいは合わせようかとね……。
まあ、地獄絵図の画集も出しているから、あっちに合わせたら何日目になったのかも気になるっちゃ気になるけども。
「ご主人様、私のゾンビ姿はどうでしたか……?」
「言葉を一度も発さなかった辺りが良かったです。普段普通に話している人間が、いきなり一言も発するなと言われて、本当に終始言葉を出さないのって案外大変だと思うんですよね。流石だなぁベティさんは」
「ありがとうございます……!ふふふ……私のゾンビ唾液からウイルスがご主人様に感染した設定だったので頑張りました!」
「……お、おう」
それ、何か頑張る要素ある?
「……大試さん、今日は、本当にお世話になりました」
「え?どうした急に?」
「こちらに来てから、大試さんにはお世話になりっぱなしですから、この機会に改めてお礼をと」
「そっか……。いや、そこまで苦労もしてないけどさ。たまにヤバイくらいで。不自由なく過ごせているなら良かったよ」
いきなり殊勝な態度になったルイーゼ姫。
なんだろう……?
何か企みあるよな?
俺にはわかるぞ?
「大試さんの事は、母国ドイツへ帰っても忘れません」
「そうか、ありがとう」
「今日まで、本当にありがとうございました」
「どういたしまして」
「では、日本でやるべきことはやりきったので、そろそろドイツに帰してもらえないでしょうか?」
「ダメだなぁ」
「何故?」
「弟に会いたくてたまらないからです」
「じゃあダメだ」
「しかし!」
「しかし、じゃねぇんだって……」
ドイツの王家だって、お前の趣味趣向がヤバいから日本に送り出したんであって、それさえなければ、大して国交も無い国に、自国のお姫様をやったりしないんだよ……。
だから、その過度なブラコンが無くならないと、お前は帰れないんだ……。
何故わからない……?
「はぁ……。それならば仕方がありませんね。では、妥協案を聞いていただけないでしょうか?」
「妥協案?」
「はい」
「とりあえず、聞くだけ聞いてやろう」
絶対ろくな事言わんだろうが。
「こちらにいる間、大試さんが私の弟と言う事にしましょう」
「なんで?」
「弟分の補給が必要なのに、弟がいない。ならば、他から補わなければなりません」
「何言ってんのかわからん」
「これからも定期的に、私の描く弟本を音読しつつ、頭を撫でられてください。そうしてくれるなら、帰りたいなんて文句は、月1でしか言いませんから」
「月1で言うのか……」
そろそろ今月の帰りたい宣言しようかなぁ……って感じになるんだろうか?
やめてほしいんだが?
「はぁ……。まあ、多少なら付きやってやるから、暫く大人しくしててくれ。変な事すればするほど、ドイツに帰るタイミングが遅くなると思うし」
「わかりました。期待しておきます。ところで大試さんは、私にドイツへ帰ってほしいのでしょうか?」
「んー?んー……別に、そこまで帰れって思ってる訳でも無いぞ?」
「積極的に日本に残ってほしいと考えている訳では無いんですよね?」
「まあなぁ……。そもそも、残れとか帰れとか思う程、ルイーゼと関わってる訳でも無いからな」
「成程、確かにそうですね」
だって、ドイツに腹立つ奴いたから攻め込んだら、水着で交渉に来た奴がルイーゼだったってだけで、それ以降もドイツの方々に押し付けられて連れ帰って来ただけだからなぁ……。
美少女だとは思うけど、度々行動がヤバイ奴だなぁって印象くらいしかない。
俺が責任を持っている以上、何が何でも安全は保障する覚悟はあるけども。
「というわけで、明日はデートをしましょう」
「どういうわけで?」
「私たちは、お互いの事を知るためにも、もっと積極的に共に過ごすべきだと思うのです」
「そうかなぁ……?」
「突然の申し出なので、大試さんもデートプランを考えるのは大変でしょう。ですから、ここは私がスケジュールを提案させて頂きます」
「提案なんだよな?決定じゃなくて」
「まず、今日のピリカマーケットで発売された同人誌たちが、明日から同人誌ショップで解禁される筈ですので、一緒に行きましょう」
「えぇ……?今日発売したって事は、男がメインの同人誌って事だろ……?嫌だよ俺……」
1人1冊限定のものとかがあった時の備えとして俺を連れていきたいのかもしれないけど、俺にその手の趣味は無いしちょっとなぁ……。
「ご安心ください。別に、買いに行くわけではありませんから」
「ん?じゃあ、何しに行くんだ?」
「決まっています。私たちの本を置いてもらいに行くんです」
「……んん?」
「この前は、なんの実績も無かったから断られたんです。きっと1000冊も売れた本なら、あちらからどうぞ置かせてくださいと言ってくる事でしょう。とはいえ、やはり女だけだと交渉で舐められるかもしれませんから、大試さんも一緒に行きましょう?」
「ちょっと待て、デートがどうこう言ってたけど、結局本を売りたいだけか?ってか、もう本売り切ったはずだろ?明日書店に行って何を売り込むつもりだよ?」
「ご安心ください。今日1000冊売れる事など確定事項でしたので、増刷をかけておきました」
「あぁ……?」
やっと1000冊売り切ったのに、増刷だと……?
「王族たるもの、先を見据えて行動しなければなりません。姉の雄姿を貴方も目に焼き付けなさい大試」
「ルイーゼ、お前なぁ……」
「姉を呼び捨てにするとは何事ですか!ちゃんとお姉ちゃまと呼びなさい!」
「あれ?もう寸劇始まってる感じ?1000冊増刷ってのも、ただの演技?」
「いえ?そこは真実ですが?」
「えぇ……?」
そこも演技であってほしかったなぁ……。
「ご主人様、姫様がドイツに帰還したとしても、私はいつまでも貴方のお側に侍っていたいです!いつまでも貴方に独り占めされていたいです!」
「ベティさん……今度カウンセリング行きましょう?予約入れておきますから……」
「その時は、私と2人きりで精神科デートにしてください!」
「そんなデート聞いたこともねぇよ……」
ヤバイ2人に振り回されながら、何とか目的を達成した俺。
明日以降の事柄に頭を悩ませつつも、やり切った気持ちになって今日を終える事が出来た。
だが俺は知らなかった。
俺たちが原因で、俺達が帰った後にピリカマーケットの会場内がゾンビパニックの演劇会場みたいになり、これ以降のハロウィン期間に行われるピリカマーケットでは、ホラー関係のイベントが必ず企画されるようになる程の騒ぎになっているなんて。
あと、俺がほぼ全裸の女に襲い掛かり噛みつく外道だって噂がまことしやかにささやかれるようになるなんて。
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