第615話

「いるのよねぇこういうの!本が売れる自信が無いから、とにかく目立とうと売り子に奇抜なコスプレさせる奴ら!同人誌即売会に売る側として参加しておきながら、プライドとか無いのかしら!」


 乳首と股間しか隠していないコスプレとも言えない格好の女が、そんな事を大声で叫ぶ。

 近くの人々は、その女の発言に一様に注目するも、表情からして、「お前が言うな」って思ってそう。

 ただ、数人の男たちは、床に匍匐体勢となり、カメラをパシャパシャしている。


「コスプレがしたいなら、コスプレ会場でしたらいいのよ!私たちコスプレイヤーと同じ土俵で戦う自身も無いのかしら?きっと無いのよねぇ!私はあちらのコスプレコーナーでポーズをとるだけで、数十人が人垣を作るけれど、アナタたちが何かしたところで、精々ゲテモノ見たさの数人が立ち止まる程度でしょう?コスプレを舐めないでほしいわ!」


 まず、お前がコスプレを学び直してこい。

 お前の格好は、ただの痴女だ。


 そんな事を言いたい気もするけれど、俺は今死体なので、無反応を貫く。


「ありがとう……ござ……ました……」

「…………」


 そして、売り子をしているルイーゼとベティさんも、完全無視して売り続けている。

 2人とも、貴族社会で生き抜いてきた生粋のお嬢様だ。

 この程度の露出狂のヤジなんて、そよ風みたいなものなんだろう。


 しかし、ヤジっている相手が反応を全く示さないとなると、ヤジを飛ばしている張本人は、全く面白くない。

 段々と機嫌が悪くなってきているのが分かる。

 興味本位とは言え、うちの地獄絵図を買いに来た客たちも、そこまで長くも無いとはいえ、列を作っている。

 その隣で、訳の分からない痴女が、本気のコスプレをしている売り子相手にコスプレの何たるかを語り出したら、横で聞かされているだけでもイライラしてくるようで、雰囲気は悪い。

 これは、かなり立派な営業妨害だなぁ……。

 どうしたもんか?

 恐らく、この会場全体を管理しているピリカも、この騒動を確認しているころ合いだろう。

 どのタイミングで間に割って入るかを吟味しているんじゃないかな?

 何処の世界にも、古参アピールをしながら、勝手に自分ルールを全体のルールだと言い張って、文句をまき散らす奴ってのはいるもんだ。

 自分が正義だと思い込んでいるから、必要以上に相手に強く当たるし、そんな自分に段々と酔って大胆な行動をするようになる。

 承認欲求モンスター状態だ。

 この状態の相手を何とかするとしたら、それこそ管理運営の担当者に何とかしてもらうか、相手の肥大化した自尊心を傷つけないようにスマートな対応をしなければならない。

 難しいなぁ……。


 もう、格好からして、行く所まで行きかけてるもんなぁ……。

 これ以上脱ぐとなると、それはもうアダルトの分野だぞ?

 レンタルショップで18って書かれた幕の後ろに並ぶ奴になるぞ?

 いま彼女が身に着けている物といえば、股間を隠す水着……水着なんだよな?

 それが、ギリギリ見えちゃいけない所を隠す程度にあるのと、胸の先端当たりに何かが貼りつけられて、こちらも見えないようにギリギリなっている程度。

 一体今までの人生で何があれば、ここまでの格好を平然とできるようになるんだろうか?

 下手をすると、女性芸人クラスの露出度だ。


 うーん、とは言え、彼女の発言から考えると、徹頭徹尾露出すればいいと考えている訳でも無さそうなんだよなぁ……。

 元々は、もっと高尚な信念のもとにコスプレしていたけれど、脱いだら褒められたもんだから、それ以降どんどんエスカレートしていった感じか?

 だとしたら、案外正攻法で行った方が良い気がしてきた。


 因みに、今の俺は死体である。

 ハロウィンをテーマにしたうえで死体が取れる正攻法となると、やっぱあれだよなぁ!


 俺は、できるだけ周りに気が付かれないようにそっと立ち上がった。

 そして、未だにルイーゼたちにシカトされながらもご高説を宣っている露出女へと忍び寄り……。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ……」

「えっ?きゃあああああああああ!?」


 本気の悲鳴を上げる女性へと襲い掛かった。

 抵抗しようとする女性の腕へ、噛みつくふりをしつつ、歯型スタンプをつける。


「え!?え!?何!?なんなのよ!?」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ……」


 未だ混乱している女性の腕、歯型スタンプ周辺に、素早く青紫色のペイントを施していく。

 ついでに、血が少し流れ出しているように血糊もつけておく。

 仕上げに、俺が上に着ていたボロボロのシャツを羽織らせて、腕の所を破いて破損した感じにしておく。


 これで、どう見てもゾンビに襲われて、もう幾何もしないうちに自分もゾンビになる女性の完成だ!


 露出狂さんも、流石にここまでされれば何をされたのかわかってきたらしく、少し冷静になったあとに、自分もノってきた。


「い……いや……死にたくない……ゾンビになんてなりたくないよ……」


 そう言いながら、中々の演技力でフラフラとどこかへと歩いて行く露出狂さん。

 後は、本人が本人の意思の元ストーリーを作っていってくれるだろう。

 なんとなく、その辺りのノリは良さそうに見えたんだよな。

 コスプレ好きな人なんて、そういう演劇チックな事好きそうだし!

 大阪人が、銃で撃たれる真似をされたら、反射的に死ぬ演技をしちゃうようなもん!


 だから俺は、動く屍、ゾンビとなって襲い掛かったわけだ。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ……」

「おい!こっち見たぞ!」

「いやああ!こっちに来ないでええええ!」

「やめろ!やめてくれええええ!」


 我がサークルの客が作る列へと目を向けると、そこに並ぶ者たちが軒並み悲鳴を上げた。

 しかし、誰一人逃げようとしない。

 完全にここでゾンビに襲われる演出を楽しむ気満々である。

 仕方ないので、先頭から一人一人感染メイクを施してやった。


「あぁ……ごめんハニー……俺は帰れそうにない……」

「お母さん……先立つ私を許して……」

「くそっ……!くそっ……!なんで俺がこんな目に……!」


 思い思いの苦悶の表情で買ったばかりの本を抱えながら人混みへと消えて行く客たち。

 うーん……良い事しちゃったなぁ……。


 ところで、感染メイク始めてから、客が増えてない?

 列の長さが5倍くらいになったよ?


 俺は、「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ……」と遣る瀬無い声を出しながら、懸命に客たちを喜ばせて行った。



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