第31話 エディスの想い

ーーー(表アラン)



 石床が月明かりで煌めき、教会の出入口に人々の足が向かっている。白い毛並みが尻尾をしならせそこを通った。


 月が青黒い空に浮かぶ。扉の脇でエディスに支えられて立っていると、足元にミルフィが擦り寄ってきた。


「ニャア」


 エディスの肩に捕まり、その姿をじっと見つめる。その時、傍から足音が近づく。顔だけ向くと、ルーカスとリリアンが心配そうにしていた。


「傷、大丈夫か?」

「もしかして、犯人に……」


 俺は苦笑いした。


「あぁ。でも、民家の人とエディスが手当してくれたから、助かったんだ」

「アランさん、気を失ってたのにすぐに無理して……」


 俺はエディスに向かって微笑む。


「けど、おかげで間に合った」

「……そう、ですね……」


 彼女は複雑そうな笑みを見せた。

 

「アランは意外と無茶するからな」

「回復魔法で治さなきゃ。傷は、背中だよね?」


 リリアンが腰に下げている杖を取り出している。


「あと、鎖骨の下。……ありがとう」


 背を向けながら答え、前に屈む。


「清らかなる光よ、生命の波動よ。傷つきし者を癒したまえ。ファルマーケフティコース」


 背後から光が漏れていた。足元のミルフィがくるりと俺から離れる。教会の扉へ入っていくのが見えた。


「……これで、終わったのかな」


 ぼんやりと俯き、呟く。隣から視線を感じた。


「いえ、アランさん……」


 俺はエディスの方を向く。


「ここから始まるんです」


 彼女は穏やかに微笑んでいた。一呼吸おいて、俺も微笑み返す。


「……そうだな」


 風が静かに髪を撫でた。顔を逸らして空を見上げる。広場を横切る人影の上で、星々が散り欠けた月が出ていた。



ーーー



 野菜スープとパンが皿に盛られ、卓上のランプに照らされている。皿のパンを一つ手に取った。俺はそのパンをかじり、噛み締める。

 

 目の前でルーカスがスプーンで野菜を掬い、その横でリリアンがパンを頬張った。  

 俺は頬杖をつくと、片手でパンを口へ運ぶ。


「……」


 その時ー。視線を横にそらすと、頬からぱっと手を離す。脇にトレイが近づいていた。

 

「お味はいかがですか? 今夜は質素ですみません……」


 エディスが皿を乗せたトレイを持ち、苦笑いを浮かべていた。


「そんな、すごく美味しいよ!」

「むしろ悪いな、こんな日に宿借りて……」


 リリアンとルーカスが口々に答える間に、お菓子を載せた皿が前に置かれた。


「仕事ですから。お口に合えば何よりです」


 エディスは柔らかく微笑み、トレイを胸に抱え照れくさそうにする。


「それに、頬の傷まで治してもらったし……」


 リリアンが前に身を乗り出して笑う。


「当然でしょー? 跡にならなくてよかった」

「……ありがとうございます」


 エディスは首を傾げて笑う。


「……」


 リリアンとルーカスが微笑んだ。俺も笑みを浮かべる。その時ー。扉が開く音が鳴ると、硬質な足音が響いた。


 エディスは首だけ振り向いた。全員の視線が一点に集まる中、エディスはゆっくり身体の向きを変えた。

 茶色のチェニックを着て、手を後ろに回している。老眼鏡をつけた老人が歩いていた。


「ディーゼルさん……!」


 明るい声でエディスが呼ぶ。彼はエディスの隣へ立つ。


「遅くなってすまんな。話し合いが長引いてしまった」

「……どこにいたんです?」

「酒場通りだ。今後について話をしていてな」

「そうだったんですね……」


 エディスは驚いた顔をしていた。ディーゼルさんは俺たちの方を向き、優しく微笑む。


「貴方方が、村を救ってくれたようですね」


 彼は深々と頭を下げる。


「本当に、ありがとうございます」


 空気が一瞬固まる。


「す、救うだなんて……」

「大袈裟です」


 リリアンとルーカスは戸惑いを口にした。


「俺たちは、冤罪を晴らしただけで……!」


 俺も慌てて前のめりになる。頭を下げる彼を見つめた。

 

「……」


 彼は伏せた顔を上げと、真剣な眼差しを見せた。


「それがきっかけとなったのです。目を背けていた現実を、みなが直視しました」

「……」


 俺は息を呑む。


「そして、村は変わる時が来たのです。伝統と自由が交わる時が……」


 ディーゼルさんは顔を逸らし、目を細める。


「魔石が再び脅威を呼ぶのか、または繁栄をもたらすのか……」


 眉間の皺が増えた。


「これからにかかっているのです」

「……」


 エディスは彼を物憂げに見つめる。俺は目を伏せ、口を開く。


「……けど人の想いは、いつの時代も変わらない」  


 ディーゼルさんはこちらを見て目を丸くする。


「司祭様の想いは、人々の心に残り続ける。この先も、ずっと……」


 まっすぐ前を見つめた。


「俺はそう、信じたい」

「…………!」


 ディーゼルさんは、何かいいたげに口を動かした。そこへ視線が集まると、彼は一つ息を吐いた。


「そう、ですね……。あの方が村を守りたかったように……」


 切なげな笑みをこちらへ見せた。


「私たちの心に、火を灯してくれるのでしょう」

「……」


 俺、そしてリリアンとルーカスは微笑み返した。

 ふと、ジョッキの水面に目を落とし手で引き寄せる。  

 眉を寄せてそれを眺めていた。




ーーー(エディス)




 私が扉を開けると、手元のランプが薄暗い空間を照らす。後に続き皆んなが順に入り、横に並んだ。 


「この宿も今夜が最後か……」


 そういって、ルーカスさんは入口脇のランプに触れ火を灯す。


 部屋の中央で荷物が固まっていた。ベッドは脇に三つ、奥の窓際に机と椅子がある。  


「……」


 私の目の前で皆んなが前へ動く。ルーカスさんとリリアンさんは、部屋のランプに火を灯す。棚の上でランプが光った。


「……まずは、入浴かな」


 ルーカスさんは、荷物は近づき腰掛ける。


「ふふ、じゃあ私も。個室三つあるしね」


 リリアンさんも荷物へ近づき、膝に手をついて屈んだ。


「……アランも先行くか?」


 ルーカスさんが振り向いた。


「あー……」


 わたしの横で、アランさんは目を脇にやる。その横顔がふと黙り込んだ。


「じゃあ、俺も。先に行こうかな」


 彼は前を見て微笑んだ。


「そうか、じゃあ準備しろよ」

「あぁ」 


 横から見た彼が歩き出す。遠ざかる歩みがゆっくりになり、その背が白い光の中に溶けていくように感じた。

 

「……っ!」

 

 私は歯を噛めしめる。次の瞬間ー。


 私は彼の腕を掴んでいた。束の間、時が止まったかのようだった。アランさんがこちらを振り向く。


「……エディス?」

「……」


 彼は目を大きく見開いていた。私は顔を顰める。


「……!」


 リリアンさんとルーカスさんが、こちらを見て固まっているのが見えた。私は唇を噛み、無理やり笑みを作る。


「……その前に、少し風に当たりませんか?」


 声が僅かに震えていた。アランさんは無言で私を見つめる。


「ちょっと、軽く話でも〜なんて。ははは……」


 明るくいうと、少し下を向く。


「お願い、します……」


 袖を握る力を強める。何となく彼が眉を寄せてるような気がした。


「……そうだな。それも、いいかもな」


 上からの声に、見上げる。彼は眉を寄せつつも柔らかく笑っていた。私は顔が歪みそうになるのを堪える。


「じゃあ……少し、外行ってくる! 俺、入浴あとで!」

「あ、アラン……!」


 腕を離すと、彼は手を振り先に扉を出た。私はリリアンさんとルーカスさんの方へ振り向く。


「……」


 ルーカスさんは呆然とし、リリアンさんが目で何かを訴えていた。


「……頑張って」


 リリアンさんは小さく言って微笑み、ガッツポーズをした。


「……っ! し、失礼します!」


 瞬間、一気に顔が熱くなる。私は咄嗟に扉を開けると、外へ出た。




ーーー(全知)




 リリアンとルーカスは静かになった部屋で扉を見つめていた。


「リリアン、今の……。っ?!」


 座り込むルーカスが話した瞬間ー。リリアンが咄嗟に彼の口を塞ぐ。


「う、うぁっ?!」

「まだダメ、ダメなのよ口にしちゃ……!」


 リリアンはそっと手を離す。真面目な顔でルーカスの肩を掴んで見つめた。

 

「……私たちは二人の背をただ見送る……今はそれでいいの」

「あ? あぁ……」


 ルーカスは驚いた顔で硬直していた。リリアンは微笑む。


「さて……」


 彼女は手をつき、するりと立ち上がる。布袋を肩に下げ、ルーカスを見下ろした。


「私たちは先に入浴済ませておこ?」

「……」


 ルーカスは、笑みをこぼす。彼も手をつき立ち上がった。

 ランプの灯りが包む部屋で、二人の背が並ぶ。


「今日は……特にかっこよくないか?」

「ふふっ、私はいつもかっこいいの」

「……」


 二人は微笑みあった。


「さあ、早く行こ!」

「あぁ」


 彼らは扉に向かって歩いた。ベッドの脇の棚で、ランプが控えめに輝いている。パタン、と扉が閉まる音が部屋に響いた。








 

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