第30話 変化の代償
薄暗い天井ー。その下で大きなステンドグラスは淡い光を反射し輝いていた。
長い蝋に灯る炎は祭壇の上で揺れた。ランプが光る聖堂内はざわめきで満ちている。
「……あの若者たちの態度、見ました? やはり彼らの仕業では」
「関所で急に逃げるのが一番怪しいですよ」
「ですが、実際に見たわけじゃないですし。なんとも……」
村人たちの議論が白熱し出した、その時ー。手を叩く音が反響した。
「皆さん、静粛に! 静粛にお願いします!」
祭壇上で聖職者が叫んだ。見渡す聖堂内は静寂に包まれる。
「……考えました結果、若者たちの処遇は……」
人々の顔に緊張が走る。聖職者は一呼吸置き、言葉を紡いだ。
「当面の間、教会の地下に収容することにします」
瞬間、一気にざわついた。
「なんだと……?! それっていつまでだよ!」
「まるで罪人じゃねぇかっ!!」
手を縛られた若者たちが、身廊で膝をつきながら噛みつく。聖職者は不快そうな顔になる。
「村を混乱から守るために必要なのですっ! では早速、彼らの移動を……」
村人たちがぞろぞろと若者たちへ近寄る。
「くっ……離せ、くそがっ!!」
「寄るなっ!!」
リリアンとルーカスは後ろでその光景を眺めていた。二人は額に青筋をはる。
「……ルーカス!」
「あぁ」
二人は人々の背を掻き分け祭壇前へと進む。足を止め、聖職者を見上げた。
「待ってください! ニックは毒を盛られて仲間を殺せと脅されたんです! 毒の症状は目撃者もいます!」
「彼らの暴走は仕組まれたものです!」
祭壇に向かい、腕を縛られたニックが叫んだ。
「そうだ、俺は酷い目にあったんだ! これも全部、あんたらが……っ!」
「おい、落ち着け! 暴れるな!」
「あぁぁっ!」
暴れ出すニックがさらに縄で巻かれる。聖職者は、その様子を横目で見下ろした。
「……証言は認めましょう。しかし……」
リリアンとルーカスに向き合う。顰め面をしてみせた。
「決定的な証拠になりません。どこまでその話に根拠があるか、わかりませんから……」
聖職者は目を細める。リリアンとルーカスは息を漏らした。
「そんな……!」
「どう見ても犯人の偽装工作じゃないですか!」
二人は睨みをきかせた。瞬間、周囲はどよめく。
「……っ! ですので、それは……!」
その時ー。
「根拠ならありますよっ!!」
凛とした少年の声が響く。全員が一斉に声の方を振り向いた。
そこには、少女に肩を担がれる少年の姿があった。
「「アラン!!」」
リリアンとルーカスが叫んだ。アランは苦笑すると、エディスと共に一歩ずつ歩く。周りは道を開ける。
「な、なんだ君は! どういうことですか?!」
聖職者は狼狽する。エディスとアランは祭壇の目の前までやってきた。
「……犯人は、司祭様を一撃で殺害した上、痕跡を残さない徹底ぶり。まず、プロと見て間違い無いです」
「それが、なんだというんです?」
アランはまっすぐ聖職者を見つめた。
「その青年への脅しも、プロの巧妙な偽装工作と見れば説明がつきます。若者と司祭様の対立構造を利用したんですよ」
聖職者の顔は次第に引き攣っていく。
「だが、それは推測の範囲です!」
「では、この回りくどさを他にどう説明するんです? まさか……」
アランは瞳を吊り上げた。
「村人や司祭様がやったとでも?」
「……っ!」
聖職者は息を吸って詰めた。
「それに俺は……関所で逃げた男を追ったら襲われました。全部やつの仕業なんです!」
「私も見ました! アランさんは殺されかけたんです!」
「……!」
エディスも必死に声を上げた。聖職者は目を白黒させて後退り、祭壇の端にぶつかる。
「……だが、そうだとしてなぜ外から司祭様が狙われたのだ?! 動機はあるのですか?!」
「う、それはっ……」
アランは苦しげに歯軋りする。エディスはその横顔を見つめた。
「……」
彼女は意を決した顔をする。聖職者を見上げた。
「それはおそらく……魔石に関係があるのでは無いでしょうか?」
一気に空気が張り詰める。彼女は胸に手を当てた。
「これは憶測に過ぎませんが……」
エディスは息を飲み込んだ。
「司祭様は……魔石の利権を譲るまいと、外部との交渉を絶ってきました。それが、他国の反感を買う理由になったのではないか、と……」
エディスの眼差しに光が灯る。その横顔にアランの瞳が揺れた。聖職者は目を見張る。
「……!」
彼は呻きながら、ふらふらと退がる。
「確かに……あの方は、魔石の交渉でよく揉めていた……」
副司祭の脳裏に、とある日の記憶が蘇る。
ーー
尖塔に燦々と日が注ぐ教会ー。
聖堂でステンドグラスが鮮やかに光る。白い猫が長椅子で毛繕いをしていた。
陽光が刺す通路で、話し声が響いている。
『……手元の資料をご覧ください。この村は質の高い魔石が採れます。我が商会が拠点を構え、公益を広げればさらに豊かになるでしょう』
卓上に置かれた資料と赤い紅茶。そのカップを短い指が持ち上げた。
『……如何ですか?』
丸々とした中年男がそのまま紅茶を啜る。
円卓を囲んで村人たちが座り、中央で聖職者二人が資料を見ていた。
『想像以上ですね! 村を出た若者も、戻ってくるかも……』
『一度持ち帰りましょうか?』
『……』
浮かれる村人たちをよそに、司祭は静かに目を伏せた。手をつき立ち上がる。
『……お断りします。お引き取り願えますか』
『っ! 司祭様!』
村人たちの椅子がガタついた。中年男の脇に、アーマー姿の大男と若者らが座っている。
『……』
中年男は紅茶を置くと、頬杖をつき形だけの笑みを浮かべる。
『理由を、お聞かせ願えますか?』
司祭が渋い顔をすると、全員の視線がそこへ集まる。
『……薄汚い金儲けで、神の教えに背くわけにはいきません』
司祭は席を立った。その背を眺めた後、中年男は焦りながら叫ぶ。
『……良いのですか? このままでは村に未来はありませんぞ!』
扉の前で司祭が振り向いた。
『この村を、あなた方の食い物にさせません』
中年男が凄まじい形相をする中、司祭は部屋を出ていった。周囲は呆然とそれを見ている。
『……っ!』
バンッと卓上に手をつき、中年男が立ち上がる。
『……もういい、帰るぞ』
『……! はっ!』
大男と若者らが、中年男の背中を追った。
『……司祭様、いつもこうですね』
『しかし、伝統を守る為には……』
『……』
村人や副司祭は沈んだ顔で伏していた。その時、キィ…と音が鳴った。彼らが振り向くと、中年男が冷たい笑みを向けていた。
『ふん……。今にきっと、後悔しますよ』
副司祭は顔を顰める。足音が続いたあと、扉が閉まる音がした。
ーー
副司祭は開いた口を紡いだ。祭壇に肘をつき、目を泳がせた。
「そうだ……あの男に違いない!」
目が飛び出るほど開かれ、汗が滲んでいる。
「だとしたら私は、過ちを! なんてことだ……!」
周りの目は崩れ落ちる副司祭へと集まっていた。若者たちは額に青筋を張っている。
「……調子いいんだよ……被害者ぶって!」
「わからせてやろう」
村人たちの押さえる手が緩むと、彼らは祭壇へ駆け出す。呆然とするアランとエディスの横を通り過ぎた。
そのまま一人が副司祭に睨みをきかせた。
「今まで散々舐めやがって……!」
足を横から振り上げる。
「偽善で俺たちを縛んじゃねぇっ!!」
若者は顔を凄ませ、腹に蹴りを入れる。司祭は後ろへ飛んだ。
「ぐぁあっ!!」
黒のローブが乱れ、背中を打ちつける。
「立てよおらぁっ!」
「こっちの気は収まらねぇ!」
若者たちが祭壇へ次々と集まる。アランとエディスは顔を顰めた。村人たちの背に動揺が走る。
「副司祭様に、なんてことを!」
「いくら冤罪とはいえ……!」
そのまま武器が構えられた、その時ー。リリアンとルーカスが前へ出る。
二人は祭壇へ登ると、若者たちの肩を引っ張り始めた。
「お前ら、やめろ!」
「落ち着いて!」
「……!」
煩わしそうに振り払われる。束の間、無言のせめぎ合いがあった。折れた若者が勢いよく振り向く。
「……んだよ、邪魔すんな!」
「こいつに肩を持つのか?!」
「……違うっ!!」
息をため、ルーカスが迫力がある顔で叫ぶ。一瞬空気が張り詰めた。
「……もう、それで充分だろ。副司祭様だって、立場や責任があったんだ」
ルーカスは歯痒そうにした。副司祭は苦しげに腹を押さえ、浅く息をしていた。
「……っ」
若者たちもやりきれない顔になる。
「あ、あぁ……っ!」
副司祭は歪んだ顔で震えだす。リリアンが前に立ち、副司祭へ手を伸ばした。
「……大丈夫ですか?」
「……」
副司祭は彼女の手を取った。支えられながら、ゆっくりと膝立ちする。
「私は……司祭様の意思を継ぎ……村の混乱を、治めたくて……!」
くぐもった声で俯く。
「なのに、どこから間違ったと言うのでしょう……」
アランは眉を寄せると、膝に手をつき一歩を踏み出した。
「……何が悪い、とかじゃない」
小さく口元が動いた。声の方へ視線が集まる。彼はエディスに支えられ祭壇を登っていた。
「時がもたらす変化を、この村は宿命として背負ったんだ。その代償とともに……」
顔を上げた副司祭の顔に影が落ちる。二人は副司祭の前へ立っていた。アランは寂しげに微笑む。
「だから……今こそ前を向く時なんじゃ、ないかな……」
「……!」
副司祭は咄嗟に目元を押さえた。
「うっ、うぅっ……!」
「…………」
アランは嗚咽を聞きながら沈痛な顔をした。周りは固まった表情でそれを見ていた。
「……そういえば、これからどうすればいいのでしょう」
「この村の伝統も、見直す時なのでしょうか……?」
ポツポツと会話が聞こえ出す。
「……」
伏せるアランの顔に影が落ちている。彼は首を傾け天を仰ぐ。その瞳の中で、ランプの灯りがゆらりと揺れていた。
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