第16話 戦いの記憶

ーーー(表アラン)


 食器は綺麗に空になっていた。俺は小さく息を吐き椅子の背にもたれる。


「皆さん、おまちかねのデザートですよー!」


 そこでエディスが皿を両手で持ち、満面の笑みで現れた。テーブルに皿が置かれると俺たちは同時に覗き込む。


「「「おぉ〜〜〜!!」」」


 丸い焼き菓子が皿に盛られていた。窪みの部分に飴色の餡が詰められ、宝石のように輝いている。


「さぁ…お召し上がりください!」


 エディスが照れくさそうに微笑んだ。俺たちは顔を緩ませお菓子に手を伸ばす。

手に取ったそれを口へ運び、カリッとした食感を噛み締めた。これは…。


「美味しい…!」

「優しい甘みの中に奥深さがあるな…」

「だね!これはなんていうお菓子なの?」


 リリアンが興味深げに問いかける。エディスは胸の前で手を合わせ、嬉しそうにニコリとした。


「えへへ…これは創作お菓子です!ガーランドってお菓子にアレンジを加えました」

「…ガーランド?」 


 ルーカスがぽかんとする。


「小麦粉と卵の生地にワインを混ぜて焼いたお菓子のことで、この辺では古くから親しまれていますね」


 俺は前に屈みエディスの顔を覗き込む。


「じゃあ、この餡の部分がアレンジなのか?」

「はい! りんごを長時間煮詰めて作ってて、見た目も綺麗でしょう…?」


 彼女と視線を交え、笑みを作る。


「あぁ…綺麗だな」

「…!」


 エディスははっとしたように仰反った。目を逸らし前で手を組む。その意外な反応に俺は真顔になった。


「あ、ありがとうございます。ディーゼルさんとレシピを作ったんです、彼のようなお菓子職人になりたくて…」

「へぇ〜すごいね!」

「その腕ならなれるだろ」

「…そうですかっ? そんな風に言われると、なんだか…」


 リリアンとルーカスが褒めると、エディスの顔がみるみる真っ赤になる。彼女は両手で頬を抑えた。


「はっはっは…相変わらずエディスはシャイだな」

「…っ! ディーゼルさん…!」


 ディーゼルさんが楽しそうに笑う声が聞こえた。彼はカウンター越しにこちらを見つめている。


「お楽しみのところ済まないがエディス、こっちで明日の仕込みを手伝ってはくれんか?」

「あ…はい、今行きます!」


 エディスはこちらをくるっと振り向き微笑む。


「では、皆さんはゆっくり食事しててくださいね。その後、お部屋へご案内しますのでお声がけください」


 それだけ言うとエディスは早足で厨房へと戻っていく。俺は彼女を少し目で追った後、手元のお菓子を見つめた。


 …伝統と自由、ね。まるでこのお菓子は、一つの答えを示すようだな。


 目を細めて少し笑うと、俺はそのお菓子を口へ運ぶ。

 

 うん、美味しい。


 頬張りながら、思わず口元が緩んだ。



ーーー



 エディスの手元でランプが揺れた。彼女は俺たちを先導し狭い石の階段を登っている。


「もう階段は終わりますよ」


 エディスは階段を登り切ると、こちらをチラッと振り向いて言った。2階は客室の通路になっているそうだ。後に続き俺たちも階段を登りきる。


 視界が開き、俺は周囲に目を凝らした。


 壁際に小さなランプが灯るが全体は薄暗かった。アーチ状の通路で、石の壁から冷たい外気が伝わっている。


「…奥の部屋にご案内しますね」


 前を向くと、こちらを振り向き微笑むエディスと目が合った。



ーーー


 

 部屋は茶色いベッドが3つ並ぶ簡素な外観だった。家具もベッドの脇に低い棚、窓際にテーブルと椅子があるくらいだ。地べたに薄いラグが数個置かれている。

 テーブルと棚の上にある大きなランプが、部屋の中を暖かく照らしていた。


「…浴室、トイレも2階なのでお使いくださいね。それでは、みなさんごゆっくり」

「了解、ありがとう」

「エディスちゃんもお疲れ」

「ゆっくり休んで」

「…はい、ありがとうございます」


 俺たちが口々に言うと、エディスは嬉しそうに微笑んだ。彼女は部屋をあとにし、ガタンと扉が閉まる音が響く。


「……さて、風呂の前に明日の予定決めようぜ」


 ルーカスはリュックを床に置くと、ラグの上にどさっと座る。


「そうだな。確か、酒場通りで冒険者の依頼をやるって話してたよな?」


 彼は座りながら大きく背伸びをしている。


「あぁ、午前はな。その後だよ決めるのは」

「ふーん…」


 そういうと、俺もラグの上で胡座をかいて座った。


「そういえば、アランって冒険者や依頼の仕組みは知ってる?」


 リリアンがベットを陣取り、荷物を整理しながら俺に尋ねた。


「いや、わからない…教えて」

「いいよ。じゃあ、今から教えるね」


 俺はリリアンの方に向き直った。彼女は得意げな笑みを浮かべて話し始める。


「まずは、冒険者ギルドや広場の掲示板で依頼を探すの。依頼の内容は…魔物討伐や護衛、単発の仕事など色々。だから冒険者は、いわば何でも屋ってとこかな」

「へぇ〜。で、依頼を見つけたら?」

「依頼書には条件や報酬、依頼内容が詳しく書いてあるから、よく読んでその通りにやればいいだけだよ」


 リリアンはポスっとベッドの上に座る。足を遊ばせ、肩越しにこちらを見て微笑んだ。


「それで、依頼を完了した段階で、依頼主から依頼書へサインを貰うことになってるの。この依頼書はこちらで保管して、後でギルドに提出するんだ」

「提出しないとダメなのか?」

「一定期間提出がないと、冒険者ランクが下がっちゃうからね。依頼書の提出が活動報告になってて、活動が評価されればランクが上がる。ランクが上がれば受けられる依頼が増えるし、社会的な信頼も得られるんだよ」


 ...なるほど、つまりギルドは公式の証明機関ってことか。


「そのギルドって、どこにでもあるのか…?」


 考え込むように言うと、ルーカスが付け加えた。


「ギルドは、基本的に各都市に設置されていることが多いな。ただ、ここみたいな小さな村だったり、辺境の場所は依頼掲示板だけでギルドはなかったりする」

「あーだからギルド側は、依頼書を見ないと活動を把握できないってことか」

「そう、そういうこと」

「ふふ、シンプルな仕組みでしょ?」


 リリアンは微笑みながら、ベッドの上でこちら側に身を乗り出した。


「それで…本題の明日の予定だけど、私この村の教会に立ち寄ってみた〜い。すごく立派だったしさ!」

「え…教会って広場のとこだろ? 今日あんなことがあったし近づきたくないな」


 ……それはごもっとも。


「でもさルーカス…ここの村ギルドないよ?掲示板も広場で見た気がするし。どうせいくなら同じじゃない?」

「あぁ〜〜…」


 ルーカスが渋い顔で頭を抱えた。俺は2人を見比べた。


「…依頼をチェックした後、教会を少し覗くくらいならいいんじゃないか?」

「いいね〜アラン、太っ腹! ね、ルーカス?」


 リリアンが楽しそうにパチンと指を鳴らす。俺は少し引き攣った笑みを作った。


 …肝が据わってるなぁ。


「…ちょっと覗くだけな。ったく…」

「わぁ、やったぁ…!」


 リリアンがベッドの上でぴょんと跳ね、嬉しそうに笑う。


「じゃあさ、教会はすぐに見るの終わっちゃうから、午後は市場をじっくりー…」

「ふっ…そうだな…」


 リリアンとルーカスが楽しそうに会話を続ける。俺はその様子を微笑ましく見つめていた。



ーーー



 分厚い窓ガラスは、灯りが消えると夜の闇を映していた。近くは僅かに見えるが真っ暗だ。ルーカスとリリアンはすっかり寝息を立てている。衣服は綺麗にたたみ足元に置いた。


 俺はベッドの上で布団を被っている。上は袖なしの肌着一枚だ。手枕を作って上を仰ぎ、ぼんやりと1日を振り返っていた。


 ……今日は、色々あったな……。


 エディスを庇い殴りかかる青年の前に飛び込んでいった時のことを思い出す。


 少し眉を寄せた。


 あの時、怖かった…。身体が勝手に動くけど、訳がわからなくて…。


 窓に背を向けるように横を向くと、身体を縮めシーツを強く握り締めた。

 

 ……そういえば、盗賊と戦った時もそうだった。戦い慣れているかのように身体が動いて……何故だろう。俺は、一体……。


 息が浅くなり、顔が歪んでいく。その時ー。


「うっ……!」


 頭にずきんとした痛みが走り、目を瞑る。


「……」


 耳鳴りのように雄叫びが響いた。瞼の裏で、剣戟を交わす群衆がちらつく。金属が高く鳴り、鎧を纏う兵の攻防が視界に入る。


 ここは、どこだ……。なんで……。


 震える指で頭を押さえる。


 イメージの俺は軽やかにステップを踏む。振るう曲刀が月光を鋭く照り返した。


 だけどどこか……懐かしい。


 眉根のあたりが力んだ。次第に映像は鮮明になっていくーー。



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