第21話 情報整理

 人通りは少ないが、ある程度舗装ほそうされた山道。モワティ村から中央都まで繋がる道を、疾走していくシュウとミレナ。

 当然、モワティ村の位置を正確にさせない為に、道は中途半端に途切れている。


「貴方って、本当に人なの!? こんな速さで走れるなんて、土魔法師ってわけでもなさそうだし、訊いていい!?」


「なんだって!? もっかい言ってくれ!!」


「え!? もう一回言って!! 聴こえない!!」


 シュウに背中越しから問うのは、共感覚の弊害によって体が動かせないでいるミレナだ。一方、風を真正面から受けているシュウは、風音で音を遮られてしまって、ミレナが何かを叫んでいる程度にしか聞こえていない。

 ミレナも同じく、風音で音を遮られてしまって、シュウが何かを叫んでいる程度にしか聞こえない。


 何ともおかしな絵面だ。


 機動力は人のまま、車と遜色そんしょくない速さで山道を走っているのだ。風音で声が正確に聴き取れなくなるのも仕方がない。


「やっぱ、もう少し遅く走る!!」


「わぁっ!?」


 急停止に身体全身が揺られて、ミレナはシュウの背中に顔をぶつけそうになり、驚きの声を上げる。

 このままでは、話すことも儘ならない。シュウはミレナの背負う位置を再調整して、今度は半分程度の速度で走り出した。


 速度を半分程度に落とせていればいいのだが。果たして、未だに力加減の塩梅を掴み切れていないシュウである。


「ええっと、さっき言ってたこと、もっかい聞いていいか?」


「うん……ごめん、本当なら遅く走る必要なんてないのに……」


「気にすんな。今更だし、急いで突っ走った俺が悪いんだ。んで、なんて?」


 シュウは謝るミレナにそう言って、さっきの質問を待つ。


「シュウって土魔法師? じゃないと思うけど……」


「チゲェ、俺は風魔法師だ」


 何か回りくどい質問に疑念を抱きつつも、シュウは復答ふくとうする。

 自分が風魔法師だと教えてくれたのはミレナだが、今は状況を煩擾はんじょうにしたくない為、黙っておこう。

 因みに、ミレナがシュウを土魔法師ではないと思ったのは、彼が魔法を使わずに走っているからだ。


「じゃあ、どうしてこんなに早く走れるの? 魔法無しで、人間がこんなに早く走れるわけないもん」


 曰く、一般人の走る速さは時速十五キロ程度だといわれている。この世界の一般人の平均膂力りょりょくが、元の世界の一般人に該当するかはわからない。

 獣人とだけは本格的な接触が未だに無い為、断言はできないが、亜人と人間では然程さほど、変わりがないことはこの目で確認している。

 つまり、シュウはミレナから見れば、人智を越えた謎の存在になるというわけだ。


 シュウは納得顔になる。


 自分の知る限り、ミレナ達の前で力を見せたことはほぼない。力を見せた時も、危殆きたいな状況が疑念を排斥していた。

 

 答えた方が良さそうだ。


「そりゃ、あれだ……俺の母親が主因だな」


 少し遅らせながら、シュウは理由を——『元の世界』のことを答えた。二度と戻れないと分かっている彼にとって、『元の世界』の話題というのは堪えるものがある。

 それも、肉親の話になれば尚のこと。

 ただ、優先順位はなるべく情報を整理して、最悪に向けて対策を練ることの方が高い。


 断腸だんちょうの思いで答えた。


「母親が主因って、シュウは獣人の血を引いてるってこと?」


「あぁ、いやそうじゃない。今のは言葉不足だった……もっと特殊でな、俺の住んでた地元では、魔法とは違う力の根源があってな。それを母親から受け継いだって感じだ」


 嘘を含めず、シュウは簡潔に掴みやすい言葉で答弁とうべんした。

 これならミレナにも事情が把握でき、会って間もない関係ゆえに詮索もしずらいだろう。馬鹿ながら、いい答えだ。


「そうなんだ。シュウの地元ってどこなの? ルマティア? テレボウ? まさかファダムス大陸の方?」


「悪いが、どこでもない」


「え? じゃあどこから……」


「国とも呼べない、辺鄙へんぴな島が俺の地元だ。そこにずっと住んでたんだが、今は地元を離れなきゃならない理由があってな」


 肩を掴む力を強めるミレナに、シュウは要点をつまみながら返す。

 こっちに関しては嘘も混じっているが、異世界に存在していない地名を挙げても、状況が煩雑はんざつになるだけだ。

 そこは辺鄙な島だと納得してもらうしかない。


「シュウって島出身なんだ!? 私と一緒じゃん!」


「…………? そういや、前もそんなこと言ってたな」


「なに? 未来の私も同じこと言ってたの?」


「まぁな……」


 長耳をぷるんぷるんと上下させるミレナに、シュウはデジャブに似た感覚を得る。

 思い出されるのは前回の世界線で、手紙のやり取りをした時だ。かの時も、シュウはミレナに違和感を与えないように、島出身であることを伝えた。


 今回のミレナも、前回と同様に共感の言葉を向けてきた。それも今回に関しては、手紙という事前情報もない状態でだ。

 前回以上に不審な点が多いはずなのに、真実だと受け入れてくれる。やはり、ミレナは優しく慈愛に満ち溢れた広量な者だ。


 彼女の寛恕かんじょは、時間が遡行しようと変わりはしない。ならば、今際で交わした約束は果たすのが筋だろう。というより、果たしたいのがシュウの本音だ。


「気分悪くするかもしれねぇが、俺からも訊いていいか?」


「いいわよ! 私はエルフでお姉さんだから、どんときなさい!!」


 ドンと小さな胸を叩いて鼻高になっているミレナに、シュウは背中を通して、彼女の豪胆ごうたんさを感じ取る。

 感じ取れたのだが、


「…………」


「ん? 訊かないの?」 


 絶対と言っていい程、ミレナが表情を曇らせる未来が、予想できてしまう。

 何故かって、それはシュウが元の世界の話題で堪えたように、ミレナも過去に色々あるからだ。だから、黙ってしまった。


『パパとママが、他の皆が、赤い森の中で、火の中で殺されるのを……その時の敵の顔も、怒りも……私の本当の名前も……そいつらの名前も、全部全部思い出したの……』


 シュウは、ミレナが過去を述懐じゅっかいした時を思い出す。


——あの時、ミレナは自分から過去を述懐してくれた。


「…………いや、俺の踏ん切りの問題だったな……」


 敵はミレナを狙っていた。そして、ミレナはその敵の黒幕に、心当たりがあるようだった。

 もし、ミレナが過去を思い出すことが出来れば、来たる最悪の対策ができる。


 例えミレナが忌憚きたんして表情を曇らせても、来たる最悪の対策を練らないのは一番だめだ。それだけは避けなければならない。

 自分が嫌われるだけで、最悪を回避できるなら本懐ほんかいだ。


「ミレナ、島に居た時の記憶。思い出せないか?」


「————ッ!? なんで、そのことを……」


 ミレナは長耳をぴくっと吊り上げて、声を落とした。


 それは直接的な答えではないものの、ミレナが忌憚している証拠だった。

 悄然しょうぜんとしている彼女を余所に、冷静に判断している自分に憤りを感じるが、それはそれとして置いておくことに。


 シュウはありのままの真実を伝えようと、

 

「未来のお前から聞いた」


「未来の私は、どうしてそんなことをシュウに……」


「未来で、村が襲われたんだ。そこで、ミレナからフラッシュバックしたって、俺に吐露してきた」


 真剣な顔のミレナの瞳——悪感情がひしめきあっている双眸の中に唯一、一つだけ確固として燃え続けていた感情。悲しみや恐怖、寂しさや嫌悪とは違う怒りの火。

 彼女の意外な一面であったのを覚えている。


「そう、なんだ……ごめん、思い出せそうにないわ」


 ミレナは表情を曇らせながら答えた。

 シュウはミレナの声色だけで、彼女が表情を曇らせていることに気付く。


「そうか、俺も嫌な思いさせてごめん」


「別にいいわ……だって必要なことなんでしょ?」


「あぁ、村を襲う敵、その黒幕に心当たりがあるって、未来のミレナは言ってた」


 曇らせた表情を拙いながら元に戻し、優先を村に向けたミレナ。弱い部分を見せながらも、次の瞬間にはその弱さを強さで包装してしまう彼女。

 あの時のミレナが追い詰められ、どれだけ憔悴しょうすいしきっていたのかが理解できてしまう。どうしようもない現実に、悲嘆せずにはいられなかったことが、身にみて理解できる。


「それよりも、何で村が襲われるの? 村には護石があるから、不可能だと思うんだけど」


「でも襲われたのは事実だ。このまま時間が進めば、確実に同じ道を辿る」


 ミレナは「…………」と、考え込むように黙った。


 森の中を会話をしながら走り抜ければ、下り坂に差し掛かる。シュウは下り坂を滑落しないように、気を張りながら下山。

 ワンテンポを挟んで、考えを纏め終えたのか。ミレナはシュウの顔を右側から覗き込み、


「村が襲われるのはわかったわ。なら誰が村を襲うの? 盗賊は護石ごせきがあるから、絶対にありえないわ」


「俺も、その線は無いと思う。あれは盗賊なんて生易しい連中の集まりじゃない。もっとおぞましい、暗澹あんたんたる奴らの集まりだ。そういや、護石について俺、あんまり造詣ぞうけいがないんだが、どういった仕組みなんだ?」


 護石。シュウはそれについて、一切の見識は無い。ミレナやグレイが発していたのを、耳にした程度だ。ミレナの言い方から察するに、村を守る防衛システムのようなものなのだろうか。


「そうね、ええっと……護石はその場所にとって、害ある生物を退ける効果があるの……害ある者が一定距離まで近づけば、睡魔に襲われて眠ってしまうわ。そのまま放っておくと眠り続けることになるから、衰弱死することになるわけ。元々、闇魔法師の夜襲対策で作られたのが護石よ。それが今はこうやって、危険な存在を退けるために普及した感じね」


「そりゃ素晴らしい仕組だな……」


 流しつつ、シュウは胸中ではおののいていた。


 闇魔法への見識は浅いために、憶測でしか物を図れないが、恐らく元の世界とは比較にならない技術であることは想像できる。

 センサーに引っ掛からないなんて、あるかもしれない。それを捉えて睡魔に誘い、放置されたら衰弱死してしまうとは。末恐ろしい代物だ。


「するってぇと、つける場所は、領地や中央都なら壁やら周辺の樹々。モワティ村みたいになると、さくや、側面にある樹々になるのか。護石の機能を掻い潜って、侵入することは可能か?」


「無理だわ」


「地下から掘っていくのは?」


「それも無理。土魔法で地下を掘り進めようとしても、護石がオドの伝播でんぱに反応して、即撃沈。ショベルで掘るのなんて論外だわ。それに、地中の中にも護石は埋めてあるから、害ある者が侵入するのはまず不可能よ……」


 センサーの隙間を縫い進むこと。それに地下からの侵入も無理となると、考えられるのは、護石の機能自体を無効化するか。

 中の者が護石を意図的に外すか。

 護石の効果が切れるのを待つか。

 自滅覚悟で特攻するか。

 異世界であることを留意すると、転移魔法も候補に挙げられる。


 そう考えているシュウに、ミレナはわざとらしく咳払いして、


「因みに、護石は高いから、壁とか周辺の樹々には勿体もったいなくて置けないわよ。置けないから、代わりに高い壁があるの」


 得意げに人差し指を立てて、シュウの寡聞かぶん匡正きょうせいする。


 どうやら、とても高いらしい。だが、モワティ村は柵や周辺の樹々に、護石が設置してある。おかしいをおかしくないに昇華しているミレナ。それだけ彼女という存在が、国にとって大きいのだ。

 

——あれ、俺って凄い人を背負ってるのでは……?


 何だか急に寒気がしてきた。指を差され「あいつが神子様をさらった男だぞ!!」という感じで、国のお尋ね者にならないだろうか。


 というのは置いておいて。

 シュウは自分では答えを出せないと諦観ていかん。ミレナからヒントを貰おうと、


「護石を傍受して、無効化するってのはできるのか?」


 先ずは護石の無効化ができるかどうかだ。


「無理ではないけど、それをするのは、護石の位置をちゃんと把握してなきゃいけないわ。転移魔法で位置は変わるし、それに傍受するにも相当の技術力が必要なの。偶然に傍受できても、数は複数だし、転移で村の位置も撹乱かくらんしてるから、できっこない」


 モワティ村の護石の無効化は無理に等しい。


「無効化は無理に近い。なら、誰かが護石を故意に外すってことは?」


「それもないわ。護石を外すって行為自体が、村に害を為す行為になるんだもの」


 外すことも無理。


「護石の効果が切れることは?」


「それはあるけど、村を守る為にちゃんと管理してるから、それも無理だわ」


 効果切れも無理と。


 自滅覚悟での特攻についてもシュウは訊こうとしたが、これに関しては現実的ではないため却下だ。

 夜に、それもこちらの戦力が別れた時を狙った急襲の作戦に、自滅覚悟で特攻する案を承知するのは考え難い。


「じゃあ、敵はどうやって、モワティ村を襲ったんだ……?」


 上空から火力の高い魔法を放ち、護石を破壊するというのもないだろう。それでは全ての村民達が生き残って、牢屋に監禁されていたことと矛盾する。


「うん、さっぱり分からないわね……」


「オレモ、サッパリワカラン……」


 ミレナからの回答を加味した結果、外側から直接的に接触した可能性は極めて低い。なら、内側から突き崩していくと考えられるが、こちらに関しては、ミレナの指摘通り、内側に居る者が悪意を持っていることになり、護石のセンサーに引っ掛かることになる。矛盾だ。


 とはいえ、敵はモワティ村に侵入してきたし、村の顧慮こりょされた防衛機能を、何らかの方法で突破したのは紛れもない事実だ。


 何らかの因果があるのは分かっているのに、その首根っこが掴めそうで掴めない。泥沼に引きずり込まれているような不快感だ。

 シュウは何か手掛かりはないかと、足りない馬鹿脳みそをフル回転。敵と死闘を繰り広げた過去を回視し、ふと、ある言葉が思い浮かんできた。


 思い浮かんできたのは、忌々しい敵の少年が、勝ち誇ったように言った言葉。


——思念体。


 引きずり込まれる泥沼が、実は腰程度の浅い泥沼だったような。一見、何の関連もない雑然とした情報の中から、全てが繋がる正解の糸を見つけたような。そんな感覚。


 疑惑が確信へと昇華する。


「ミレナ! 生き物じゃない、物だとかってのは、護石に引っ掛かるか!?」


「物は引っ掛からないわよ。護石の効果が及ぶのは、飽くまで生物だけよ。それがどうしたの?」


「やっぱりそうか!! 思念体だよ! 光魔法の応用だったか……分かんねぇが、それしかねぇ!!」


 敵である金髪の少年が、思念体とやらで千切れた腕を再現したのなら、人の形をした思念体を創り上げ、それを操作し村に入り込むことも出来るはずだ。

 また人の形をした思念体を創り上げることが出来るのなら、金髪の少年が分身を作り出せた説明にもなる。


 言葉遊びが言葉遊びでなくなった今なら、可能性としては充分にあり得る。


「ちょっと、一人で話を飛躍させてないかしら? 私にも納得のいく説明を!」


「分かった! 分かったから引っ張るな!!」


 長耳を上下に忙しなく震わせて、シュウの頬っぺたをぶにゅーと引っ張るミレナ。首を振って彼女の手を振り払い、シュウは簡単な説明で教えようと噛み砕いていく。 

 それが終われば、


「説明するとだ……例えば、護石で囲まれてる場所に、悪意を持った奴が近づいたとしよう。そいつが石ころを持って、その場所に投げ込んだとする。ミレナの言う、生物以外は引っ掛からないってことが真意なら、石ころは護石の効果に引っ掛かることなく、内側に入ることになる。間違いないな?」


 ミレナは「うん」と、首肯する。


「なら、その理屈を踏まえれば、生物じゃない……そう、器に人間の意志だけを乗せた人形が通れば、内側に侵入出来るんじゃないのか?」


「…………」


「あ……やっぱりないか?」


 沈黙を選ぶミレナに、シュウは盛大な空振りをした気分になる。押し黙る彼女の反応は、まさしく机上の空論だと言いたげだ。

 自身の短慮に、忸怩じくじたる思いをあらわにするシュウ。その彼に、ミレナは申し訳なさげに「うんうん」と、否定の意を示した。


 それからシュウの肩を掴む力を強くして、少し視点を落とし、


「可能性としては、あり得るわ。でも、そんなことをする子が、モワティ村に居るとは思えない」


 声を暗くして、それを否定した。


 光魔法の応用だと思われる思念体。生物ではない思念体が、護石のセンサーを越えてモワティ村に入っても、部外者であればすぐにわかる。となれば、モワティ村に侵入出来る思念体の外見は、モワティ村の誰かになる。

 ただ、モワティ村の誰かに扮したとしても、同一人物がいる為、これも直ぐに分かってしまう。だが、もし同一人物が示し合わせたように居なければ。


 要は、ミレナが声を暗くして言った通り、モワティ村の中に裏切者が居るということになる。

 

 慧眼けいがんなミレナは、そのことにいち早く気付き、でもそれはないと否定したのだ。否定したくなったと、表現した方が正しいか。


「かもな……でも、他から見える姿ってのは、必ずしもそいつの真相って訳じゃない。だからこそ、信頼が崩れたりもするし、軋轢あつれきが生じることもある」


「じゃあ何!! 一人一人に裏切り者かって、問い質さなきゃいけないの!? そんなの、私には……」


 棘のあったシュウの言葉に、ミレナは勃然ぼつぜんと言葉尻を濁らせた。その彼女にシュウは、


「そこに関しちゃ俺がやるつもりだ」


 と、背負おうとしている荷を、責任を肩代わりした。事ここに至っては、自身の言葉不足が原因だ。

 ミレナは村の代表者ではある。だからといって、彼女が全ての問題を解決する必要はない。その義務もない。嫌だと主張するミレナに、強要するのは間違いである。

 ならば、言い出しっぺの自分がやるべきだろう。

 

 とはいえ、


「というか、問題はそこまで深くはないと思う」


 どれも杞憂きゆうな話で、終わるかもしれない。理由は簡単。それは、


「どういうこと?」


「最近、村に来て、長期的に滞在してる奴はいるか?」


 単独、複数かは分からないが、裏切者は最近、村の一員となった者である可能性が高いからだ。


 シュウの問いにミレナは「最近……」と、口を閉じた。そのまま、しばらくの間沈思ちんしして、彼女は口を開いた。その言葉は、


「ぴったりの子が一人いるわ、リフって子よ。今も村で、騎士として赴任してる」


「そうか。あん時の違和感は、これに繋がったわけか……」


 リフ・ゲッケイジ。

 ミレナに村の転移場所を教えてもらっている最中、彼と邂逅かいこうしたのを思い出す。あの時、リフはこちらを敵愾心てきがいしんにも似た視線で見ていた。


「……リフが、そんな。だってあの子は、グレイの幼馴染なのよ!? そんなの、だって……おかしいじゃない」


「そこだ。推測っていうか百そうだが、敵はそういった、無意識的に除斥じょせきしちまう思考の裏を突いてきてる。普通の奴なら、敵を騙すために、敵の仲間を籠絡ろうらくしようなんざ考えねぇ……」


 ミレナはシュウの頭に自身の頭を預け、怒りと悲しみを孕んだ表情で唇を引き結んだ。その彼女にシュウは、冷酷に言葉を言い連ねていく。


 整理しよう。半年前からリフはモワティ村に赴任していて、つ彼以降、村に長期滞在した者はいない。彼は騎士でもあり、グレイとの仲がある。

 彼の姿をした思念体が村の中に入ったとしても、何ら引っ掛かりはない。

 それに、リフがこちらのことを警戒し、裏切り者であることを露呈させぬように着意していたのなら、あの時の視線にも納得がいく。


 忌避したくなるようなサイコパス思考だ。気付き、第三者視点で見ようとしている自分も相当だが。

 倫理観を徹頭徹尾てっとうてつびに排した合理的な作戦。薄氷はくひょうを踏むような思いである。


「…………」


「悪い。流石に言いすぎだった……」


 阻喪そそうと長耳を垂らしているミレナに、流石のシュウも言葉選びが悪かったと反省。渋々、ミレナはシュウの言——慮外りょがいな事実を受け止めたのか、彼女は自分自身を叱咤激励しったげきれいするように頬を叩き、


「しっかりしろ! 私! 私は村の皆の代表。その私がここで凹んでちゃ意味がないわ!」


 赤くなった顔で、快活として姿勢を元に戻した。


「……いらない心配だったか?」


 属目しょくもくせずともわかる。シュウはその快活を背中から感じ、ミレナを鼓舞。鼓舞されたミレナは長耳をピンっと立たせて、


「当然! 覚悟を決めた後に、やっぱ無理ですなんて言えないもん! シュウだって、傷つけるために言ってるわけじゃないんだし、それくらい、年長者の私は理解しなきゃね」


「流石、エルフのお姉さんは一味違うな!」


「むふふ~でしょ?」


 ミレナはシュウの顔を右から覗き込み、嫣然えんぜんと笑う。シュウも笑い返した。

 心配は無用だったようだ。


「お、見えて来たな」


 森を抜けて視界が掃けると、遠方に見えてくるのは、前回の世界線で訪れたジェスパー領だ。丘上で一旦足を止めて、見上げて日が落ち始めているのを確認。ざっと予想するに、陽刻の十時といったところであろう。現実世界では午後四時だ。

 

 太陽の傾きから時間を推測するシュウの後ろで、ミレナは手をかざして時間を確認する。正確な時間を確認し終わったのか、彼女は「よしっ」と手を降ろして、口を開き、


「ざっと陽刻の十一時前ってとこかしら」


「外れた……」


「ん? 何が?」


「いや、こっちの話だ。気にするな」


 この土地で過ごして一週間も満たない自分に、感覚だけで時間を図るのはまだ無理があるようだ。


 切り替え、陽刻の十一時前となれば、あと一時間程度で日が落ちる時間である。


 一人なら夜など関係なく突っ走り、疲労が蓄積した後に休憩。その場で野宿するだけなのだが、ミレナが同行している。

 且つ、彼女は共感覚の弊害で、身体に疲れがたまっている状態だ。できるだけ、疲れを取りやすい場所で休むのが上策だろう。

 それに落ち着いた場所なら、作戦も遺憾いかんなく立てられる。


「休むのは確定。そうと決まれば、どうやって宿泊場所を借りるかだが……」


 金は持っていない。無償で宿を貸してもらうのも、それに見合った対価を、後に支払う前提で叶う話だ。宿泊した次の日、住み込みで働け、などと言われてしまえば、最悪までに準備と対策が間に合わなくなってしまう。

 休むこと以外の時間は、極力はぶきたい。


「あ、それ私が頼もっか?」


「……? 頼んで借りれるもんなのか?」


「うん。お金はチャラチャラ音が鳴るのが嫌で、持ってないの。シュウも見た感じ持ってなさそうだし、それなら頼もうって」


 チャラチャラ鳴るならお札を——と、主観垂れ垂れの考えを一刀両断し、ここが異世界であるのを再認識するシュウ。

 金銀複本位制の世界なら、当然歩くたびにチャラチャラと音が鳴るわけだ。普段、清貧せいひんを好んでいる彼女なら考えそうなことだ。


「そんな簡単に借りれるんですね……」


「そこは神子兼エルフなので、ツケはクレイシアに回しておくわ」


「自責の無い責任転嫁だな、おい」


「てへ……」


「てへて……」


 舌を出してふざけるミレナに、シュウは呆れて嘆息する。


 脳内で灰色の髪の亜人女性——クレイシアが、ミレナを折檻せっかんしている未来が容易に想像できてしまう。追加で、クレイシアの折檻に耐えられなくなったミレナが、涙目でこっちに救いを求め、逃げてくるのもだ。


 思い出される暖かい日常。


 たったの四日ではあったが、結んだ絆は陳腐ちんぷなものではない。不壊ふえの絆だ。だから、師匠の目的を後回しにして残る選択をした。

 あの時の選択は感情で選んだが、冷静に判断できる今でも、異世界に残る選択肢を選んだことに後悔はない。


「馬鹿話が出来る未来を見たいがために、全力を出す、か……我ながら、目的達成に対しての見返りが低すぎるな」


「いいじゃん、低くても。清貧で、謙虚で、私はいいと思うけどな……それに、思い出の全ては、お金じゃ買えないわ」


「だな……」


 まさしくその通り。前回の世界線で、ミレナ達と過ごした思い出は、お金で得たものではない。なら、見返りが低くてもいいではないか。それを守りたくて、また見たくて、戻ってきたのだから。


「さて! 宿で作戦会議だ! 敵さんに、反撃の狼煙を見せてやらねぇとな!!」


「おぉ!!」


 啖呵を切り、便乗してミレナが拳を空に掲げる。シュウは跳躍、着地すれば丘を滑り落ち、ジェスパー領に直行。

 反撃の狼煙をあげるべく、二人の戦士が前進する。

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