スットコ牧師の宣戦教恐ニュースレター(覚剣編)

そうすみす

プロローグ

第1話 さあ先生、試練だよ

 ⦅〈前略〉神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に遭(あ)わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。<第一コリント人(びと)への手紙 十章十三節> ⦆


 

 「―――では、以上を持ちまして、十一月十九日第三聖日(せいじつ)の夕拝(ゆうはい)を終了致します。また来週、この時間にお会いしましょう。God bless you。お休みなさい」

 

 スコット・エディンバーグ牧師はギターを弾(ひ)き、後奏を奏(かな)でる。


 こうして、毎週日曜日、夜八時からの約一時間の夕拝を終えた。

 

 朝十時半からの礼拝(れいはい)と違い、夜間この片田舎の善知鳥(うとう)教会にわざわざ足を運ぶ者はほぼいないので、毎回一人で、礼拝堂でライブ配信をしている。


 季節を問わず礼拝には必ず3ピーススーツを着込み、飴色(あめいろ)髪と暗紫(あんし)眼という少々ミステリアスな容姿から、女性の視聴者が圧倒的に多かったが、スコット自身にとってはどうでも良いことだった。


 それに、『魔性の男前牧師!』や『悪魔的神イケメン!』など、牧師のスコットにとってはあまり好ましくないコメントも多々あるが、褒め言葉であり、書き込んでいる本人達に悪気がないことは承知していたので、素直に喜んでおくことにしていた。後者は日本語的に破綻(はたん)している気もするが……。


 何はともあれ、どんなきっかけであれ、より多くの人達に神様の御言葉(みことば)を伝える機会が与えられれば、それもまた良し。


 最前列の長椅子の上で香箱を作っていた小さな三毛猫が立ち上がって伸びをした。推定だが生後二ヶ月程度。ここ数日、よくこの近辺に現れるようになった。無責任な誰かが棄(す)てていったのかもしれない。


 「ラケル、今夜は寒いな。泊まっていくといい」

 

 スコットは三毛猫ラケルを軽く撫(な)でてから(もう名前まで付けていた)、パソコンとギターを抱え、執務(しつむ)室兼寝室へと向かった。


 明日は朝九時の一時限目に宇都宮帝楊(うつのみやていよう)大学で講義をする。朝の祈祷(きとう)もあるので、早く床(とこ)に就(つ)かなければ。

 

 部屋の前に来ると、なぜかラケルが唸(うな)り、毛を逆立てた。


 「どうしたんだ? またネズミでもいるのか?」


 スコットは笑いながら言って部屋に入り、商売道具達をドアの横に置き、明かりを点けてネクタイを解いたところで、驚愕し小さく悲鳴を上げた。


 十六、七歳と思(おぼ)しき学生服姿の少年がソファに座っていたからである。


 人懐っこいはずのラケルが、この時は弾(はじ)かれたように素っ飛び逃げて行った。


 「こんばんは、スコット先生」


 少年の挨拶は親しげでありながら、どこか威圧的でもあった。


 「久しぶり。僕のこと、覚えてるよね?」


 淡い期待と、それに苛立(いらだ)ちめいた感情を孕(はら)んだ口調。

 

 「ええと……ごめん。誰だったかな?……って、そんなことより、どうやって入ってきたの?」

 

 スコットは静かに、しかし動揺を隠し切れない声色で問い返す。

 

 それもそのはず。この教会の出入り口は礼拝堂の扉と裏手の玄関の二つしかないのだ。先程まで礼拝堂で夕拝を執(と)り行っていたが、誰かが入ってきた姿は確認していない。そして、夜間は防犯のため玄関の鍵はロックしてあるので、そちらからは入れないはず。

 

 「外山理久(とやまりく)。十年前に会ってるよ。忘れたの?」


 理久と名乗った少年の口調から期待は消え失せ、苛立ちが憤(いきどお)りへと変化しかけていた。侵入方法については答えてくれなかったが。

 

 はて? スコットの目の錯覚だろうか? 理久の口の中には尖った牙がズラリと並んでいる。瞳は金色、虹彩は細く縦長で、さながら何らかの獣(けもの)のようだった。さらには、その背に大きなどす白く得体の知れないドロドロモヤモヤした塊まで侍(はべ)らせている。

 

 とっくにハロウィーンは過ぎたというのに、かなりクオリティーの高い仮装だろうか? そうだとしても、生々しく禍々(まがまが)しい。


 ところで十年前というと、スコットはここに来てまだ一年程度。伝道師(でんどうし)として修業中で、地元住民からは『若先生』などと呼ばれて絶賛可愛がられ中だった。現在でも特に主婦陣からは可愛がられているが。


 元々、ここ那須塩原(なすしおばら)市の善知鳥(うとう)教会はスコットの養父母の友人ダウリング牧師夫妻が始めた所で、その高齢になった夫妻が後釜(あとがま)を探しているという話を聞いた時、スコットはこれぞ召命(しょうめい)! と確信し来日した。


 人口減少の進んでいる地域だが、それでも地元住民からの強い要望もあったので、少しばかり不便でも当面はここを拠点(きょてん)に活動を続けようと決めていた。


 ―――さて、十年前、おそらくこの外山理久(とやまりく)という少年はまだ小学生だっただろう。


 「君……外山君だっけ? 高校生? こんな時間に、こんな所まで一人で来たの? 早く帰った方がいい」

 

 からかわれているのだろうと思い、スコットは恐怖を押し殺し、できるだけ柔らかい口調で諭(さと)した。

 

 「……覚えて……ないんだね」

 

 言うなり、理久の声に激しい憎悪が漲(みなぎ)り、その瞳に仄暗(ほのぐら)い狂気を湛(たた)えて立ち上がる。

 

 そして、突然飛んできた拳が、スコットの腹部を突き上げた。

 

 スコットは堪らず呻(うめ)き、腹を押さえてうずくまる。

 

 スコットの身長は一九〇センチ以上ある。その顎辺りまでの身長しかない理久からのボディーブローは、信じられないほど強烈だった。

 

 続いて、まだうずくまるスコットの胸倉を片手で掴み上げ、ぶん投げた。

 

 投げられたスコットの体はガラス戸をブチ破り、教会の裏手へと放り出された。

 

 「さあ先生、試練だよ」

 

 理久は悦(えつ)に入った恍惚(こうこつ)とさえした様相で呟き、割れたガラス戸からヒョイと外に出た。

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