第22話 星ひとつの店
「グーモーニー♪ どんな朝でも いいじゃないのー♪」
あいかわらず、でたらめな歌を歌いながら、蓮は自転車で芦ヶ窪商店街を、駆け抜けていく。
十月が過ぎて、ようやく街も、風の涼しい季節になってきた。これからがかき入れ時、なのだろうが……。
「あの話は、しない方がいいのかなあ。だけど、涼音さんにはきついよなあ……」
とても深刻な問題を考え始めていた蓮の頭は、そこでストップした。『僕の森』の庭に着いたのだ。
自転車に鍵をかけ、ヘルメットを外すと、住居部分に入る前に、いつものように涼音宮の賽銭箱に十円玉を投げ込んで、柏手を打った。
「神様。何かいいことありますように。イケメンの客と仲よくなれますように。あ、もちろん性格はすなおで頼りがいもありますように」
……せめて百円にしろ、蓮。
「はまー(おはようございます)」
これ以上略しようのないようなあいさつをして、勝手口から入った蓮は、
「あっ?」
思わず硬直した。テーブルの上で涼音と小池さんが、深刻な顔をしてノートパソコンをにらんでいた。シンクの方では、海斗がフレンチドレッシングを作っている。
「朝から何ごとですか」
分かってはいたが、声をかけると小池さんが、こちらを見もしないで応えた。
「涼音さんが、カフェログを見てしまったんです」
「えええ?」
あわてて蓮は台所へと上がった。パソコンのディスプレイをのぞき込む。
カフェログは、首都圏の喫茶店を紹介するレビューサイトだ。蓮のようなすれっからしと違って涼音は傷つきやすく、ネットにも慣れていない。人の無邪気な悪意を浴びても、平気でいられるわけなんかない。
ディスプレイに描かれた、『僕の森』の☆は、ひとつだった。
ちょ、ちょ、ちょい待ちっ! 蓮は叫びたかった。メニューだって、店の雰囲気だって、接客……はちょっと問題あるときもないじゃないけど、ひとつ?
「そ、それはですね、涼音さん。星が五つあるけど、最高なのが星ひとつで、最低が星いつつなんすよ。だから最高ってことで……」
「慰めてくれてありがとう」
涼音は暗い笑みを浮かべて、
「でも、私だって何も知らないわけじゃないの。お店の数が百三十ぐらいあったけど、ひと晩かけて、全部読んでみたから」
「そのひと晩は、日本一むだな夜っすよ。受験の前の夜につい徹夜で一気読みした全五十巻のマンガっす。全部読むどころか、星五つのところをちょこっと見てみる、ぐらいにしか役に立ちません」
けれど、涼音の表情は、暗いものだった。
どうやら『僕の森』は、初ランキングだったらしい。モーニングセットの時間には、それほど影響は及ばなかった。
「ね? モロボシ五朗でしょ?」
『それは取り越し苦労でしょ』というツッコミを期待して、蓮は渾身のボケをかましたが、あっさりスルーされてしまった。
「常連のお客さんしか来てない……」
客席を眺めつつ、涼音はつぶやく。
「いいじゃないっすか。上等じゃないっすか。誰が常連で誰がにわかか、すぐに分かるんすから」
「それじゃだめなのよ、蓮ちゃん」
涼音はまたため息をついて、
「うちは、常連のお客さんだけでは、赤字なの。コーヒー豆やドリップペーパーを買うお金が出ないのよ」
「そんななんすか」
「……なんす」
冗談めかして涼音は言ったが、表情は暗かった。
「ああいう所に投稿するお客様には、実際に来ていただいて、その上でお声をうかがいたいのだけれど、……ね」
「いまのお客さんは、言ったら何だけど、損得にうるさいっすからね……」
さすがの蓮も、ため息になった。
「絶対大丈夫な、星四つ以上の店に行きたがります。ま、それもそれで……いやっ、やっぱり違うっすよね」
やがてモーニングタイムが終わると、店は空っぽになった。
「うちの何がいけないのかしら」
「自分のボケのキレがいまひとつだからでしょーか」
「それはないと思う」
涼音は真顔で応えた。
「やっぱ、Wi─Fi入れてなかったせいっすかね。カフェログのお客さんは、スマホでネットを使う人ですから」
「それは、あるかも知れないね。けれど、もしWi─Fiが入ったら、コウサカさんみたいな人は、どうするの?」
コウサカさんは、常連の筆頭で、独身の小説家だ。仕事が立て込んでくると、朝から『僕の森』へ来て、ディナーまでの実質まる一日を、店で過ごすこともある。そのコウサカさんが、『僕の森』にはWi─Fiがないからいい、と言うのだ。
『ネットにアクセスできると、ついよけいな情報を検索してしまって、仕事の邪魔なんだよ。検索しているうちに、どうでもいい動画サイトへ行ってしまったりして、遊んでしまうんだよね。だからWi─Fiは要らない。僕は、だけどね』
「むー」
蓮はうなった。
「こうなったら、誰かインフルエンサーが来ませんかね」
「インフルエンサー?」
「世間や人の思考・行動に大きな影響を与える人物のこと……だそうっす。ひとりでも、そーゆー人が来てくれて、店を気に入ってくれたら、ユーチューブか自分のインスタグラムで紹介してくれて、たちまち大繁盛っすよ」
「そんなにうまく行くでしょうか」
声がして、厨房から小池さんが入ってきた。
「私に考えがあります」
小池さんは、A4ぐらいの紙を一枚、手にしている。
「きょうは暇なので、描いてみました」
涼音と蓮はのぞき込んだ。紙の中央に、大きな金の星が描いてあった。
『 当店は、ネットで星ひとつの店です
この度、カフェログで星ひとつの口コミをいただきました。
確かに当店は、ネットに優しくありません。いつも、同じコーヒーをお出しして、普通の店員が、普通に明るい接客をいたします。特徴と言えば、八十年代を中心とする音楽をおかけしますが、興味のない方には、うるさいだけかも知れません。
ですが、足を運んで下さるお客様には、最上級のコーヒーと、精一杯のサービスをご提供いたします。
星ひとつの味を、試してみませんか』
「これを、ドアに貼っておいたらどうか、と思うのですよ」
「にゃるほど。楽天【らくてん】の発送日ですね」
「それが、逆転の発想のことだと分かる人が……」
「小池さん、ありがとうございます」
涼音は頭を下げて、
「けれど、これは使えないな」
「負けを認めるのが怖いですか」
「落ちついて、小池さん」
涼音は、しだいに平常心に戻りつつあった。
「自分の店の評判が悪いのを、ネットの外にまで自分で宣伝するのは、何も知らずに入ってこようとしたお客様を、追い払うことになる。そう思わない?」
「世の中、ネットばっかじゃないっすからね」
蓮が同意した。
小池さんは、ハッとしたようだった。
「私が、まちがっていました。お許し下さい」
言った後で、
「だったら、どうしたらいいのでしょう」
「そうね。ふだん通り、プラスアルファの接客をするしかないでしょう。改良点、というより改悪点だけれど、たとえば、前から考えていたのだけれど、Wi─Fiルータは、やっぱり入れることにしましょう。あと、充電用のコンセントを作りましょう。マナーの悪いお客様には、その度ごとに、応対することにして」
「コウサカさんが嘆きますね」
小池さんが静かに言う。
「常連のお客様なら、話してみれば、分かってくれると思うの。……これをいい機会に、少しだけ現代的に対応して、それでもダメなら、もうしかたがないと思う」
「ま、がんこ親父がひとりでやってる喫茶店、じゃないっすからね」
「私が赤坂でした」
頭を下げた小池さんに、蓮が目を丸くした。
「それは『浅はか』でしょ? 小池さんがボケるだなんて……」
「あっ」
声を上げた小池さんは、カウンターの奥に飛び込んでいった。
Wi─Fiのルータは、出入りの業者に『設置したい』と伝えると、飛ぶように来てルータをセッティングし、使い方も教えてくれた。
それから、客が少しずつ、戻って来た……ような気がする。詳しいことは、月次決算を見なければ分からないが、わざわざ『ここって星ひとつの店?』と聴くような客はおらず、ある日、涼音がカフェログを見てみたら、星の数は三つ半になっていた。
「厳しいものね……」
思わず涼音はつぶやいたが、多くは望まなかった。それに三つ半でも、大したものだ。普通以上なのだから。
……その日も、まあ少なくはあるが、常連以外のお客さんが来ているときだった。
店の外で、ものすごい音がした。あれは車の音?
急いで涼音が外へ出ると、庭の鳥居に、自動車が突っ込んで停まっていた。
『僕の森』の庭は、鳥居と並んで、海斗が仕入れに使うワンボックスカーが奥へ入る自然の道がある。そちらに停められても迷惑ではあるのだが、鳥居がほとんどなぎ倒されているのを見て、涼音は血の退く思いだった。こんなことをしたら……。
「何やってんだよ!」
声と同時に、車の左側のドアが開いて、『金持ちのぼんぼん』を絵に描いたような服装で、首と腕にタトゥーを入れた若い男が出て来た。どうやら車は左ハンドル、つまりは外車らしい。
右の助手席から出て来た若い女も、改めて、鳥居にぶつかった車を見て、
「ちょっと、ヤバいよー」
べたべたした声を上げる。こちらもタトゥーだ。
「何をしているのですか」
思わず激して涼音が声を上げると、男はにらみつけた。
「この店、駐車場もねえのかよ。ほんと、星ひとつの店だな」
「都内の喫茶店で、駐車場のある店の方が少ないと存じますが」
「タケルー。こんな店、つぶしちゃおうよ」
女が舌足らずに言った。
……断わっておくが、涼音が『べたべたした声』が嫌い、というわけでは決してない。ただ、この状態で聴くと、『頭が悪い』ようにきこえる。
「もちろんだよ。ただその前に、レッカー車呼ばねえとな。マキミ、お前、先に店に入ってろ」
タケルはスマホをかけ始め、マキミは『僕の森』のドアに向かった。涼音は急いでマキミの後を追った。
「らっしゃっせー」
カウンターから声をかけた蓮に、涼音は近づいた。
「蓮ちゃん、日本茶ふたつ」
「……うっす」
『日本茶』は、金融関係で「迷惑な客」を意味する隠語だ。蓮も少し、緊張したような顔になった。
少しして、タケルが店に入ってきた。
「損害は、賠償させていただきます。星ひとつのマスターさん」
おどけたように言うと、マキミの前に座って、足を投げ出した。
「とりあえず、コーヒーふたつ、くれや」
「マキミはー、アイスティーがいいー」
「だとよ」
タケルはTシャツの首の所をめくって、タトゥーを見せた。濃紺の線で、龍らしい絵柄が描かれている。
(よりによって、龍……)
ちょっとしたことから、『涼音宮』と呼ばれることになった祠【ほこら】も、ご神体は龍神だ。怒りださなければ良いが……。
蓮がトレーを持って、タケルたちの前に立った。
「お待たせしました」
「へー、ちゃんとコーヒーは出すんだ。変なものは入ってないだろうな。ことわっとくが、俺の親父は東証一部の会社の社長だ。なめんじゃねえぞ」
「だったら……」
蓮はつぶやいた。
「ああん? 東証一部でビビったのか?」
「いえ。お客様はどうなのかと思って」
「K大の教職課程だよ。文句あんのか?」
「いえ。失礼しました」
蓮はカウンターへ戻った。
……ちょっと席を外していた涼音が、店へ出て来て、タケルに近づいた。
「タケル様、でよろしかったですね? どうして鳥居へ突っ込んだのです?」
「駐車場がないからだよ。さっきも言ったよな」
「それは言いわけに過ぎません。車の大きさも、ご自分ではご存じないのですか」
「てめえ、なめてんのか!」
タケルの目が、ぎらぎら光った。
「こんな店、つぶしちゃう、って言ったじゃん」
マキミが嗤った【あざわらった】。
「おう。いますぐ仲間呼んで、ちりひとつ残らないようにしてやる」
タケルはスマホを取り出した。
「蓮ちゃん!」
「うっす!」
涼音に呼ばれた蓮は、カウンターを飛び出して、そのままタケルに走り寄ると、スマホを蹴落として、スニーカーのかかとで踏みにじった。
「てめえ、ぶっ殺す!」
凶悪な表情で立ち上がったタケルは、おそらくは空手か何かの構えを取った……いや、正確には取ろうとした。しかしそのときにはもう、蓮は立ったまま、
「はいっ!」
声と共に、ハイキックでタケルの首を蹴飛ばしていた。タケルは床に倒れた。
「タケル? ちょっと、ただですむと思ってんの?」
「思っていますよ」
涼音は微笑んだ。
「もう、言うのも飽きたほど申しましたが、どんなお客様でも、店の中で怒鳴ったり、暴れたり騒いだりする方は、威力業務妨害罪です。三年以内の懲役、または五十万以下の罰金です」
「俺のおやじに言えば……」
ふらふらと立ち上がったタケルは、鼻血を流していた。
「こんな店、簡単につぶせるんだからな」
「では、あなたは何ができるのですか」
涼音は静かに訊いた。
「ああん?」
「ご自分では何もできないのでしょう。お父様という方を呼んでいただきましょうか。蓮ちゃん、『あれ』は?」
「バッテラ、録れてます」
「……バッテラがどうしたって?」
タケルが訊いた。
「おそらく、『ばっちり』かと思います」
涼音はカウンターへ向かった。いろいろな色のガラス瓶が並ぶ中に、蓮のスマホがある。それを手にして、客席に向かった。
「お店へ入ってきてからのあなた方が、録画、音声、ちゃんとできております。これをもみ消すなら……タケル様、改めて、あなたのお父様の出身校はどちらですか」
「なめんなよ! T大の法学部だ。おやじには弁護士の友だちがいくらでもいるんだからな。こんな喫茶店なんか、訴えればすぐにつぶしてくれるさ」
「では、お父様への苦情は、T大学校友会を通すことにいたしましょうか」
「は?」
「T大学のOB会の名前です。実は私も、その校友会の会員で、T大法学部の卒業生なんです」
「……卑怯だぞ!」
「私も言いたくはなかったのです」
涼音はため息をついた。
「ですが世の中には、学歴だけで人を測る輩がときどきおいでになるのです。面倒くさくてかなわないのですが、せっかく手に入れたものは、相手を見てたまに、使わせていただいております」
「ふざけやがって……マキミ、帰るぞ!」
「えー? 親父さん、呼ぼうよお」
マキミはあきらめが悪かったが、タケルはいかにチャラい奴とはいえ、物の損得は分かっているようだった。
「覚えてろよ」
立ち上がったタケルに、涼音は厳しい声をかけた。
「こちらの用事は、まだ終わっておりません」
「用事? これ以上何があるんだ」
「鳥居が破壊されてしまいました。弁償をお願い致します」
「……いくらだよ」
「そうですね……撤去と建設で、五十万でいかがでしょう。これでもけっこう、ディスカウントしている値段です」
「五十万?」
タケルは目をむいたが、
「あなたがOKと言わない限り、一分ごとに一万円、上がっていきます。……五十一万……五十二万……」
「待った! 払う!」
あわてたような声を出したタケルは、けれど、どうやら内心では嗤っているように、蓮にも見えた。
「カードでいいよな」
涼音は首を振った。
「当店は、すべて現金払いでお願いしております」
「五十万なんて金、現金で持ってるわけ、ないだろ!」
「駅前のコンビニに、ATMにもなる端末があります。ご迷惑なら……」
「わかったよ、もう。マキミ、留守番しててくれ」
「えー?」
不満の声をマキミは上げたが、タケルはもう、店を飛び出していた。
「ひどい目に遭ったわ。さすが星ひとつの店ね」
「マキミ様。ひとつ、違います」
涼音は、笑顔を見せた。
「星ひとつの客が来る、店なのです」
けれど、『事件』はまだ、終わったわけではない。
態度の割におとなしくしていたマキミは、こっそり録っていたスマホの映像を、SNSに上げ、SNSは一時、悪い方にバズった。
けれど、それはハンドミラーで見て、知っていた。こちらにも蓮が録った映像がある。それに、これも言い飽きたが、威力業務妨害罪はSNSにも適用されるのだ。
タケルの父に面会した涼音は、映像を見せながら……鳥居を破壊した車の映像もあった……、静かに、しかしきっぱりと抗議した。
OB会で話題になっては、社長の地位も危ない。タケルの父は丁重に謝罪し、示談ですませてくれるよう、懇願した。けっこう大きな額の金と、SNSにマキミが上げた映像の削除でどうか、と言ってきた。
涼音も『事件』をこれ以上、大きくしたくはないので、示談に応じようと思ったのだが、映像の削除はなされなかった。タケルが、自分のちっぽけなプライドのために、再度アップしたのだ。
そうなっては、容赦は要らない。涼音は出入りの弁護士、アンドウ先生に事件を……もう事件にカギカッコも要らないだろう……託した。
タケルの父は、息子の仕業も、涼音が刑事事件として訴えたこともショックのようで、再度の示談を持ちかけたが、すでに慰謝料の問題ではない。アンドウ先生の腕もあって、タケルとマキミは懲役刑に服すことになった。タケルの父は会社を辞めた。
しばらく『僕の森』は、動画配信のアポなし取材だの、騒ぎに乗って悪ふざけをする客などで騒がしく、ひどく迷惑だったが、涼音たち店員の毅然たる態度と、コウサカさんが紹介してくれたインフルエンサーが、事件の検証を動画配信してくれて、いつか騒ぎは収まっていた。
ひと騒動が終わると、涼音は壊された鳥居の再建に取りかかった。
鳥居にも、いろんな種類があるのだが、涼音は朱色と黒の、木造の鳥居を選んだ。これからも、今回のようなことがあったら……と思うと、少し高い石造りのもののほうがいいかとも思ったが、朱塗りの鳥居の風情に惹かれたのだった。値段は涼音の目算通り、五十万ほどですんだ。
どうにか落ちついた頃、深夜に涼音が休憩していると、シーリングライトのまたたきと共に、季里が現われた。
「お疲れ様」
季里は微笑んだ。
「これも城隍神の仕事なんですか?」
「疲れているみたいね」
「当たり前です」
涼音は、季里を軽くにらんだ。
「まあまあ。こんなこと、そう起きることじゃないから」
「絶対じゃないんですね……」
こんなことなら、祠も鳥居も撤去してしまいたい……と一瞬思ったのが、季里には分かったようだ。
「涼音ちゃんには手間をかけるけれど、これからも龍神様を守って欲しいな。信じて、祀る人間がいなくなったら、神様も要らなくなってしまうから」
「もし、そういうことになったら、神様はどうするんですか」
「ごめんね。私もまだ、そこまでは教わっていないんだ」
困ったように季里は微笑み、
「けれど、それこそ、あの鳥居を壊した男みたいに、軽い気持ちで神仏を扱ったり壊したり、なくしてしまったりする人間は、たぶん増えてくるんだろうね。……残念だけれど、これからどうなるかは、私には分からない。だって、私には『これから』っていうものがないんだもの」
涼音はハッとした。
「ごめんなさい! 季里さん。私は……」
「そんなに、謝らないで欲しいな」
季里は笑顔で、しかし涼音を軽くにらんだ。
「それじゃ、私がよっぽどかわいそうみたいじゃない」
「はい……」
「あなたは正しいことをしたんだから、堂々としていればいいの。いい? ありのままとか、私は言わない。ただ、すべての期待に応えることはないの。あなたがブレないように成長するまで、私はあなたを見ているから」
「だったら私はブレ続けます」
ようやく涼音も微笑んだ。
「そうすれば、ずっと季里さんと一緒にいられるから」
「涼音ちゃん……あなた」
季里は少し驚いたように、
「けっこうちゃっかりしているのね。気づかなかった」
「お店の経営者ですから」
笑顔で涼音は応えた。
その夜のブログに、涼音は書いた。
こんばんは。最近、ちゃっかりしている、と言われる、涼音です。
自動車事故で、店の庭にあるほこらの鳥居が壊れてしまったのですけれど、
何とか再建ができました。よろしかったら、一度、観に来て下さい。
なお、ときどき、
「おみくじはないんですか?」とか、「絵馬は奉納できないんですか?」なんて
訊かれることがあるのですけれど、うちの神様……変なことばですね……は、
そういうことは受けつけていません。
前に、本格的な神社にしよう、と言ってくれた方がいらしたのですけれど、
……理不尽と思われるでしょうけれど、天罰を受けてしまいました。
神様の中には、気性が荒い神様がいますので、皆さんも、お気をつけて。
……。
これで、この話は終わった。
ついでに言うと、落ちついた店は、客足が伸び、口コミが広がって、結果としてカフェログで星四つになった。
あれだけの騒ぎになったのだから、四つ半が欲しい、と蓮はごねたが、それを決めるのは涼音たちではない。金を払ってコーヒーを飲んでくれた、客だ。
それに、星四つだって、そんなにもらえるものではないらしい。
いま、少しだけ、涼音が思っているのは、もし星五つの喫茶店があるなら、行ってみたい、ということだ。
(第22話 星ひとつの店 おわり)
【各話あとがき】私が通っている床屋さんが、長いこと、星ひとつでした。
私にとっては、いつもこちらの思っている通りに仕上げてくれるし、別に接客態度も悪くないので、意味が分かりませんでしたが、いつの間にか三つ半になっていました。
……それだけのお話です。別に誰かを批判したいとか、自分が困っているとか、そういうお話ではありません。
何せ私は、メッセージ性ゼロの小説家(のつもり)ですゆえ。
気分を切り替えて、次回は不本意ながら、ちょっとゆかいなお話です。
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