第6章 秘密、亀裂、決裂

第40話 八二〇期生名簿 要観察対象

 ことん、ことん。学園内の静かな部屋で、一人の生徒が分厚いファインダーを重ねていく。その生徒は数多くある資料からあるものを探していた。そしてようやく目当ての一冊を探し当てたようで、机に体を預けてそれを開く。

 窓からさす明かりと部屋の明かりに照らされて、文字がはっきりと見えるようになった。そのファインダーの表紙には、”八二〇期生名簿 要観察対象”と書かれたテープが貼られている。


「Bクラス……アウィーロ、Cクラス……メロネ、Eクラス……ポリトナ、サテ。よし、これだな」


 そう呟くのは八二〇期生の中でも優秀な生徒として知られる、Aクラス所属のユグナ リコエシャールだった。彼はバトル試験トーナメントの報酬として、この資料保管庫への入室を希望した。たった一回の入室ならと、その許可が先ほど降りたので、早速ここを訪れたというわけである。

 まさか自分を含めチームメンバー全員の詳細情報が、通常の名簿ではなく要観察名簿の方に記載されているとは予想外だったので、自分のチームメンバーのページに印をつけて一人ずつ詳細を見ていくことにした。まずはBクラスのアウィーロから。

 ユグナは彼の情報を見るためにこの部屋の入室許可を取ったと言っても過言ではない。


 ”アウィーロ、落ち着け!”

 ”しかし……!”

 ”大丈夫。深呼吸”


 つい先日のバトル試験の決勝戦を思い出す。アウィーロの魔法発現時に魔法が暴走してしまった。その際に彼の腕を抑えた時の違和感が最初だった。触れた時の彼の体格が男性のものではないと感じた。

 考えてみれば、入学からかなりの時間を過ごしているにも関わらず、アウィーロについては謎が多い。今だに本人の本当の声すら聞いたことがないほどだ。卒業は目前に迫っている。

 チームメンバーに関してリーダーである自分ぐらいは事情を把握しても良いのではないかと考えたのだ。通常の学生名簿に誰も載っていない時点で不穏な気配はあったが、なぜ自分と組んだチームメンバーが全員学園側から要観察の扱いを受けているのか。ここで知る必要があると強く思った。

 もちろんユグナがこちらの名簿に載っているのは、父親が学園に多額の寄付を行う人物だからだ。学園側としては、ユグナの扱いを誤って父の機嫌を損ねてはいけないという考えなのだろう。


「なるほどな」

 アウィーロについての記載を確認する。やはり予想は間違っていなかったようだ。ここでは事実だけ飲み込むことにする。

「次は……あ」


 Cクラスのメロネのページを開こうとすると、勝手にポリトナのページが開く。彼女のページもいずれ読むことになる。丁度良いのでこのまま読み進めていくことにした。


「……!」


 少し読み進めたところで背後、しかもかなり近くに気配を感じた。振り返れば部屋の扉はいつの間にか空いていて、見慣れた姿も近くにある。

 その人物は今まさに情報を確認していたポリトナだった。彼女は手を伸ばし、短剣をユグナに突き立てている。ただその攻撃は、ユグナに届いてはいなかった。



「うーわ、キモいなぁ……。なんで学園内でシールド貼ってんの?」



「このように突然襲撃を受けた時のためだ。この間サテも被害にあったし、現に今、役に立っている」

「……っ」


「そろそろやめたらどうだ? 急襲ではなくなった以上、その攻撃で仕留めるのは厳しいだろう。魔法使いを相手にしていることを自覚してくれ」

「あーあ、もうしょうがないなぁ。なんで人の知られたくないこと探ろうとするの? 変態御曹司」


 ポリトナはポケットに手を伸ばしている。魔道具で本格的にユグナを攻撃するつもりらしい。彼女にはそれほど見られたくない情報があったのだろう。


 人はみんな知られなくないことを抱えて生きているものだ。そう父に教えられてきたけれど、結局その秘密から引き起こされる災いを最小限にするには、全てを知るものが必要になるとユグナは思っていた。


「っ、仕方がない」


 ユグナはファインダーを置いて窓を開け放った。一気に入り込んだ外気が室内の資料を巻き上げる。そのまま魔法で空中浮遊し、ユグナは外に出た。

 ポリトナは窓枠にぴょんと飛び乗って後を追う。魔道具には人間を数人運ぶものも存在する。彼女一人を浮かせることくらい道具一つで十分だ。

 仲間同士の戦いは突然始まることになった。資料保管庫への入室は一度きり。つまり出てしまえば魔法で施錠されてもう中には入れない。


 あと二人分見損ねてしまったと思いつつ、ユグナは目の前の仲間を見据えていた。

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