第35話 盛大な勘違い

 リーフちゃんが掲げた手から、魔法攻撃が飛んでくるのがわかった。僕は反射的に一歩引く。こちらの魔法で打ち消すしかない。

 咄嗟に出たのは、僕がもつ魔法属性の雷の魔法だった。青い光が彼女の攻撃に降り注ぐ。彼女の手からは強力な水流が飛び出していた。


「きゃあああああ!!!!」


 バリバリと大きな音がその場に響く。閃光を撒き散らして瞬時に二人の魔法は消え去った。彼女はその威力に驚いたのか、ぺたっと座り込む。そのまま腰を抜かしてしまったようだ。


 その場がしんと静まり返る。僕も彼女も、魔法がぶつかった際の水飛沫でびしょ濡れだ。とにかく、状況を整理しなくては。


「ええっと……立てる?」

 手を差し伸べると、彼女は座ったまま体を震わせていた。この状況に相当驚いているらしい。彼女の予想ではどうなっているのが正解だったのだろう。


「どうして、雷の魔法を……? 炎属性の魔法の使い手じゃないんですか……?」


 それを聞いて僕はやっと状況を理解し、すぐに頭を抱えた。以前彼女に会った時の会話が脳内で再生される。僕は確かに、彼女に魔法発現の際の属性を答えた。

 ただ、”誰の”魔法発現の話かが明確に示されていなかったことを思い出す。おそらくそこでずれが生じた。彼女は僕の魔法属性を訪ねており、僕はユグナの魔法属性を答えていたのだから。

 そういえば彼女の口からユグナの三文字を聞いた覚えがあっただろうか。この状況は全て僕の勘違いが生んだすれ違いのようだ。一気に顔が熱くなる。


「……もしかして、僕が炎って答えたから水属性の魔法を練習した?」

「はい……」

「アー……」


 再び頭を抱える。いや、そのおかげで僕は今、全身びしょ濡れ程度で済んでいるのだが。

 これは魔法属性の相性に関わる話なので簡単に説明しておくと、ジャンケンのように、魔法にも属性によって有利不利がある。


 水をかけると火が消えるのが簡単な例で、同じ攻撃力でも炎属性の魔法と水属性の魔法がぶつかると、炎が押し負けるという現象が起こるのだ。彼女は僕の魔法が炎属性だと聞かされたので、それを上回る水属性の魔法を覚えてここにやってきた。

 しかし僕が使うのは雷属性の魔法だ。水と雷では雷の方が強いとされている。属性の表をユグナにもらって学んだことだが、雷属性は他の属性に比べて優位に立てる場合がほとんどだった。


 結果として、僕の魔法が勝ってしまい、大きな雷がこの場で炸裂することになった。彼女に攻撃が及ばないように魔法の出力範囲を狭めていて正解だったと自分を褒める。


「ごめん。僕ーー」

「おい! 何があった!?」


 今日はよく発言を遮られる日だなと思いながら声の主の方を向く。視線の先にはユグナを先頭に他のメンバーが駆けつけてくれていた。


「すっごく大きい音がしたのでびっくりしましたよ。サテ、お怪我はありませんか?」

「大丈夫。……だけどよくここがわかったね」

「この真下が俺たちの控え室だからな」

「寝てたのに起こされた……」


 ユグナとポリトナが床を指差しながらそう告げた。ポリトナに至っては本当に眠たそうで申し訳なくなる。

「ああ、ごめん。……なるほど。そういえばそうか」


 僕は足元を靴でなぞる。意識してはいなかったが、僕はこの下の部屋からやってきたのかとぼんやり考え、今そのような余裕はないことを思い出した。状況を彼女に知らせなければ。


「とりあえず乾かそうか。二人とも風邪ひいちゃう」

 僕がそう言うと、ユグナが指を鳴らして魔法を使った。その音と共に僕らの服や髪の毛は一瞬にして乾く。乾かす手間が省けたのでとりあえず話は続けられそうだ。ユグナにお礼を言ってから彼女を見れば、びくりと体を震わした。

 怖がらせてしまったみたいで、なんだか悪いことをしている気分になる。


「ごめん。先に僕から説明するから、その後にリーフちゃんの話を聞かせて」


 僕は自分の勘違いを含めて状況を説明する。リーフちゃんがユグナに憧れていると思い込み、彼女からの質問にはユグナの情報を答えていたこと。

 そしておそらく、炎属性の魔法使いを攻撃するべく、彼女が水属性の攻撃を用意してきたこと。僕の勘違いがちょっとアウィーロのツボだったようで、彼は後ろを向いて肩を振るわせ始めた。完全に笑われている。

 全く失礼なやつだと思いながらスルーして、僕はリーフちゃんに問いかけた。


「それで、どうして聞いた属性より有利な属性の魔法を覚えて僕のところに来たの?」


「……す、すみません、でした。少しだけ、大会を棄権する程度の怪我を負わせるつもりだったんです……」

「それって……!」


「では今大会で怪我人と棄権するチームが多発しているのは、君の仕業だったということか?」

「は、はい……本当にご、ごめんなさいっ……!」


 彼女はぎゅっと制服のスカートを握りしめたまましゃがみ込む。その様子から、何かただならぬ理由があるのかもしれない。先ほど彼女の口からも漏れていたが、不本意であることは見てわかった。

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