第35話
《side 桜木鷹之丞》
お盆に入った初日、美波藩の街は静かな朝を迎えていた。
お盆は、祖先の霊を迎え入れ、供養し、送り出すための大切な行事だ。
俺は一週間の間、午前中は代官としての仕事をし、午後からは蘭姫様が帰ってこられるので共に勉学の復習を行い、夜にはアゲハの元へ行って飲んだくれる。
そんな日々を終えて、お盆として定められた初日は皆、各々の仕事を始め、夜には死んだ者たちを迎える準備を始める。
「鷹之丞様、我が家でも準備ができました」
「ああ」
我が家では、父上と母上、祖母や祖父などを迎えるために飾りや仏壇に供え物を増やしていく。
「色々とありがとう。新之助」
「何を言われますか。このように皆がお盆だと行って生活が迎えられたのは、全て鷹之丞様のおかげです」
同心たちにも、お盆の間は仕事は午前だけで、一週間の最後の二日間は休みにした。
お盆の最後には、迎えた者たちを盆踊りをしながら送り届ける。
踊ることでお迎えした死者の霊魂を慰め、あの世へ再び送り返すことができると信じられ、全国各地で盆踊りが行われるようになったといわれているからだ。
「鷹之丞様、夜に備えて少し休まれてはいかがでしょうか?」
「ああ、そうだな。少し休ませてもらう」
俺は新之助の勧めで少しの間、仮眠を取ることにした。
夕刻が近づき、町は再び活気づき始めた。
各家で提灯に灯が入り、夜の訪れを待ち構えていた。
俺も再び町の見回りに出かける準備を始めた。
「鷹之丞様、蘭姫様がこちらに来られます」
新之助の報告に、俺は慌てて立ち上がる。
「何っ! 蘭姫様が来られたのか?!」
本日の夜は、蘭姫様にご挨拶をお願いしていたので、迎えにいくはずだったが、先に来られてしまったようだ。
「鷹、妾がきたぞ!」
学習塾に行くようになって、護衛と共に行動するのに慣れたようだな。
「ご足労いただきありがとうございます。本日はどうぞよろしくお願いします。ただ、必ず私の側を離れないでください」
「うむ、約束する」
蘭姫様を連れて、町の見回りに出かける。
町は祭りの準備で賑わっていたが、その裏で俺の心には一抹の不安があった。
商人たちの一味がまだ潜んでいる可能性があるからだ。
「蘭姫様、今夜は迎え火を焚いて祖先の霊を迎えます」
「迎え火か?」
「はい、お盆の初日に行う行事です。家の前で火を焚いて、祖先の霊が迷わず帰ってこれるようにするのです」
「そういうことか。妾も手伝うぞ」
「ありがとうございます。蘭姫様には、中央広場で、迎え火を焚いていただきたいと思っております。きっとご先祖様も喜ばれるでしょう」
夜になると、町のあちこちで迎え火が焚かれ始めた。
俺は蘭姫様と共に広場に到着して、迎え火を焚いていく。
炎が揺らめく中、静かな祈りが捧げられた。
「皆の者よ! ここにおられるのは美波藩藩主の娘、美波蘭様だ! 蘭姫様からお言葉をいただく!」
美波藩の者たちが集まり始め、盆踊りように作った太鼓台に上がっていただいて、蘭姫様にお声をいただく。
「お願いします」
「うむ。美波藩の民たちよ。妾が美波藩主、娘が美波蘭である。皆の者、今年もお盆の時期がやってきた。祖先の霊を迎え、供養する大切な時期だ。皆が心を一つにし、美波藩の平和と繁栄を祈ろうぞ」
蘭姫様の言葉に、民衆から歓声が上がる。
彼らに受け入れられている光景を見れば、俺も嬉しくなる。
「蘭姫様、これでご先祖様が無事に帰ってこられるでしょう」
「うむ、なんだか心が温かくなるのう」
「そうですね。お盆は家族と共に過ごす大切な時間です」
蘭姫様に声をかけていると、突然地響きが起きた。
その時、突然騒ぎが起こった。
人々が慌ただしく動き出し、何かが起こったことを知らせてきた。
「何が起こった?」
「鷹之丞様、町外れで妖怪が現れたとの報告があります!」
新之助が駆け寄ってきた。
「すぐに向かう。蘭姫様、ここにお留まりください」
「鷹、気をつけてな」
俺は新之助に指示を出した。
「新之助、町外れの妖怪の対処を頼む。俺は蘭姫様を城に送る」
「かしこまりました!」
「蘭姫様、一旦城に戻りましょう」
「うむ」
護衛の者たちはいるが、俺が一緒に行った方が安心できる。
俺は急いで蘭姫様を城に送り届けた後、新之助の元へと急いだ。
町外れに到着すると、そこには商人の仲間たちが待ち構えていた。
彼らの手には結界を破るための護符が握られていた。
「誰の命令だ?」
「桜木鷹之丞、ここまで来るとはな。しかし、もう遅い。結界は破れ、妖怪たちが侵入してくるだろうさ」
その言葉と共に、彼らは護符を使って結界を破壊する。
「貴様ら! 美波藩の平和を乱す者は許さない!」
俺は刀を抜き、素早く彼らに向かって駆け寄った。
激しい戦闘が始まる。
「新之助、結界を守れ! 俺がこいつらを止める」
「かしこまりました!」
新之助は足軽たちと結界を守る。
どうやら奴らは忍びだったようで、技術は普通の侍に劣るが奇妙な戦闘を仕掛けてくる。
だが、俺はこの三年鍛えた剣術で、切り払っていく。
「このままでは我々も危険だ、撤退するぞ!」
一人が叫び、残りの者たちは逃げ出した。
俺は新之助の元へ駆け寄り、結界の無事を確認する。
「よくやった、新之助」
「ありがとうございます、鷹之丞様。これで町は守られましたね!」
新之助は嬉しそうな顔をするが、これで終わりではないことを俺は知っている。
「お鶴!」
広場に戻った俺たちを待っていたのは、お鶴とお玉だった。
「鷹之丞様!」
「まだ大丈夫なようだな」
「はい。ですが、鷹之丞様たちが町外れに向かった後に、別の場所で同じような衝撃が起きて、平八さんと以蔵様が向かいました」
「そうか、先生たちには感謝しないとな」
お鶴には、酒場で聞いた情報を話していたので、中央を守ってもらっていた。
「新之助、ここの守りをお鶴と共に任せるぞ」
「はっ!」
「俺は、蘭姫様の無事を確認してくる」
「かしこまりました」
奴らの狙いが混乱であることはわかっているが、俺の一番大切な人は蘭姫様だ。
「良かった、鷹。無事で何よりじゃ」
「ありがとうございます、蘭姫様。どうやら何者かが内部から結界の破壊を目論でいるようです。姫様は城にて防御を固めていてください」
しかし、俺が城に戻っている間に再び異変が起こった。
「なんじゃあれは! 鷹、あのような大きな妖怪を!」
城からでも見える大きな妖怪が美波藩の中央に現れた。
「蘭姫様、私も行って参ります」
「鷹! 必ず、帰ってくるのだぞ」
「もちろんです!」
「約束じゃぞ!」
「はっ!」
俺が出て行こうとすると、蘭姫様に止められる。
「待つのじゃ!」
「はい?」
「少ししゃがむのぞ」
「わかりました?」
俺は蘭姫様の前で屈んで頭を下げる。
「これはサエが教えてくれた、幸福を願うおまじないじゃ」
そう言って蘭姫様の唇が、俺の額に当てられる。
柔らかくて可愛い蘭姫様が、俺の無事を願うようにしてくれたおまじないだ。
「信じておるぞ」
「はっ! どんなお守りよりも、この桜木鷹之丞にとって、蘭姫様ほどの幸福な女神はおりませぬ」
「うっ、うむ!」
俺は蘭姫様からいただいた幸福と共に、巨大な妖怪退治に向かった。
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