第9話(17:30)

 ミナさんは、酷く楽しそうに話を始めた。


「去年のことなんだ。

「皇女様が、一昨年帰ってきたの。ずっといなかった皇女様と皇子様がそろって、国中お祭り騒ぎだった。

「その次の年、皇女様がうちの村に来るっていうお達しがあった。この、何にもない村に。うちの村は沸いたよ。噂の彼女たちが来るなんて、とても名誉なことだもの。

「それで、齢の近い私たちが、案内役に抜擢された。

「本当に、楽しかった。遊びに来ただけだからって、地元の学校を案内したり、市場に行ったりもしたよ。

「学校ではね、皇女様の付き人たちが大活躍していた。とんでもない身体能力とか、計算速度とか。面白いことだらけだった。

「市場は特に面白かったなあ。地球から帰って来たばかりで、こっちの世界の物を知らない皇女様のために、あちこち説明したり、食べて歩いたり、楽しかった。

「今でも忘れてない。一年なんかで忘れようのない思い出。普通に生きていたら、絶対にありえないことだったから、本当にかけがえのない思い出。

「休暇の旅行として、彼女たちがこの村を選んでくれたことに、本当に感謝した。

「彼女たちの目的は、違ったけれど。

「皇女様たちは、この村の隅にある遺跡が目的だったの。

「あの遺跡にある、強大な力を持った、宝石箱が。

「泥棒ってわけじゃない。世界を救うためには、必要らしいの。おじいちゃん――村長も承知の上で。

「そのために、秘密裏に動いて、こっそり夜中にあの遺跡に入り込もうとしていた。

「私とサヨは、それに気づいて後をつけた。

「その所為で、私たちは死にかけた。

「地球の人たちに言っていいことなのかわからないから、明言はしないけど、皇女様たちに敵対する勢力に、殺されかけた。

「まあ、知っての通り死んではないんだけど。怖かったよ。

「ああごめん、とりとめのない話になっちゃったね。私も何が話したかったのかわからないや。そろそろご飯もできるかなあ」


 重い話だった。天真爛漫で明るい人だっていう、ミナさんに対する勝手で一方的なイメージが音を立てて崩れた。

 皇女様に対する尊敬と畏敬と恥辱はさらに深まった。


「大丈夫、だったんですか」

「え? 私たち?」

「はい。怪我したりとか」


 もしかしたら、障害が残ったりとか。


「全然。大丈夫。戦ったり、怪我をしたりしたのは、皇女様たちだけ」

「あの、あそこの写真に写ってるのって」

「ん? 部隊の人全員だよ。あはは、大丈夫。誰か死んじゃったりしてるわけじゃない」

「ずいぶんたくさんいらっしゃるんですね」

「うん。皇都に行けば多分会えるよ。ふふ、楽しみ」


 にこりと笑った。少し、笑顔に陰のようなものを感じる。


「そうだ、サエ」

「はい?」

「敬語、やめてよ。このままじゃ、私も話しづらいし」

「でも」

「多分、これから一週間くらい一緒だよ。サエが他人行儀じゃ、気まずい」


 ね?


 片目をつぶってウィンク。魅力的だった。




「何の話をしていたの?」

「去年の話」

「そんな、殺伐とした話を?」

「ううん、なぞっただけ」


 サヨさん……サヨが並べてくれたお皿には、グラタンが入っていた。


「グラタン、おいしいよねっ!」


 ミナがスプーンを握って微笑んだ。


「リクエスト、嬉しかったです。料理は得意ですから」


 向かいのテーブルに着いたサヨが笑う。


「これから、一週間弱だと思います。よろしく頼みますね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る