第46話 雷鳴

休日。

俺は亘とあかねと一緒に市内にある大型ショッピングモールに来ていた。


先日のユキノ先輩との話。

大きな不安ができてしまった。もし、俺を殺したやつが近くにいたら……?

それを考えただけでもすべての思考が止まってしまう。


やめよう……

メンタルもいい状況に向かっているんだ。不安をつのらせ、今やるべきことを見失わないようにしなきゃ。


そうやっていつもの如く思考の海に浸っていたら、あかねの賑やかな声で引き戻された。


「なんか急に寒くなったよね〜あぁーあったかいコートがほしいなぁぁ」


亘をチラチラ見ながら楽しそうに言ってるけど、明らかに亘は困り顔をしている。いい気味だ。


「翔太郎はどうする?やっぱりマフラーとか買うの?」


話題をすり替えるように亘が聞いてきた。


「そうだな……前も話したけど無難にそのあたりだろうな。でもいきなり身に着ける物をプレゼントって重くないかな」


「なにアンタまだ悩んでんの?いいんだよ何だって。もらって嫌な顔するような性格悪い子じゃないでしょ瑞穂さんは」


「うむ……」


確かにそうだ。前世界線、付き合っている時も結婚した以降も何かのきっかけでプレゼントをあげたことは何度もあったけど、毎回喜んでくれてはいた。それがどんなものでも。

シーサーのキーホルダーをあげた時だってそうだったじゃないか。

だからこそ、変な物はあげたくない。


「悪いあかね、やっぱり一緒に選んでくれるか?」


「別にいいけど。最初からそのつもりだったし」


「瑞穂さん、きっと喜ぶよ、翔太郎」


「まぁな」


そうか、そうだよな……

瑞穂はそういう子だ。

 

俺は今まで自分の感情を正当化するために、瑞穂の悪い部分を粗探しをしていたのかな。

瑞穂だって元々はあんな笑顔を見せてくれるような子なんだ。







「いやぁ良い買い物ができたわぁ〜」


機嫌の良さそうなあかねをジト目で見る亘。分かる。分かるぞお前の気持ち。だって予算は亘から支出したわけだし、こうやって全部の荷物を持たされているんだからな。

うむ、まったくもっていい気味だ。


「翔太郎、絶対に瑞穂さん喜んでくれるよ〜なんてったって私が選んだんだからッ」


「自慢げに言ってるけど最初にあのマフラーを見つけたのは俺だからな」


「私が推したから買ったんでしょ?最後まで悩んでたくせに。ねぇー亘〜」


勝手にやってろ。ま、感謝はしている。口には絶対に出さないけど。





帰り道。

街はすっかりクリスマスの雰囲気が漂っていて、心なしか俺も浮ついた気持ちになってしまっていたようだ。

肌を刺すような冷たい風が吹いて、いつもだったらまたこの寒さが何日も続くのかとゲンナリするところだが、今はなぜだかそれが心地良いとさえ思えてくる。


「あれ?雨か?」


頬にポツっと冷たいものが当たった。


「そういえば天気予報では夜から天気が崩れるかもって言ってたっけ?」


「雪になるかな?ホワイトクリスマスになるといいね!」


「そんなもんこの辺りじゃ幻想だろ」


「ロマンがないよね翔太郎は〜。あ、ほらあのビルすごいイルミネーション!」


イルミネーションの光で降っている雨が雪のようにも見える。

あかねがはしゃぐのも分かる。すごく綺麗だ。


「ねぇねぇ、あのイルミネーションの下で写真撮ろうよ!」


「う、うん。そうだね」


亘のヤツ疲れ切った顔をしている。まぁあれだけあかねにモール中を連れ回されたら仕方ないか。かくいう俺もヘトヘトだ。


あかねは疲れ顔の亘の腕を引っ張り、車道の向こう側にあるイルミネーションが綺麗なビルに向かおうとした。


「いや、お前らさ、あれラブホだけど……まぁいいや。俺は遠慮しとく」


「「え」」


俺の方に振り返る動作と言葉がピッタリとシンクロした。こういう所も気が合うんだなぁ。この2人は。

それにしてもなんだこの空気は……まさか。


「まさか、お前ら……まだヤってないの?」


「!!」


「ちょ?!翔太郎!なんてこと言うんだ!」


ああ、なるほど。

それでこの反応か。2人とも顔を赤らめちゃってまぁ。初々しいったらありゃしない。

これまで散々からかわれてきたからな。こういった所ではしっかりマウント取らせてもらうぜ。


「な、亘。俺が金出してやるから今度2人で行ってみろよ。見学でもいいんだぜ?社会科見学だ」


「な!ななな何言ってるんだよ翔太郎!そんなのダメだよ!僕たちはまだ高校生なんだから!」


ああ面白。しばらくこのネタで笑えるな。


「……本当に翔太郎がお金出してくれるんなら私は別に見学、いいかなって……」


ほほぅ。彼女さんの方はヤる気のようですな。


「と、言っておりますぜ?亘…………」




……って……どうした?


亘がイルミネーションが綺麗なラブホの出入り口辺りをじっと見つめている。やはりお前もその気になったのか?


「なに〜今から行きたいの?しょうがねぇな」


俺がカバンから財布を出す素振りをする。

と、亘が今度は俺を見つめた。

 

――真顔だ。

 

これはどっちなんだ?覚悟の表情か、怒っている表情か。


「なんだよ?からかわれて怒ったか?怖い顔すんなよ」


そして、もう一度ラブホの方を見て……

また、俺を見た。


なんだよ。


そんなにラブホが気になるのか?


俺も亘が向けた視線の先、ラブホの出入り口ら辺を見る。


俺の立っている位置からでは、街路樹と路上駐車しているバンが邪魔をしてよく見えない。


亘は目を見開き、幽霊でも見たかのような驚いた顔で俺を見ている。




チッカ チッカ チッカ……




バンのハザードランプが一つ消えてウィンカーに切り替わる。


バンのガラス窓の向こう側、ホテルから誰かが出て来るのか、人影がチラリと見えた。はっきりとは分からないがおそらく女性だ。


バンがゆっくりと進み出す。



 

…………ポツ


また頬に冷たいものが当たった。


雪だ。

俺の背後の方でフラッシュがたかれたようにパッと光が弾けた。

雪と併せて稲妻も光っているようだ。


バンが退いて、ラブホから出てきたであろう人物の、フワッと風になびくセミロングの髪の毛が見えた。


次の瞬間


――ガバッ!


亘が突然俺に抱きついてきて俺の視界を遮った。

抱きつくと同時に亘が絞り出すように…言う。


「翔太郎……!!」




 


あれは……



 



あそこから出てきたのは……



 

 

 

「…………瑞穂」



 



奪われた視界の中、ゴロゴロと遠くで鳴る雷鳴だけが俺の頭の中に響いていた。

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