第25話 悪の組織の日常 その1

 誕生日を無事に終えて日常に戻った僕は、屋敷から少し離れた所にある兵士の訓練所に足を運んだ。


 この施設はずいぶんと老朽化が進んでおり、前領主の時代には殆ど利用される事も無くひっそりと放置されていたところを僕が手を加えたものだ。


「おお、領主様。わざわざ訓練のご見学にいらしたのですかな?」


 熱心に訓練を指揮していた部隊長を務める大柄な壮年の男が、のしのしと近寄ってくる。熱を入れて指導に励んでいたのだろう。まだ涼しい時期だというのにえらく汗をかいている。


「いや。今日は少し地下に用事があってな」

「そうですか。たまには兵士たちの様子もご覧になってやってください。みな、領主様の前で張り切ると思います」

「ああ、そうだな。いずれ機会を作ろう」


 地上ではこの領地を守護する役目を担った兵士たちが日夜、訓練に汗を流している。

 僕はその光景を横目にしながら、部隊長と別れて地下へと降りる階段を下っていった。


 階段を下りた先、岩を削り出して作り上げた無骨な空間を遮るように、僕の設置した大きな門が道を塞いでいる。この先に入るには、僕の許可が必要なのだ。


 懐から鍵を取り出して、鍵穴に差し込む。ギシリと音を立てて扉を開くと、中からむわりとすえた汗の臭いが立ち込める。


「おい、お前ら臭いぞ。換気のしづらい地下とはいえ、もう少し気を配れ」

「あ。首領ボス。お疲れさまっす」


 僕は中に入って最初に目に付いた男に声をかける。

 この男は、僕が以前叩きのめした山賊どもの一人だ。


「それで。先日ここに連れてきた連中はどうだ? 少しは使い物になりそうか?」

「あの野盗崩れの連中ですか。それが……」


 どうにも言い辛そうに男は言葉を濁す。その態度で十分に伝わった。なるほど、やはり僕が居ないと躾が進まないという事か。


「分かった。では、僕が直々に奴らを鍛えてやろう」

「しゅ、首領がですか? だ、大丈夫っすかね。連中、何人かくたばりませんか?」


 何を想像したのか、青い顔を浮かべる男を無視して僕は奥にある地下訓練場へと歩を進める。地下に広がるだだっ広い空間。そこでは現在、むさ苦しい男たちが耐久マラソンの真っ最中だった。


「ひぃっ……ひぃぃ……」

「もう無理だ! 走れねえよ! 限界! 勘弁してくれ!」


 へろへろになって足を止めた男たちが、指導役の男に向かって叫ぶ。


「何を軟弱な事を抜かすか! 貴様らどうせ弱い奴を襲うしか能の無いゴロツキどもだろうが! そんな腑抜けたざまでは使い物にならん! ほら、さっさと走らんと今晩は飯抜きだぞ!」


 床を木刀でバシバシと叩きながら、指導役の男が声を荒げる。

 どうやら飯で釣って大声で言う事を聞かせようとしているようだ。しかし、野盗崩れの根性無しどもにそんな思惑が通用するはずもない。


「うるせえっ! どうせこんだけシゴかれりゃ疲れ切って飯なんて喉を通らねえよ!」

「俺らが一体何したってんだ! ちょっと女を襲って監禁しただけで……血も涙もねぇ!」

「救いは……盗賊に救いはねえのか!?」


 案の定、連中は地面に座り込んでしまった。まったく、なってないね。


「やあ。あまり捗ってないみたいだね」

「ボ、首領。すんません、ふがいない所をお見せしまして」


 指導役の男は申し訳なさそうに後頭部に手を当てて、頭をぺこりと下げた。

 彼は以前、ある巨大山賊組織の頭を張っていた男だ。組織を壊滅させた後、思いのほか面倒見の良い性格を買って、この訓練施設の指導役として僕が抜擢した。


「まあ、仕方ないよ。すぐに結果を出せという訳じゃない。あんな根性無しのヘタレどもをマトモに仕上げるのは、時間がかかりそうだからね」

「そう言っていただけると、ありがてぇです」


 恐縮する男に、僕は交代を提案した。


「え、首領自ら連中を鍛えるおつもりですかい? ……うーん、奴ら、何人生き残れるかな」

「お前も失礼な奴だね。ちゃんと加減するから大丈夫だよ。さて、それじゃあ早速」


 僕はそのまま地面に座り込んで休憩する男たちの元に歩み寄った。


「よ。元気かい?」


 僕が軽く片手を上げて挨拶すると、男たちは一気に色めきだった。


「あ! てっ、てめぇはあの時の!」

「テメーが俺たちをこんな場所に連れてきやがったのか!」

「こないだはよくもやってくれたな!」


 ぎゃーぎゃーと喚き立てる野盗の皆さん。なんだ、まだまだ元気じゃないか。

 僕はニヤリと笑って、先ほど拾っておいた頑丈そうな棒切れを彼らに見せつける。


「あん? なんだよ一体」

「今から僕は、この棒で君たちの尻をしこたまぶん殴る。三日三晩腫れ上がって激痛に悩まされたくなかったら、せいぜいしっかり逃げ回る事だ」

「は……?」


 突然の僕の宣言に、彼らはポカンと呆気にとられた顔をした。


「な、何言ってんだてめぇ……」

「お、おい。俺たちは今、ちょっと休憩してるだけで。これまで何時間も走らされてくたくたなんだぜ……?」

「い、いったん落ち着けって。な?」


 男たちは座り込んだままじりじりと僕から後退る。馬鹿め。一目散に逃げないという事は、僕に尻を差し出したのと同じことだ。


「さあ、訓練の時間だ。お前らが僕から一定時間逃げきるか、僕がお前達の尻を合計百回叩くまで終わらないからな。はい、よーいスタート!」


 そう言って僕は手始めに、一番近くで座り込んでいた男の臀部目掛けて棒切れを叩きつけた。


「ギャアアアアアッ!!」


 バシィン、と高らかな良い音が鳴る。おお、しがない野盗の癖に中々叩きがいのある尻じゃないか。


「や、やべえ! 逃げろ! こいつ本気だッ!」

「馬鹿かっ! 百回も叩かれたら腫れるどころじゃすまねえよ!」


 途端に方々ちりちりに逃げ惑う野盗たち。ようやく動き出したか。しかし、僕から逃げるつもりにしてはあまりにも動きがすっとろい。


「ほらっ、もっと急いで逃げないとっ!」

「ギャアアアアアアアアア!!」


「しばらく、椅子に座るのも辛くなるぞっ!」

「イッテェェェエエエエ!!!」


「そらそらっ、さっさと逃げろ!」

「オカーチャーーーン!!!」


 僕は目についた尻を片っ端からしばいて回る。気付けば、やる気の無かった彼らは必死に息を切らして訓練場を走り回っていた。なんだ。やれば出来るじゃないか。


「よーし、その調子だ! まだまだ行くぞっ!」

「サボろうとした俺たちが悪かったから、もう勘弁してくれェェエ!!」


 活き活きと逃げ惑う野盗どもを躾ける僕の姿を見て、指導役の男がぼつりと漏らした。


「やっぱり、首領はおっかねえ……」

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