第23話 ルグラン、蠢動す

ともかく。彼女には悪いが、僕はまだ身を固めるつもりなんてない。

僕にはやりたい事がたくさんあるのだ。家庭など持っていては、趣味に割く時間が無くなってしまう。


そこで、僕は一計を案じる事にした。

というのは、彼女を別の男に押し付ける算段である。幸いにも、彼女は傍目には超が付くほどの美少女だ。王女という肩書、ステータスを差っ引いたとしても引く手あまたに違いない。


……実は既に、お相手の候補も見繕ってある。僕はフェルドラ王女に挨拶して中座すると、その足で他の部屋に待たせた紳士の所に移動した。


「やあ、アレク殿。お待たせしてすみません」

「ルグラン殿。いえ、どうぞお構いなく」


僕が部屋に入ると、ソファに座って外を眺めていたアレク・デイレルが立ち上がる。

燃えるような赤髪に利発そうな眼差し。そして、僕よりも十センチは上背のある同年代の好青年だ。彼もまた、デイレル家の名を背負って立つ貴族である。


「それで、今日は一体何の御用ですか? 貴殿の誕生日祝いに来た私を捕まえて、この部屋で待機していてほしいとは……」


アレクが首を傾げる。


「ええ。その事なのですが……」


僕は彼の側に歩み寄ると、まるで秘密を打ち明けるように、彼の耳元で囁いた。


「――実は今、この屋敷にフェルドラ王女がいらしているのです」

「何ですって。あのお美しいフェルドラ王女が……?」


その名前を聞いただけで、アレク青年は純情にも顔を赤らめた。

ふふ、分かりやすい奴め。


「とすると、やはりあの噂は本当だったのですね。フェルドラ王女は以前より、ルグラン殿と恋仲というのは……」


納得したように呟くアレクに、僕は首を振ってみせる。


「……国内でどのような噂が流れているかは僕も耳にしていますが、僕とフェルドラ殿下は、あくまでもただの友人です。決して、そのような間柄ではありません」


「あ……そ、そうなのですか。失礼しました」


冗談じゃない。あんな我が儘王女と、なし崩し的にくっ付けられてたまるか。僕は代わりに彼を唆すべく、言葉を続けた。


「実は、今日アレク殿に残っていただいたのは、是非とも王女殿下とお繋ぎしたいと思ったからなのです。……どうです? ご興味はありませんか?」

「え……」


アレク君の喉がごくりと鳴る。うんうん、いきなり意中の人と対面しろと言われても緊張するよな。分かるぞ。僕はそんな経験無いけど。


「な、何故僕などをフェルドラ王女と……?」

「僕とアレク殿は同じ、歳若くして領地を預かる者同士。何処となく通じるものを感じたからです。……ふふ。懸想しておられるのでしょう? あのフェルドラ王女に」


僕がニヤリと笑ってみせると、彼は頬を真っ赤に染めて俯いてしまった。

こいつ、本当に純情な男だな。


「……わ、分かりますか」


分からいでか。僕はうんうんと頷いて、ポンと彼の肩に手を置いた。


「ご安心下さい。この僕が、アレク殿の恋路を応援しましょう」

「ル、ルグラン殿……!」


彼は感動した様子で、僕の手を握った。

ふふん、呆気なくその気になるとはちょろいぜ。


これで彼がフェルドラ王女の心を射止めてくれれば、僕が付き纏われる事も無くなる。彼女の方から僕から離れるのなら、王家に対する不義理にもならないというものだ。


……それに。悪党としての僕にはもう一つ目算があった。


というのも、実はこのアレク君。その見せかけの誠実そうな態度とは裏腹に、実は腹の中は真っ黒な男だというのがこの僕による分析だ。


何せ彼の家、デイレル家はここ二代に渡って謎の不審死が続いている。

最初は当主であるアレクの父。そして、次は僅か一年後に家督を継いだアレクの兄だ。


僕はこの二件の不審死に、彼が関わっているのではないかと踏んでいる。

何故ならば、この二人が消える事によって最も得をする人間が彼だからだ。

父、兄と立て続けに当主を失う事によって、本来であれば当主にはなれなかったはずのアレクがその席に座る事となった。


そこに、きっと大いなる陰謀が隠されているのだ。


ククク……人の良さそうな皮を被って誤魔化しているが、僕には分かる。

彼の中に眠る、どす黒い邪悪な野心と情熱。きっと彼ならば、ただフェルドラを手に入れて終わりという事もあるまい。ゆくゆくは王位後継者たる第一王子を排除し、王家の乗っ取りに動くはずだ。


場合によっては国を二分しての内乱沙汰に発展するかもしれない。そしてその混乱の中でこそ、僕という真なる悪人は躍動するのだ……!


だから、彼には是非とも野望の第一歩として、フェルドラ王女を落としてもらわないといけない。僕は内心の不敵な笑みを隠して、爽やかな笑顔を浮かべる。


「さあ、参りましょうアレク殿。王女殿下が別室でお待ちですよ」

「は、はい!」


クックック、待っていろよフェルドラ王女! そして、フェルダゴ王国よ……!

必ず、僕とアレクの二人でこの国を混乱に陥れてやるからな……!


「あ、あの。もし良ければ可憐なフェルドラ王女に似合うお花を用意していきたいので、先に花屋に寄ってもいいですか……?」

「……お好きにどうぞ」

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