第12話 陰謀と裏切り
ルグランの父で領主のローズマンは、領内に突如押し寄せた魔物の群れに対処するべく陣頭指揮を執っていた。
「ご領主様! 報告によると、セレステ森林沿いから襲い来るゴブリン共は、無事殲滅いたしました!」
「カントの村近隣を襲撃していた数頭のオークも、冒険者の手によって対処されたとの事です!」
「報告! 西方レインメル領の方角から押し寄せてきた魔物の集団は、平原に誘い出したところを我ら討伐隊の奮戦によって壊滅に追い込みました! 現在は、逃げる魔物が人里を襲わないように狩り出している最中であります!」
「ふぅ……。どうやら、ひと段落したようだな」
ローズマンは安堵に胸を撫で下ろす。
でっぷりと蓄えられた脂肪から吹き出す脂汗を拭いながら、彼は配下に指示を出した。
「よし。概ね領内に害を為す魔物どもは討伐したと判断して良かろう。引き続き、魔物を見つけだして駆除せよ。一匹も逃がしてはならぬぞ!」
勝利に湧く兵士たちの鬨の声が響き渡る中、ローズマンは魔物に対抗するべく急遽設置された陣幕をくぐる。
「……どうだ。やはり間違いはないか」
「ご領主様。ええ、間違いはございません。各地で魔物を仕向けていた工作員どもを捕縛して締め上げましたところ、あっさりと吐きました」
部下からの報告を聞いたローズマンは、深く溜息をついた。
「そうか……。やはり魔物を仕向けたのはレインメルか」
「魔物の現れた方角から見ても、そう考えて然るべきでしょう。その目的は……」
「このわしの首、といったところか」
ローズマンは自分の首筋をとんとんと親指で示して見せる。
「そのように考えられます。今代のレインメル家当主グラナン・レインメルは相当の野心家です。この一件も、領土拡大を狙ってのものかと」
「おのれ、グラナンめ……。山賊を使って失敗したから、次は魔物というわけか。 自らの野心のために罪もない領民を危険に晒しおって、度し難い男だ」
ローズマンが怒りのままに机を叩く。
「しかしながら、この騒動が恐れ多くもご領主様の命を狙っての事とすれば、未だご領主様の下に刺客が現れないのが、かえって気がかりです」
「その通りだ。我が領土を如何に荒らしたところで、わしの首を獲らなくては意味があるまい。一体何が狙いだ……?」
ローズマンと部下は敵の狙いを考察するが、その目論見はどうにも見えてこない。
まさか、領主を狙うはずの刺客が、復讐を優先して今まさにその娘を襲撃しているなどとは、露ほども思ってはいなかった。
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エリクは不満を胸に、どかどかと館の廊下を歩いていた。
(クソ領主め。今度は魔物をけしかけて領地を無差別に襲わせるだと? そんなのいくら何でもやり過ぎだ。民を何だと思ってやがる!)
憤懣やるかたない思いを抱えてエリクが執務室のドアノブを捻ろうとしたその時。
中から不意に女の声が聞こえてきた。
「——は――になって――から――」
(領主の他に誰かいる……この声は……セリア、か?)
扉を挟んでいて、ぼそぼそと声が聞き取りづらい。
何となく嫌な予感を覚えて、エリクはそっと扉に耳を寄せた。
「……ねえ、約束してくれたよね。彼が居なくなったら私のこと妾にしてくれるって」
「ああ、約束したとも。私の可愛いセリア。君はちゃんと忠実に役目をこなした。あのエリクとかいう不作法な男に山賊の指示役などという汚れ仕事を押し付けて、他領に追いやったのは君の素晴らしい功績だ」
(は?)
エリクは自分の耳がおかしくなったのかと疑った。
部屋の中で行われていた会話が、到底信じがたいものだったからだ。
「……あの厄介者め、貧民街から拾い上げてやった恩を忘れて、ここのところ随分と増長しているようだったからな。使い勝手の悪い駒は切り捨てるべきだ。そうだろう?」
「でも、エリクだって貴方の下で活躍してきたじゃない? そんなにあっさり捨ててしまってもいいの?」
「ふん。あのような男、所詮はうだつの上がらないスラムのごろつきに過ぎんよ。我がレインメルには薄汚いスラム生まれの人間は不要だ。……セリア、君を除いてはな」
「ふふ、嬉しい。じゃあ、約束を守ってくれるのね?」
「ああ、勿論だ……、と言いたいところなのだがな。君も知っての通り、あの男は任務を放棄して無様にも逃げ帰ってきた。ふん、どうせならそのまま向こうで屍を晒していればいいものを」
「……あ、じゃあこうしたらどうかな。夕食の時、彼のグラスにこっそり毒を盛るの。弱って身動きが取れなくなったところをこの騒ぎに乗じて魔物に食べさせてしまえば、魔物の仕業に見せかけられるんじゃない?」
愛する妻セリアによる、悪魔じみた提案。
それを聞いた領主のグラナンは邪悪な笑みを押さえきれずに零した。
「ぷ、っくく。君は悪い女だな。あの鬱陶しい男の最期は、ただ一人の愛する女性に裏切られて遂げるというわけだ。……ふむ。それはまったくあの間抜けな男に相応しい末路だな。ああ、最高だ」
「ねえ、それが終わったら今度こそ……」
「ああ。約束通り、君をこの私の妾にしてやるとも」
(ば、ばかな……。セリアが、まさかそんな。だって、俺とセリアは、小さい頃からずっと二人で支え合って生きてきたんだぞ……。貧しいスラムの暮らしの中で、どうにか互いに助け合って……。それが、そんな……)
エリクは扉の前からよろよろと後退る。
今しがた聞いた会話の内容が信じられない。いっそ夢だと言ってほしい。
(ぐ、う。……うわああああああっ!!)
これ以上室内の醜悪な会話を聞いていられずに、エリクは混乱する頭を抱えてその場から逃げることを選んだ。
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