第6話 排水の魔物

 正岡子規の短歌「真砂(まさご)なす数なき星のその中に吾われに向ひて光る星あり」は、いつか衰退するかもしれないが自分に向かって美しく輝いて見える真理を詠っています。希望を持って、取り組む気力は大切のようです。


 化粧品には、クレンジングだけでも石鹸、クリームからオイルまでいろいろありますが、同様に、金属素材を美しく仕上げる「めっき」には、クレンジングに相当する前処理から化粧崩れを防ぐのに相当する後処理まで、いろいろな薬剤が使われています。その成分は、製品ごとに一応SDS(安全データシート)に表記されていることになっていますが、有害で記載義務があるもの以外は、中身をまねされないように、分散剤とか、添加剤とか記載することで訳が分からないような成分が含まれています。そのため、めっき工程から流れ出る排水の中身は秘密のベールに包まれているものが多く、処理は複雑怪奇な「異世界」の誘惑のようなできごとが待ち構えることになりますので、希望の星を道標にして先の見えない挑戦を受けながら「政府の規制」に取り組むことになります。 


 これまでに、分析で魔術を効かすには、測定する前に結果を「予測」することが極めて重要で、予測の中には、「隠蔽するもの」もあることを想定しながら、取り組んできました。一方、分析が終わったとき、残された結果を「鍵」に、試料の外観、濁り、導電率などと分析値とを、もう一度比較することで結果が正しかったのか確かめながら、予測の精度を高めてきました。

 そこで、水の分析で行ってきた、試料の外観、濁り、沈殿、浮上部、色、臭い、簡易測定でpH、導電率を調べる推理の手順を応用して、排水に溶解している妖怪たちの判別に取り組んで見ることにしました。


 排水は、呪文をかけられて異世界に転生してきたものの集まりのようなものです。過去世界のときは「貴族」として、きらびやかで、はぶりのよかっためっき液も、めっきした品物に付着し、水洗で洗い落され、排水になって異世界に流されて帰る宛のない「ホームレス」キンタに落ちぶれてしまいます。それでも金の臭いがすることから、その回りを群がるのは、過去世界では「めっき」に欠かせない前処理液や後処理液だった「悪役令嬢」達です。「悪役令嬢」達も、めっきした品物にまとわりついて引き上げられて、水洗槽に移され、排水となり「妖術・呪い」がかけられ、妖怪となって詐欺や誘惑をしようと、金の臭いのする「ホームレス」キンタを待ち構え、政府の規制値を越えようとます。


 芥川龍之介は晩年の「侏儒(しゅじゅ)の言葉」の中で、

「自己欺瞞(ぎまん)は一たび恋愛に陥ったが最後、最も完全に行われるのである。」とあります。


「ホームレス」キンタには「悪役令嬢」達が「あばたもえくぼ」に映るに違いありません。

 前処理やめっき液の中にはリン、ふっ素、ほう素など含むものがあり、これらが排水になると「反逆イオン」マイナとなって、政府の規制値を越えようとします。また、有機物の「悪役」オルガや弱アルカリ性「悪役」アンモのいるめっき液も規制値を越えようとします。耐食性の良いめっきを行っているところの排水では、変身した最悪の「大魔王」ゴーストが「政府規制」を越えてしまいます。


 めっき液には固定資産税がかかることから、「貴族」として大事に扱われますが、一旦、品物に付着して水洗槽に移され、シミができないように薄められ、その水洗工程の水が流れ出て、排水となって前後工程の排水と合流します。そこで起こる妖怪たちの悪巧みを想定しながら、排水処理に取り組むことになります。

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