美人の先輩がエ●本を買っているところを目撃した
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高校生になった。
思いのほかあっさりと。
始業式、校長の当たり障りのない退屈な話。
「ふぁぁー......なぁ、つまんなくねー?」
隣に並ぶ幼馴染。武があくび混じりにそう言ってきた。
「あー、うん。そうだな」
答えるのも面倒だ。
「なーなー。そんなことより、お前どこの部活入るんだよ」
「興味ないよ、どこにも」
「お前中学も何もやってなかったもんなー」
部活は好きじゃない。そもそも何かにうち込むほどの元気は僕にはなかった。
「お前放課後暇か?」
「......何かあるのか?」
「水泳部に美人の先輩がいるらしんだけどよ」
「はぁー、くだんな」
「そんなこと言わずにさ、放課後ちょっと付き合えよ」
「今日だけだぞ」
これで手打ち金ということにしよう。
次回以降は連れて行っても意味のない人として、このバカに理解させてやる。
こいつは何言っても変わらないからな。
*
ここの学校、私立南雲学園は中高一貫校であり、部活にかなり力が入っている高校ということで有名らしい。施設や設備、教員もかなり高度なものであり、全国大会に出場する人もちらほら。
僕と隣の武は高校から新たに通う事になっている。正直にいえばクラスのグループも入学初日には出来上がっていて馴染みづらい。
武は話し上手だし上手くやるだろうけどおそらく僕は高校はぼっちなのだろう。
「......卑屈すぎるな」
「んー?なんか言ったか?」
「いや、なんでもない」
水泳部のプールは素人目に見ても大掛かりな施設だった。大会でも開かれるのか、観客席までついていた。その観客席から遠目に部活の練習風景を見ていた。
部員の練習はかなり高度だった。昔少しだけ水泳をやった事があるけど、その時とは比べものにならないほどに洗練された泳ぎだった。
「おいあまね。あの先輩だよあれ」
「んだよ」
武が指を刺したのはある女子部員。誰を言いたいのかはすぐにわかった。周りの部員とは一線を風靡する綺麗なフォーム、早い泳ぎ。水泳帽越しでもわかる金髪の美少女。
「こう、ボンキュボンだよな」
「お前さぁ......」
「お前も本当は思ってんだろ、ムッツリ」
まぁ否定はしないけど。
「俺、水泳部入ろうかな」
「下心で入るのはやめとけ」
他の席にも先輩目当てで来ているのか、先輩が帽子を脱いで髪を靡かせると男どもから歓声が上がった。それにいい顔をしない他の女子。ここは地獄か何かか?
「武、俺帰るけど」
「は?お前も見てけって。もしやこれから告白でも行くのか?早いな行動が」
「ウザい」
*
さっさとプールを後にして、街中をぶらぶら歩いていた。僕がこの学校に入ったのには一つ理由がある。それはバイトが自由に出来るからだ。僕はつい先日、父子家庭になってお金に余裕がなくなった。だから急遽お金が必要になったのだ。
適当に歩いて、とあるカフェを見つけた。何か引かれるものがあって、入ってみることにした。内装は落ち着いた雰囲気のアンティークなカフェ。チェーン店とかじゃない個人店。窓際から海が見えて一つの絵画みたいだ。正直めちゃくちゃ落ち着いた雰囲気で好きだ。
それから1時間ぐらい、席に座り適当にカフェラテを頼んで文庫本を読んでいた。もしかしたらこだわりのコーヒーだったりがあるのかもしれないが、あんまり僕は苦いものは好きじゃない。
昔から1人の時間が好きだった。何者にも縛られない自由な感覚。昔から騒がしい生活を続けていたから、1人の時間は僕に取っては唯一の休息だったように思う。あばよくばこのままこの平穏な時間が続けば良いのだけれど」
「ねぇ君、何読んでるの?」
「ッ!?」
唐突に声をかけられた。アニメや漫画でしか存在を知らない金髪の美女。プールで遠目に見たあの人だった。
「ごめんね急に、ちょっと隣お邪魔していい?」
「だ、大丈夫ですけど」
隣の席に先輩が座る。少し濡れた髪から塩素の、あのプールの匂いがした。
「私、二年生の藤宮凛花。凛と咲く花で”りんか“君は?」
「西園寺雨音です。雨の音であまねって呼びます。あー......今年入学した一年生っす」
よろしくねと軽く会釈してきたので、よろしくですと返しておく。
「なんか、急にお邪魔してごめんね?君、今日水泳部の見学来てくれてたでしょ?興味あるの?」
「あー......友人に誘われて半強制的に連れて行かれて」
「あっそっか。うちの部活はどうだった?面白そう?」
「うーん、めちゃくちゃレベル高かった、ですかね。やっぱり先輩も全国に出たりするんですか?」
ああ、やばい。なんか緊張しすぎて何喋ってんのか分かんない。てか喋れてるんかな。
美人と話す経験とか今までに数えるほどしかない。
「うん、私はよく全国に出てるよ」
「凄いですね!」
「いやいやそんな。努力すれば誰だってなれるよ」
「そんな事言ってみたいです」
「うん、興味あったらまた来てよ」
「はい、気が向いたら」
本人には申し訳ないけど、多分もう行くことは無いんだよなぁ。ちょっと悪いことした気分。
「じゃ、邪魔しちゃってごめんね。また明日」
そうして先輩はカフェを去っていった。
またね、そう言った先輩の笑顔は何処か子供っぽく、天真爛漫というか、裏表のない笑顔に思えた。何処か浮世離れた美貌は流石の僕にも突き刺さった。虜、とまでは行かないが、野郎どもが水泳部を覗きに行くのもわからなくは無いかもしれない。あと、あとどうしても思ってしまったが、胸がデカい。非常に申し訳ないけど目線を吸い寄せられる。魔力でもこもっているかのような吸引力。まさしく質量の暴力。もしかしたらグラビアアイドルとかやってそうだし。
「って、いやいやいや」
調子乗りすぎな。
いつまで描写してんだ、童貞か?
童貞だけど。
あー、いや、もうやめよう。
それぬそろそろいい時間だ。今日の晩ごはんもまだ買ってないし、さっさと帰らないと。スマホを覗けば6時をとっくに回っている。
「ん?」
ふとメッセージが送られていることに気付いた。差出人は父さんから。
『今日飲み会誘われたから晩ごはん要らなくなった。たまには一人で好きなもの頼んでくれ』
そんな事が書かれていた。
唐突に晩御飯を作る用事がなくなった。ちょっとラッキー。
「もうちょっとだけ街をぶらつこうかな」
*
バイトするなら他にどこがいいだろうか。
そういえば父さんも本屋でバイトしていたらしいけれど、どんな感じだったんだろうか。ちょっとした興味で僕は気軽に、軽率に足を踏み入れる。そう、踏み入れてしまった。
その本屋は大型書店というわけでもなく、かといって商店街にあるような老舗でもない、そんな普通の本屋だと思う。
適当に店内を回って、漫画本や小説を流し見しながら歩いていると僕はついに見つけてしまう。
『18禁コーナー』
まさかこんなところにこんなものがあるとは思わなかった。もちろん僕とて男だ。この先にある光景を知っているし、その類の本を男なら誰もが持っている事を知っている。
僕の父さんだってタンスの下にこっそり隠しているのを知っている。武が今まで食ったパンの数ほど持っているのも知っている。
だけれど僕自身実物を手に入れたことは無かった。興味がなかったわけじゃ無いし、武の家で読んだこともある。
僕は息を呑んだ。
入りたい。
周りを見渡し、知り合いがいない事をしっかり確認してから吸い込まれるように18禁コーナーに入った。
「おぉ......」
今更語るまでもない。
男からしたら楽園。この世の欲望が詰め込まれていた。僕も巷ではムッツリだの奥手だの言われてきたけれど、しっかりと興味があるのだ。
今日は父さんも遅いし買ってみるか?そもそも高校生に買えるだろうか。
とはいえ家のどこに隠したものか。いっそ使い捨てで隠蔽するか?いやでもこの値段だしなぁ......。
そんな煩悩100%でぶらついていた。
「わッ!?」
そんなバカみたいな事を考えていたからか、前方不注意で誰かとぶつかってしまう。
「ご、ごめんなさい......って」
「ッーー!?」
目の前に衝撃を受けた。
僕とぶつかった人は、マスクとサングラスをつけた金髪の女性だった。
これがおっさんだったらただ気まずいだけだったのだろう。だって目の前にいるのはなんせ女性だ。
そして僕はすぐに気付く。本当に馬鹿らしいけれど、その女性の胸の大きさで。
金髪でここまでプロポーションがすごい人なんてここら辺でまずいない。だからこそ何か直感じみたものがあった。
いや、確信はあるものの半信半疑ではある。僕の淡い妄想というか、幻想というか、理想というか。女性はこういう所にはいないという固定概念。
別にいても悪くもないし寧ろ年頃ならよく分かるのだけれど。
「......凛花、先輩?」
「ッ!?ひ、人違いです〜......」
「え、本当に凛花先輩なの?」
「ッ〜〜〜〜!!」
顔を真っ赤に染めて手元に持っていた本で顔を隠す凛花?先輩。持ってる本はもちろんえっちな本なのだけれど。
「き、奇遇ですね......嫌なくらい」
「ワタシ、リンカジャナイヨ」
「いや、すいません。流石にムリっすね」
「あぁ......年下の男子にバレちゃったぁ......」
「せ、先輩もこういうのに興味あったんっすね」
むしろ安心したというか。なんか、こう、こういうすごい人でもやらしいんだなって。
「何!?悪いの?」
「そんな事ないですって、そんな事言い出したら僕も同類なんですから」
「あぁ〜〜......」
床にへたり込む凛花先輩、どうやら本当にショックなんだろうな。
「これから私、これをネタに無理矢理色々な事命令されちゃうんだ」
「へ?」
「エロ同人みたいに!」
「んんっ?」
「エロ同人みたいに!!」
「しません!しませんから!!脳内淫乱か!」
「ははっ、本当にそうだよね」
うわ、ツッコミにも傷ついてる。本当にショックなんじゃん。ちょっとふざけちゃったけど本当は見て見ぬふりをしてあげたら良いんだよな。けど、もう少しだけ先輩と話したいという下心がそれを邪魔している。
「せ、先輩だって年頃なんですし、これぐらい普通なんじゃないですか?お互い様ですし今日のところは何もみなかったって事にしませんか?」
「ぜっったい他の人に言わないでね」
「勿論ですって。明日から僕たちはただの先輩と後輩、所詮他人ですよ」
「そ、そうだよね。うんうん」
少し驚いたことではあったけれど、今日はそれ以上の関わりはなかった。ちょっとした、いやかなりの秘密を知ってしまったわけだけれど、やはり所詮は他人。
僕だって先輩と仲良くなりたいという下心があるけれど、明日から僕が先輩の近くにいても迷惑なだけだ。というよりこれから警戒されて仲が良くなる未来が見えない。
だから、その日はみすみす先輩と距離を置くことにした。
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