5

 夢を見た。


 嫌な夢だ。


 思い出したくもない、過去の出来事。





 俺が中学生になる頃に、おおよそ大人とはどういう人物なのかを理解した。


 大人は案外話に聞いているほどできた人間ではなかった。アニメや漫画などの物語で語られるほど大人びてはなく、しかしプライドはあるので非を認めようとはしない。


 あいつらは理想ばかりの大言壮語を並べて、それを子供に押し付ける。そしてそんな奴ほどそんな理想は叶っていなくて、叩けば簡単にホコリが出るような奴ばかりだ。その穴を突けば規則だから。とかルールだから。とか言って責任を逃れる事なかれ主義の馬鹿ばっかりだ。




 しかし子供はそんな大人に逆らえなくて、正直に言って悔しかった。あいつらが好き勝手無理難題を押し付けてくるのは苦痛であり、それを飲まなければいけない子供という立場を酷く憎んだ。


 俺が求めたのは、そんな大人たちを全員黙らせる程の力が欲しかった。他者を屈服させるほどの確かな強さ。誰も口答えが出来ないほどの権力。全てを覆せるほどの確かな兵器が欲しかったのだ。




 もちろん。大人を超えるには、大人よりも努力をしなければいけない事は理解していた。そしてその時丁度幼馴染み達の誘いもあり、俺は水泳部に入部した。水泳部は毎年全国大会で結果を残すほどの強豪校らしく、練習は地獄の様にハードだった。入部した同級生の内、半分以上が退部を繰り返し、殆どが姿を消した。それでも俺はやめなかった。確かな強さを求めて、必死になって大人に反抗していた。





 退部者の人数も安定してきた頃、彼女に出会った。同じ部活メンバーを遥かに凌ぎ、ベストタイムは県トップクラス。確実に全国大会に出場するであろう彼女と邂逅した。


「君は、最近入部した新入生か。選手用に作られたメニューによくこんなに食いついてきてるものだな。関心するさ」


 彼女は少し変わり者で、いつもとても落ち着いていて怜悧な立ち振る舞いは、およそ他の中学生にはない様な魅力があった。実際、そんな彼女に恋心を抱く人も多く、よく〇〇君に告白された。同姓にも告白された事がある。などとよく噂されていた。




 彼女は美しかった。どんな汚い大人よりも真っ直ぐで、理想へと日々努力する姿は他のどんな人よりも輝いていて、気付けば俺は彼女の虜になっていた。端的に言えば恋心を抱いた。彼女に憧れ、俺も彼女の様に強くなりたいと思った。掛け離れたベストタイムだったけれど、いつか必ず追いついて見たいと思っていた。





 彼女の事が気になると自覚すると、ふとした時に彼女をよく見ている事にも気がついた。そして彼女を観察していると、意外と浮いている様にも見えた。彼女の性格や常人とは掛け離れた才能からか、女子からは疎まれている様に見えたし、練習後によく顧問と揉めている所もよく見えた。


 くだらない。


 彼女は誰かに嫉妬される筋合いなどない。彼女は人一倍努力をしている。見ていれば直ぐに気づけるはずなのに。いつも他人より必ず多く泳いでいる。人よりトレーニングの回数を必ず5回以上増やしている。




 なのに、そんな事も知らない奴らは才能だけを羨んで陰口に走るんだ。




 俺はあんなのとは違う。俺は彼女の努力を知っている。


 純粋で真っ直ぐな彼女は、誰よりも苦労をしているんだ。




 ならば、俺は彼女の理解者になろう。どんな言葉よりも説得力のある行動でそれを証明しよう。いつか彼女に追いついた時、その時俺は彼女と対等になって、努力を分かち合えるはずだから。




 それからの俺は、自分でも驚くほどに努力を重ねる事ができた。






 夏休みに水泳部の合宿があった。


 一日中泳ぎ続け、吐いては水分を補給し、また地獄の様なプールに飛び込んだ。


 合宿は四日目に入り、炎天下空の下。永遠に思えるメニューを繰り返す中、それでも彼女は輝いていた。決して苦悶の表情を表に見せない彼女も流石に苦しそうに歯を食いしばっていたが、メニューの周回遅れなどなく一定のペースを保ちながら一生泳いでいた。


「なんだ情けねぇな男ども」


 一方、その他の中堅メンバー達はプールサイドでただ息を繋ぐ事だけで精一杯だった。かという俺も、もう水分を受け付けない程に体に限界が来ていた。もう体が上手く動かない。少し泳ぐだけで体に痛覚があるのを感じたので、諦めてしまった。


「あの詩織の姿を見てみろよ。あいつは大きくなるぜ」


 憧れの“詩織”先輩は、まだひよっこの俺には届かない程に、まだまだ遠く強い存在だと思い知らされた。





 それからも永遠と週6のペースで練習は続き、気付けば一年はあっという間に経っていた。目標だった彼女はそこそこ近づく事ができた。元々俺にも開くものがあったのだろう。まだ超える事は出来ていないが、男女の性差もあり、かなりのタイム差が縮まっていた。しかし、問題はそれ以外で俺も少し部活内で浮いてしまったのだ。幼馴染みだけは俺を応援してくれたが、それ以外からは少し嫌味の様にマウントを取ってくる輩が増えたのは確かだった。俺より年上でタイムが遅いやつなんかは顕著にそうだった。


 でもそんな奴らに屈するほど俺はやわではなくなっていた。少し自信を持って生きていたからだ。俺は自分では想像もできないほどに努力を重ねる事が出来ていた。それが嬉しくて誇らしかった。







「聞いた話なのだが、君は私の事が好きなのか?」


 部活の練習が終わり、帰りの支度をしていると、先輩は俺に聞いてきた。


「……なんで、知ってるんですか」


 その言葉に、胸がざわつき、足が震えて、変な汗が出てくる。俺は強く拳を握りしめた。気を抜いたら、立ちくらみで倒れてしまいそうな気がしたからだ。


「友人が教えてきたんだ。君が私を好きだと」


「そうです。俺は先輩が好きです」


 先輩には、まだバレて欲しくは無かった。まだ俺のこの気持ちは、彼女には伝わらないし、足りないから。


「そうか」


 そう、確かめる様に呟いた先輩は、いつも通りだ。




「先輩!もし全中に行けたら、俺と……付き合ってください!!」




「俺が全国へ行けるぐらいになったのも、全部先輩への憧れなんです。だから……その……」


 告白の間、先輩の顔は見れなかった。彼女が今、どういう気持ちでどんな表情をしているのか。もしそれが嫌悪の顔だったらと思うと、生きていけない。


「イッサ君。」


 俺の言葉を遮るように、俺の名前を呼んだ先輩。その彼女独特の冷静さと可憐さを帯びた冷えた声色は、俺の胸の鼓動を加速させる。


「まずは、ありがとう。最近の君の成長には目を見張るものがある。その努力が、私への気持ちだと言うなら、君の気持ちは本物なのだろうな」


 正直なところ、先輩が何を話していたのか、その瞬間は全く頭に入ってこなかった。ただ胸の音がうるさく鳴り響いていて、この時間が永遠にも感じられた。




 だけれど、最後の言葉だけは、はっきりと覚えている。


「でもすまない。今の私は、水泳に集中していたいんだ」





 そう言われたとき、胸に刃物か何かを突き刺されたような錯覚を受けた。


「……分かりました。すいません」


 歯を強く噛んで、飲み込んだ。


 俺を尻目に、横切る彼女の鮮やかに靡く髪は、それでも美しく感じられた。





 失敗に終わった告白は、大きくて空い虚無感を感じたが、なぜか同時に妙に納得もしていた。彼女からすれば、当然の事だと思った。




 彼女はいつも孤高の存在だった。高嶺の花だった。彼女は冷静沈着で時に愚者に向ける眼差しは冷酷すら感じられる。しかし、そんな彼女を誰も咎められない。なぜなら彼女は周りの誰よりも努力を重ねているからだ。事、水泳に関して言えば、全国トップクラス。様々なチームからマークされる程に強力な選手だ。近寄り難く、そして努力を欠かさず確実に成績を伸ばす彼女は、天才と言って間違いなかった。


 俺が彼女を知った時、少し自分と似ていると思ったんだ。他者に嫉妬する周りの選手達は、生半可な努力しかしていないくせに、奴らは愚痴を吐き、他者を妬み陰口を言う。そんなどうしようもない奴と俺は、違う。彼女も違う。そんな事をしている暇があるなら、俺は血反吐を吐いて努力をするし、彼女はしている。低俗で有象無象な雑魚とは、違う。だから彼女と俺は似ている。そんな事を思っていた。





 彼女に振られるのは仕方がない。


 彼女には水泳というものに命をかけていて、俺みたいなちっぽけな奴など、眼中にない。当たり前だ。それに、水泳に打ち込む彼女に俺は惹かれていたはずなのに、いつも間にそれを恋心と吐き違えていたのだと思うようになった。


 


 それから数日間、虚無感に呑まれ、部活は愚か中学校にも顔を出さなかった。理由は俺が先輩に告白した。と話題になっていたからだ。その間失恋を慰める言い訳をずっと並べていた。せざるを得なかった。そうしていないと、先輩に俺の恋心を暴露した奴を探して、そいつに何をするかわからなかったから。それが怖くて、ただ胸のドス黒い呪詛を誤魔化していた。





 数日が経ち、虚無感も薄れてきた頃に、告白を断られるのは仕方ないと思得る様になれた。俺は彼女の水泳に対する純粋で真っ直ぐな姿勢に憧れていただけで、それを恋心と履き違えていたのだと思えば、気が楽になった。


 そう気付いてからは、俺はまた毎日練習に励んだ。俺は彼女に追いつきたい。彼女の様な強い人間になりたかった。その気持ちは、俺の本心なのだから。




 俺は努力を欠かさない彼女が好きだった。


 彼女の言葉には、行動が伴っていて、筋が通っていた。


 強く、厳しく、手の届かない所にいる彼女は、変わらず俺の憧れなのだ。






 事が起きたのは、不幸にも全国の大会出場を決める夏の大会だった。


 大会招集の前に、外に出て大空を見上げた。空は灰色の雲がかかっていて、陰湿で根暗な雨がうるさいほど降っていた。それでもこの雨は俺への試練で、これを乗り越えなければならないと思うと、胸が熱くざわめいた。


 告白をした噂が広まったのも、先輩に告白を断られたのも、また逆境で試練で運命で。俺は今日ここで全てを終わらせるのだ。俺は今日強い人間になる。先輩の様な強い人間になる。そう思えば、今日は絶対に勝てる気がした。




 冬場の外は冷える。そろそろ戻ろう。そう思った時だった。


「ちょっと!まだ大会中なんだから!」


 会場の物陰から、そんな声が聞こえてきた。その声が妙に先輩の声に似ていて、少しドキッとしてしまった。


「そんな事言うなよ、愛しているぞ。しおり(詩織)」


 男の声がした。そしてその男が呼んだ名前は、先輩の名前で、さっきまで暖かくなっていた胸が凍りつき、背筋がゾッとして、鳥肌が一斉に体に広がった。




 気付けば足は声の元へ向かっていた。真相を暴くのはとても怖く、足も震えているのにそれを知られずにはいられなかった。




 建物の物陰、誰からも見られない様な暗い場所で、憧れの先輩と、知らない男が喋っていた。それを見た瞬間、心が砕け散った様に、折れる音がした。


「しおり、愛してる」


「……私も」


 そんな俺に気づきもせずに、二人は接吻をし始めた。背高の男に背伸びをしてキスをする先輩。冷静で怜悧で憧れの先輩。


 何秒も。何秒も。何秒でも。それは永遠に感じられた。




 歯を食いしばった。


 手を痺れるほど握った。


 男と女を目に焼き付けるほど睨んだ。


 呼吸の仕方を忘れる程に、その瞬間、俺は二人を呪っていた。





「うああああああああああああああ!!!」


 会場から逃げる様に、俺は知らない道を走っていた。やり場のない怒りを喉が潰れるほどに叫んで、叫んで、叫んで。それでもこの怒りは治らない。握った拳はほどきかたを忘れてしまった。噛み締めた唇からは血が流れ出した。目の前は滲んで朦朧としている。


 がむしゃらで走った足は雨で滑り、アスファルトの道路に転げ落ちた。




 灰色の雲と落ちてくる雨の弾丸。濡れた体は冷え切っている。


 (このまま雨に打たれてたら、死ぬのかな)


 体が正常に動かない。まるで制御が効かない。涙が止まらない。力を入れっぱなしの腕がずっと痛い。唇は出血をやめない。


「死にたい」


 胸は冷たい刃物に貫かれ、凍りつき、もう動かない。


 雨の音だけがずっと聞こえていた。




 


 先輩は強い人間では無かった。


 憧れは砕け散った。


 愚痴や陰口を言い、噂を広め、俺を貶める。そんな奴らと、ほとんど変わらなかった。俺と彼女は似てなどいなかった。俺は天涯孤独だ。誰と分かり合えない。


 苦い苦い思考が俺を染め上げる。


 先輩は俺じゃダメだったのか。あいつなら良かったのか。どうしてあんな嘘をついたんだ。お前は好きな人がいたんじゃなかったのか。


 嫌いだ。好きな人など、そこ世界にはどこにもいなかった。


「もう、いいよ」


 しょーもない。この世界。


 先輩への失恋への言い訳も。


「もういっそ、殺してくれよ」


 努力も憧れも嫌悪も賢愚も善悪も。全部全部しょーもない。




 俺は、この時全てを失ったのだ。


 憧れも将来も恋心も。




 先輩への失恋のみを残して。







 結局、俺の事を理解してくれる奴なんて世界の何処にもいなかった。





 全国大会から逃げた軟弱者。才能をドブに捨てた裏切り者。俺に周りの部活メンバーからはそんな事を噂されていた。それがたまらなく辛かった。俺はお前らより努力していたはずだ。お前らより練習を重ねていたし、志ざす目標も違った。それだけなのに、何も知らない奴は文句ばかり垂れるのに虫唾が走った。




 あの日から家に引きこもる俺に顧問から呼び出しがあった。


「お前はなんなんだ」そう直接言われた。苛立ちや憤怒を肌で感じれるはっきりとした敵意の声だった。


「俺は大会前の緊張に負けるような教育はしてこなかった。お前の弱さが俺の顔に泥を塗ったんだぞ。お前にはそこそこ期待もあったんだがな」


 その時、俺は顧問を見限った。


 ああ、こいつも自分の評価が欲しいだけの有象無象の大人と変わらないんだ。そう思った瞬間。無性に腹がたった。


 ごぶしを握りしめて、その場から立ち去ろうとした。ここにいると自分が保てなくなる気がしたから。


「おい、まだ話は終わってないぞ」


「…………。」


「逃げるな」


 顧問が俺の肩を掴んだ瞬間、カッとなって、俺は顧問を殴ってしまった。ほんの一瞬の事で、尻餅をつく顧問を見た時最初は、俺がやったのかわからなかった。


 顧問は顔に鬼の様な形相を並べ。


「お前はアスリートとして失格だ。退部しろ」


 そう言った。


「あんたの下で水泳なんて、二度とごめんだ。退部します」


 その時俺はは不貞腐れて簡単に止めるなんて言ってしまった。後に後悔するとも知らずに、怒りだけで物事を判断してしまった。






「あんた!?なんで水泳辞めたのよ!!」


 部屋に引きこっていたある日、ナツメとタクが部屋に乗り込んできた。


「放っておいてくれよ」


 もう面倒くさかった。もう誰からもこの事を言及されたくなかった。その事を考えるだけで胸の奥底から毒が漏れ出すから、考えることは辞めたかったのに。なんで掘り起こしてくるんだ。


「裏切り者!なんでそんなに才能があるのに逃げたりなんかしたのよバカ!!」


「ナツメ、イッサだってきっと理由が……」


 涙目で俺を睨みつける彼女を諫めるタク。


「いいや!我慢ならないわ!タクだってそう思うでしょ!?コイツ全国にいけるかも知れなかったのに!」


 感情がコントロール出来ない。人を傷つけたい訳じゃないのに、トゲの付いた言葉ばかり浮かんでくる。それが辛くて嫌な事だとしても。




「……お前に何がわかるんだよ」


「あんた!なんで私達にないチャンスを捨てたのよ!軟弱者!」




「お前に!!俺の!何がわかんだよッ!!!」


 俺より努力してこなかったお前らに。


「俺より雑魚なくせにいっちょ前に指図してんじゃねぇよ!!」




 ーーパシンッ。




 ナツメが俺の右頬が赤く染める。


「……最っ低」


 ナツメの怒りに染まった表情。そして目尻から、涙が流れていて、彼女を傷つけてしまった事が分かった。最低な後悔の気持ちが胸に押し寄せる。


「…………。」


 ナツメは口元を押さえて部屋からドタドタと駆け出していく。


「イッサ……それはないよ」


 タクからの失望の眼差しも、ナツメの怒号も、全て俺を苛んだ。




 静寂の部屋で一人、ただ涙を流していた。失った友情も、失恋の感情も、全てどうでも良くなる程に傷ついた。






 幼馴染との関係も失った俺は、部室に退部届けを出そうと部活に顔を出した。周りの目が全て俺への敵意で、ああ。ここには俺の居場所はもうないんだと思い知らされた。


 顧問に退部届をさっさと渡し、さっさと帰ろうとした時あの女が道を塞いだ。


「少し、いいかい?」


「…………。」


 声が出なかった。もし口を開けば、彼女を傷つけてしまいそうだと思った。そう思って、幼馴染を傷つけたくせに、初恋の女には気を使うんだなと、少し自嘲した。


「少し、私は後悔している事があるんだ」


 彼女の少し震えた声は、憎たらしいほど真っ白だ。白くて、純粋で、真っ直ぐで、汚したくなるほどに、白々しい。


「もしかして、私があの時君の告白を断ったから、あの大会を棄権したんじゃないかって」


「…………。」


「だからあの時嘘でも告白を受け取っていればって……」


「黙れよ」


 その言葉を、今ここで、この時、言って欲しくは無かった。彼女にだけは最も同情して欲しくなかった。それがどれだけ屈辱的な事か少しは考えて欲しかった。




「お前はさ、大好きな恋人に媚びてろよ」


「ッ……!?」


 鳩が豆鉄砲でも食らった様な表情。なんで知っているんだという表情は憎たらしい程滑稽だ。


「なんで……」


「大会の時だよ。大好きな彼氏とするきすは幸せだったか?」


「なんで、よりによって第一発見者なんだ」




「それにそんなに俺に付き纏われるのが嫌だったのか?わざわざ嘘までついて告白を断ってさ」


「いや、違うんだ。私は決して君が嫌いだから告白を断ったわけじゃないんだ……」


「いや、もういいんだよ。俺が憧れていた先輩は居ないし、バカな俺はクソな女に引っかかった阿呆って事でいいんだよ」




「ちがっーー」




「うるせぇな!お前も、努力をしない有象無象も、恋心をバラした奴らもみんなみんな大っ嫌いだ!いい加減放っておいてくれよ!誰も謝罪なんて求めてねぇんだよ!俺がお前を好きになっただけでなんで俺はこんな気分にされなきゃいけねぇんだよ!クソが!!」




「……ごめん、なさい……」




 自分でも彼女にそこまで残虐に物事を言えたのが怖かった。俺は彼女や友人にここまで恨みを持っているのが恐ろしかった。殺すほど恨んでいた。実はもうおかしい程に病んでいる自分に驚きだった。




「ああ、もう最悪だ。なんでこんな気分にならなきゃいけないんだ」




 彼女にこんな事を言っても、楽にならない事ぐらい理解出来ているはずのに、文句しか出てこない俺も、有象無象の連中となんら変わりないのだと思うと、気がおかしくなる。





「ごめんなさい……私のせいで……ごめんなさい」




 壊れた機械の様に謝り続ける憧れだった先輩は、滑稽ですらあった。


 先輩は、弱い人間だった。有象無象の奴らと変わらず。悔しそうな顔で、頬に涙を流す少女の姿を見て、それを完全に理解した。




 好きな人を泣かせたのは、気分は最低だった。


 幼馴染を失ったのも全部全部、最悪だ。





 それ以降、俺は学校や、部活の先輩、担任教師に至るまで、全ての知人に軽蔑する様な目で見られた。


 理解されるとは思っていなかったし、それ相応の事をしたのだから仕方ないのだが、それは、ただただ辛かった。


 俺は殻に篭る様に、塞ぎ込んだ。


 高校も、誰も行かない所を選んだ。


 なんで、こんな事になったのだろう。


 どうやったら上手く出来たのだろうか。




 俺はただ、強い人間に憧れただけなのに。




 そんな気持ちを考えるのは、辛いだけなので次第に虚無に呑まれ、考えるのをやめた。

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