第34話 寿司屋
それにしても、なぜるるぶにはこの辺の飲食店の情報がなかったのだろう。競合相手がいなくて手を抜いたのか?いくつか店はあるようだが、やはりお寿司にしようと決めた。足立美術館のすぐ前に幟旗が出ていて、ここを奥へ入れという「→」があった。ぐっと坂を下って行くと、寿司屋があった。この辺りには誰もいないが、営業中と書いてある。そしてメニューと共に、
「境港(さかいみなと)から毎日新鮮なネタを仕入れています」
と書いてある。メニューは「上寿司」と「特上寿司」の2択。赤だし付き。高級魚「のどぐろ」が入ると特上になって、500円くらい高くなる。去年金沢へ行った時にのどぐろの刺身を1切れ食べてみたが、単なる白身魚で大した事はなかったので、今回はのどぐろはパス。上寿司は2000円だった。まあ、これくらいならいいだろう。旅行中だから太っ腹である。
ガラガラと入り口の扉を開けると、案外中にはお客さんが大勢座っていた。カウンターの中に大将がいて、私が入ると、
「順番にお出ししているので、お待ちいただくと思いますが。」
と言った。バスの時間まではまだ2時間以上もある。当然OKである。
「はい、大丈夫です。」
と言うと、こちらへどうぞと、大将の前のカウンター席を示された。ちょっと高めの椅子に座ると、女性がお茶を運んできてくれた。お茶は当然カフェイン入りだが、一口だけ飲んだ。外が寒かったので、温かい物を一口飲みたかったのだ。上寿司を注文し、私はスマホで新聞を読み始めた。ちょっと硬くて小さい背もたれが痛かったけれど。
時々大将が、
「そろそろ1名様上がるよ!」
と、女性の店員さんに言うので、自分の番かと思ってソワソワしていると、自分ではなかったという事が度々あった。2度はあったな。1名様ではなかった事もたくさんあったし、特上だった事もあった。けっこう待たされた。途中、店員さんがお茶のお替りを持ってきてくれたが、当然私のお茶は一口しか減っていない。
「あ、お替りはけっこうです。カフェインを控えてるので、お茶があまり飲めないんです。」
と言って、お替りは引っ込めてもらった。そうしたら大将が、
「お水もってきてやんな。そのくらい、何でもない。」
と言った。優しいけどぶっきらぼうな人だな。声が俳優の寺島進さんに似ている。何となく、しゃべり方も似ている気がする。
12:15頃、やっと私の前にお寿司が出された。待っている間にお腹も空いたのでちょうど良い時間だった。でもまあ、45分待たされるというのも、最近の飲食店では珍しい事かな。
まずは“赤だし”をいただこう。お椀の蓋を取ると、具は椎茸のスライスが2切れだけだった。とはいえ、大きい椎茸をスライスしたらしく、1切れは長い。この椎茸を一口かじると、
「うまっ!」
と心の中で叫んだ。肉厚で歯ごたえがある。だが、グニグニしているのではなく、サクッと噛める。そしてお味噌汁も美味しい。赤だしって、あまり好きではなかったような気がするが、これは間違いなく美味しい。
そしてお寿司へ。大将はお寿司を出す時に、
「マグロとエビ意外は、境港で今日仕入れたネタです。」
とよく言っていた。テーブル席の人にだけ言っていたのかな。私の時には言わなかったけれど。まずはマグロをパクリ。うーん、美味い。が、わさびがツーン!涙目。注文した時に、
「わさび、大丈夫ですか?」
と聞かれて、はいと答えたのだが、新鮮なわさびは辛い。私は辛い物は得意な方だが、わさびなど鼻につんと来る方はあまり強くない。好きなんだけど、強くはないのだ。ネタの美味しさを味わうならば、わさびは少なめと言っておいた方がいいのかもしれない。パックで売っているお寿司や回っているお寿司だと、わさび入りでも全然辛くない事が多いから、自分はわさび入りで大丈夫な人だと思っていたのだが。こんな風に、カウンターでお寿司を食べたのは、大昔の結婚記念日以来かもしれない。きっとそうだ。
それにしても、マグロとエビは分かる。それからイカとアナゴも分かるが、後は何が何やら全然分からない。そうしたら、近くのカウンターに座っているお客さんが、大将にネタは何かと聞いていた。
「これ、ネタは何ですか?」
「マグロとエビ以外は境港で上がったネタです。」
つい、お客に頑張れとエールを送った。心の中で。私も知りたい。でも、大将には通じていないぞ。だが、お客は粘ってくれた。
「何?これ、何ですか?」
すると、大将にも通じたようだ。
「だから、イサキとか、キスとか……。」
その先も聞いたけれど、覚えていない。キスと言ったかどうかも怪しい。およそ寿司ネタとしては聞いたことがないような魚ばかりだった。いやいや、2000円もするのだから、まさか安物ではないよなと思うが。けっこうさっぱり系のネタが多く、一番おいしかったのはマグロだったような……おっと、境港に失礼。
それにしても、お客が
「大将、美味しい!」
と言うと、大将は決まって
「いつも通り上手くいっただけだから。」
と言って笑いを誘った。私の後に外国人と思われる若い男性が1人で入ってきて、カウンター席に座ったのだが、大将がそんな風に言って皆が笑ったので、さぞかしびっくりしただろうなと思った。彼は日本語が分からないようだったので、おそらく大将の言葉の意味も分からず、このお客たちは全員知り合いか!?と思ったのではないだろうか。
なるべくゆっくり食べ、時々鼻がツンとして赤だしを飲んだりしたが、それでもすぐに食べ終わってしまった。ま、15分足らずで食べ終わるわな。それでも頑張って引き延ばした方か。私の食事など、いつも5分か10分よ。
「ごちそうさまでした。美味しかったです。」
と私が言うと、大将はまた、いつも通り上手くいっただけだと言った。
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