第29話 遅れたバス
帰りのバスは17:40だった。美術館に到着した時に、バス停で時刻表を見ておいたのだ。1本前は17:10で、それだとあまりにも滞在時間が短すぎる。30分では絵を見るだけでも無理だ。せっかく来たのだから、宍道湖畔の散歩も堪能しなければ勿体ない。
レイクラインバスは1周50分だそうだ。ここまで15分で来たという事は、帰りは35分かかるという事なのだろうか。だとすると、レストランを予約した18時には間に合わないという事になるが。ホテルマンが「2時間あれば行って帰って来られる」と安請け合いしていたが、けっこうギリギリじゃないのか。まあ、私が最初の30分を棒に振ったからいけないのだが。
17時半頃になり、バス停へやってきた。ベンチに座ってまた本を読んだ。小説を読むとやっぱり落ち着く。景色を見たい時には不向きだが、そうではなく待ち時間が生じたなら、読書は最適だ。数十分が苦にならない。
おばあさん1人と、中国人と思われる女性4人組がやってきて、バスを待っていた。読書に没頭していたが、ふと時計を見ると17:40を過ぎていた。
17:45頃、レイクラインではない、市営バスがやってきた。どこへ行ってしまうか分からないから乗れない。一緒に待っていたおばあさんが、運転手さんに何か話しかけている。
会話はよく聞こえなかった。話はついたようで、おばあさんはその市営バスに乗っていった。バスが行ってしまって、なんだか不安になった。レイクラインは、夕日の時間帯には少しルートが変わるらしい。今の時季はここに18時頃に来るバスから変わるので、まだ通常ルートのはずだ。でも、遅れたらどうなるのだろうか。もうボチボチ18時だぞ。
本を読むのを止め、道路の方を見に行った。道路が見える場所へ行ってウロウロしていた。行ったり来たりしていたら、やっとレイクラインバスがやってきた。この後美術館の前をぐるっと回ってバス停へ来るだろう。私はバス停のベンチのところへ戻った。17:47だった。遅れたのはたったの7分だったけれど、18時までにホテルに戻りたかった身としては、この7分は痛い。
バスが到着した。前と後ろの扉が開き、後ろ乗りなので、私が後ろの扉からステップを上がってバスの中へ入った。
いや、入るや否や、女性の運転手さんがマイクで言った。
「ちょっと乗るの待ってもらえますかー。」
びっくりして、慌てて降りた。中国人の女性たちは、おそらく運転手さんの言った言葉が理解できておらず、私に「お先にどうぞ」という風にみんなでジェスチャーしてくれる。でも、待ってって言われたし。
すぐにまた、運転手さんから「どうぞ」と言われて乗り込んだ。待てと言われたけれど、待つのはほんのちょびっとの時間だったのだ。うーん、ひどく怒られた感じがする。今まで私は、電車ならば降りる人が先だと認識していて、扉の脇に立って降りる人を待つ。それは常識だと思っている。だが、バスは乗り口と降り口が違うから、降りる人を待ってから乗るという習慣がない。
確かに今、降りる人が多かった。これから宍道湖に沈む夕日を見ようというのだろう。列をなして下車していた。もし乗る人がどんどん乗り込んで、前の方へ座ろうとしたならば、確かに大混乱するだろう。降りようとする人が降りられなくなるかもしれない。確かにそうだ。ではなぜ、私は今まで乗る前に待つという習慣がないのだろう。
そうか。前乗り後ろ降りの場合、降りる人が列をなしていたとしても、前から乗る人はそれほど邪魔にならない。それに、降りる人は支払いがないから、そんなに列をなすという事もない。なるほど、混むバスは前乗り先払いの方がいいのか。松江に来て、先にお金などを用意しなくて済むから、後払いの方がいいなと思ったが、やはりそういう事だったか。基本空(す)いているから、可能なのだ。でも、昔乗った埼玉のバスは混雑していたが、後払いだったよな。たまに混むだけだったのだろうか。あまり頻繁に乗らなかったから分からないが。
それにしても、また怒られた。そんなに我先にと急いで乗り込んだわけでもない。昨日のそば屋もそうだった。島根の女性はせっかちを嫌うのだろうか。いや、全員がそうというわけではないが。それとも、東京人がせっかちなのか。それはあるかもしれない。あー、でもなあ。モヤモヤする。
バスはまだ沈まぬ夕日を受け、宍道湖の北へ進む。あ、NHKだ。思わず写真を撮る。また車内には音声が流れている。あまりよく聞いていなかったのだが、急に歌が始まった。アカペラで民謡を歌っている。八千草薫かな?
と思っていたら、歌が終わった瞬間、乗客から拍手が沸き起こった。私も思わず拍手をしてしまった。え?今の歌、運転手さんだったの?いやいや、違うよな。あ、そうか、拍手をしたのは中国人の女性たちで、ビデオの内容を理解できなかった為に(私も聞いてなかったから同じだが)これからこの歌を歌います、というようなビデオのセリフを聞いていないから、歌声を運転手さんだと思ったのではないか。だが、運転手さんではなかったとは言い切れない。声がそっくりだった。さっき、マイクで怒られた声と、この歌声が。でも、違うんじゃないかな。ビデオの声も同じような年配女性の声なわけだし。
次が松江駅だとアナウンスが流れたが、誰も降車ボタンを押さなかった。すると、運転手さんが、
「次は松江駅です。お降りの方いませんか?」
と、聞いた。でも車内はシーンとしている。運転手さんはそれでも、
「松江駅です。いらっしゃいませんか?」
と言い、更にもう一度、
「松江駅、お降りの方いませんか?」
と聞く。そんなにしつこく聞かなくても、いないよなぁと思ったら、ポンと音が鳴って、降車ボタンの灯りが付いた。やっぱり、中国人の皆さんは松江駅で降りる人達だった。運転手さん、よく分かっているな。
中国人たちも松江駅で降りてしまい、乗客はポツポツしかいない。もうすぐ18時だ。ちょっと焦る。そうだ、どこで降りるか。それが問題だ。地図を調べたり、バス停を調べたりして、考えた。
昨日のカラコロ工房前辺りがいいのだが、そこは松江しんじ湖温泉駅よりも後に通るし。ん?ピントきたぞ。路線図を見ると、カラコロ工房前の向かい側辺りを通るではないか。そうだ、その辺りで降りればいいのだ。ナイスアイディア。
地図アプリを見ながら、そろそろカラコロ工房前にさしかかるぞという時、次は京橋というバス停だとアナウンスが。ここに決めた!と降車ボタンを押した。ここからホテルまでは5分とかからないだろう。だが、もう18:10になっている。
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