第3話 人見知り

 丁寧に顔から首までの汚れを拭き取ると、柊奈乃は紬希を後ろへと向かせた。髪の毛の砂も落として、手ぐしで整える。


「少し伸びたね。ちょっと髪しばろっか」


「うん!」


 カバンから小さなシュシュを2つ取り出して、柊奈乃は器用に髪を結んでいった。その間紬希は自分の鼻歌に合わせて体を上下に揺らしていた。


 ここ朝川公園、辻家では通称遊具公園と呼んでいる公園は、急な坂道の多い市内でも遊具がしっかりと整備されている公園だった。車道からすぐに駐車場に入ることもでき、子ども連れに人気のある公園でもあり、紬希の目にはきっとブランコやシーソー、鉄棒などの一般的な遊具から大型の滑り台やそれらが合わさった複合型の遊具で遊ぶ子どもたちの姿が映っている。


 鼻歌が止まると、紬希は急に振り返った。


「あっ、まだ片方終わってないからちょっと待っててね」


「ねぇ、ママ?」


 訴えかけるような目は深刻そうだった。手を止めると柊奈乃は微笑みながら目を合わせる。


「うん? どうかした?」


「つむぎさぁ、ちゃんとあそべるかな?」


「なにか怖い遊具あったの?」


 聞きながら柊奈乃は、「ああ」と納得していた。大人には遠慮しないでどんどん話しかけられる性格だが、子ども相手だと人見知りを発揮してしまう。兄弟のいない紬希は家にいるときも外へ出掛けるときも常に母親か父親と一緒だった。大人と接するのは得意でも子どもとなるとどうしたらいいかわからなくなるのかもしれない。


 紬希は首を横に振った。


「ちがう……けど、ママもいっしょきて!」


「うん。大丈夫。一緒に行くよ」


 急いで髪の毛を結び、お団子ツインテールに仕上げると外していたマリーの刺繍入りマスクをつけさせた。


「マリーもつけて。はい、完成。それじゃ行こっか!」


 離れないようにしっかりと手を握って走り始める。少し不安そうだった紬希の表情も一瞬で変わり、嬉しそうな笑い声を上げて走った。


 砂場から離れたところに遊具は設置されていて、紬希くらいの年齢の子どもから小学生くらいまで高い声が一面を埋め尽くしていた。その様子に圧倒されてしまったのか、紬希は途端に大人しくなってしまい、母親の手をぎゅっと握った。


「好きな遊具で遊んでいいんだよ?」


 シーソー、ブランコ、すべり台──紬希の視線の先を追うと全部の遊具が別の子どもたちに遊ばれていた。空いている遊具もあるものの、隣に子どもがいて遊びづらいのかもしれない。


「順番、待とうか?」


 紬希は不満気な声を出した。


「やだ、あそぶ」


「じゃあ、空いてるところ行こう? ほら、手つないで一緒に」


「やだ」


 沈んだ声になる。こうなってしまえばなかなか切り替えられない。きっと他の子どもが声をかけてくれればパッと表情を変えて遊びにいけるのだろうけれど、そんな気の利いた子どもはなかなかいるはずもない。


「あっち、いく」


 紬希が指さしたのは、大型の遊具だった。 

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