第11話 予言

 ロボットで金持ちコミュニティを脱出したあと、俺たちはそのまま自衛隊の基地を目指して町に降りて行くことにした。ロボットはその戦車のようなキャタピラと障害物排除用の腕で放置された車を押しのけ道を作っては進み、何とか街の中心部付近まで出ることが出来た。


 だが、そこで思わぬ障害が発生する。ゾンビの肉を巻き込んだせいなのか、それとも元々故障しかかっていたのか、大量のゾンビの群れの中心でロボットが動かなくなってしまったのだ。


 俺たちは焦った、食料は一応積んでいるもののもう少し先の商店街で本格的に入手する予定だったので、心もとない量しかない。それなのにロボットが故障したことでそこまで辿り着くには徒歩移動しか無くなってしまった。人数は4人、後もって3日と行ったところ。俺たちは全員まだ死ぬつもりはない。


「全員で移動するの?」


「いや、それはリスクが多いし動きづらい。俺と西園寺さんが外に出て食料を探してくるから、夏海さんと海佳うみかちゃんはここで待機しておいてくれ」


「えっ、私でいいんすか?」


「ロボットの修理に必要な部品とかあったら持ってきたいし、意外と運動できそうだしね」


 あの人体爆散事件を直接見てないのも理由に含まれるけど。


「私は残るので大丈夫だけど、海佳うみかちゃんはそれで大丈夫?」


「う、うん」


 そう言って頷くのは伊藤海荷いとううみかちゃん、10歳の小学校4年生で、俺があのとき車から助けた女の子だ。両親を失ったせいか、それともゾンビによるトラウマか大人しい子であまり喋らない。

 両親の件は一応俺も原因の一つなので避けられるかと思ったが、全然そんなことはなく寧ろ女性二人よりも俺の近くに居ることの方が多いぐらいだ。とは言えベッタリと言う訳ではなく、こうして必要な時は離れることを許してくれる。小学生とは言え流石女の子と行った所だろうか。俺が小4で同じ立場だったら駄々こねてた自信があるもんなぁ。


「よし、じゃあ決まりだな。西園寺さん、このロボットの入り口は上にもあるんだったよね?」


「そうっす。そこの梯子を使って上にあるボタンを押せば胸が開いて出られるようになります」


 言われた通りに格納されていた梯子を下ろして上ってみれば、上に開閉ボタンがあった。出た先にゾンビが居ないかモニターで確認してもらい、安全だと聞いてからボタンを押す。ゆっくりと開いて行く胸の装甲、男の俺だと少し狭いぐらいの穴から外に出る。


「直接見ると全然違うわ。ヤバすぎだろこれ」


 外に出ると街中の広い道路がゾンビで埋め尽くされている光景が目に入った。何処にこれだけの人間が居たのかというぐらいに、止まった車と車の間で揺れているゾンビ達。これを抜けて行くのは駄菓子なしじゃ無理だろう。


「うっわ、これはえぐいっすね~。こんなのゾンビ映画でも見たことない」


「そこを抜けていく必要があるんだけど、普通じゃ無理だから駄菓子を食べて行こうと思う。食べれるか?」


「はい、大丈夫っすよ。食べ過ぎなきゃOKでしょ?」


「まあ、たぶん……」


「や、やめとこうかな~」


「噓うそ大丈夫だって、爆散した子以外も食べてたけどその子たちは平気そうだったし。1つぐらいじゃどうにもならんさ。てことではいこれ」


 渡した駄菓子はイカ串。ここで必要なのはスピードじゃなくパワーだと判断した。そもそもこんなゾンビの海の中を走っていくことは出来ないし、ならその辺にある車の上をポンポンと飛び移って行くしかないでしょ。


 イカ串を渡された西園寺さんは駄菓子と聞いて別の物を想像していたのか、なんとも嫌そうな顔をして受け取った。イカ嫌いか?


「あ、結構おいしいかも」


 なんだ、これ系の駄菓子を食わず嫌いしている勢だったか。というか金持ちも駄菓子とか食べるんだろうか。高級チョコとかしか食べないとかざらにありそう。


「食べたか。そしたらちょっとジャンプしてみてくれ」


「了解でっす。よっ、おおおっ!?」


「何やってんの、そんなに力込めたらロボット壊れるぞ」


「そ、そんなこと言ったって初めてなんすよ!? どれぐらい加減しないといけないかなんて解る訳ないでしょ!」


 一気に2メートル近くまで飛び上がった西園寺さんの体。これでは着地時に力を込めてしまっていくら金属製のロボットでも穴が開いてしまうかもしれない。仕方ないので落ちてくる彼女の下に移動して全身で受け止める。


「きゃっ!?」


 力には力、衝撃をうまく逃がすようにキャッチしたのでロボットには凹み1つ無い。よしよし、駄菓子の力をうまくコントロール出来るようになってきているな。


「あ、あのう、そろそろ下ろして欲しいんすけど……」


「ああ、ごめん」


「それでジャンプ力がついたのはいいんすけど、ここからどこに向かうつもりなんすか?」


「今は食料が最重要なんだけど、ここからだと大きな家電量販店が一番近いから先にそっちに行きたいと思う。確かあそこは規模がデカいぶん上層階にレストランなんかも入っていた筈だから、うまくすれば部品と食料どっちも手に入るかもしれない」


 まあ保存の効くものなんて扱ってないだろうし殆ど腐ってるとは思うけども。


「行くか」


「了解っす」


 俺たちは足に力を込めてジャンプした。目の前にあるセダンの上に着地し、すぐに次の4WDの上にジャンプする。飛ぶたびに車の天井は凄い音を出してへこみ、次々と飛び移っていくのは何だか爽快な気分だった。ゾンビ達は俺達に手を伸ばすが、掴む前に飛び上がっているので空を切る形になり、俺たちを見上げて唸る様は滑稽で笑えた。


「そろそろ着くぞ。正面はゾンビが多くて無理そうだから、目の前に停まっているバスの上から2階の窓をぶち破って入ろう。先に俺が行くから、西園寺さんは俺が明けた穴から入って来てくれ」


「わ、わかりました!」


 バコン!


 ひときわ大きな音を出して飛んだ先は家電量販店の2階、たしかパソコンとその周辺機器が売られている階層だ。窓ガラスの破片と共に飛び込んだ俺を最初に待ち受けていたのはデカいマスコットキャラの着ぐるみ。血がべっとりついていて、ここでもゾンビによる襲撃があったことを物語っている。


 続いて俺が開けた穴から入って来た西園寺さんを軽く受け止めて、2人で中の様子を窺うと奇妙なことに気が付いた。


「ゾンビが居ない?」


「もしかして誰かいるんじゃないすか? 一階の入り口前にゾンビが多かったのはバリケードで塞がれてたからかも」


「なるほど、だとすると今の音を聞きつけて誰か来るかもしれないな。少し物陰に隠れて様子をうかがってみよう」


「分かりました。じゃあ隠れるところは……あのレジカウンターの裏とかどうっすか?」


「そうだね。あそこなら動きさえしなければ見つからなさそうだし、そうしよう」


 俺たちがレジカウンターに隠れて耳を澄ませていると、しばらくして階段の方から微かな足音が聞こえて来た。ゆっくりと慎重に歩いて来るのはゾンビを警戒してのことだろう。人数は分からない。何か話してもらえれば助かるんだけど。


 パリッ。


 ガラスを踏む音が聞こえる。俺たちが割った窓の破片を踏んだらしい。近いな。


「な、なんだこりゃ。一体どうしてこんな事に」


「ゾンビが進化して新手のヤバい化け物が生まれたとかじゃねえか? ほら、ゾンビ映画で出てきたろ、4つんばいで壁に張り付いたりすげえジャンプしたりするやつ」


「だとしたら俺たちこんな悠長に話してたら爪でバッサリ殺されてんだろ。それに血の跡も無いし、それなら何か物でも投げ込まれたって方が自然だぜ」


「あー、そう言えば綺麗だな。着ぐるみにも前に付いてた血しか付いてねえ見てぇだし」


 二人の男が会話している。会話の雰囲気とか声の感じからしてかなり若そうだ。それこそ10代後半とか20そこそこぐらいだろうか。


 ここで俺は迷う。若い男二人というのはいいのだが、柄が悪いというかやんちゃそうというか、そういうタイプの男たちだろうし、西園寺さんを見て何かして来ようとするかもしれない。出て行って大丈夫だろうか。


 そうやって考えていると、不意に西園寺さんと目が合った。西園寺さんは何を思ったのかウインクをして、スクッとその場で立ち上がった。なにやってんだ!


 レジカウンターから彼らが居る場所は近い。西園寺さんは当然のように彼らに見つかる。


「なっ! だ、誰だお前!」


「怪しい者じゃありません。私はそこの窓からここに入って来たただの女です。ゾンビに噛まれてもいませんよ」


「は? こ、ここから入った? ロープも何も無しでか?」


「どう考えても無理だろ、高すぎる。もしかして新手の化け物か!?」


 思った展開じゃないけど、その言い方じゃそりゃそうなるよな。このままじゃ西園寺さんが彼らに攻撃されるかもしれない。俺は仕方なく立ち上がって彼らに説明することにした。


「ま、待ってくれ。俺たちは本当に怪しい者じゃないんだ。ただ部品を探しにここに来ただけで、君たちを害する気持ちは一切ない」


「ま、まだ居やがったのか!?」


「部品だと? 食料じゃなくてか?」


「ああ、まあ食料も分けてくれるなら有難いが、駄目なら部品だけでも貰えないか?」


「て、テメェらにやるもんなんて一つもありゃしねえよ!」


「待て」


 興奮して襲ってこようとした男をもう一人の男が制止して、俺たちを交互に見ながら何やら考え始める。全身を上から下までくまなく見られてどうにも居心地が悪い。


 何を確認したのか一通り見終わると、男は穴の方へと歩いて行き下を覗き見た。そしてすぐに顔を上げると、両手を挙げてコウさんのポーズを取っている俺たちに問いかけてきた。


「アンタらがどうやってここに入って来たか詳しく教えろ。そうしたら部品も持って行っていいし、食料も少しなら分けてやる」


「は? な、何言ってんだ後藤!」


「村川、少し黙ってろ。コイツ等はたぶんあの件の奴らだ」


「!? ま、マジか! わ、わかった。黙っとく」


 あの件?


「それで、どうやってここに入って来た? 下はバリケードで塞がれて入って来れないはずだが」


「そ、それはそこの窓から入ったんだ」


「どうやって?」


「道具を使って。フック付きのロープだ。それで何とかよじ登って、ただロープは弾みで下に落としてしまった」


 俺は最初から正直に話すつもりはなかった。話したら前のコミュニティの二の前になるだけだし、普通駄菓子食ったら力がついてジャンプで飛び越えてきましたなんて誰も信じない。余計な混乱を招くだけだ。


 しかし、俺がロープを使って入って来たというと、問いかけていた男は顔をほんの少し不機嫌に歪ませた。


「正直に話せと言ったはずだが? 俺がさっき下を見た時ロープなんてどこにもなかったぞ」


「そ、それはゾンビの足元に落ちてて見えなかったんじゃないか?」


「いいや、それはねぇ。奴らは恐ろしく密集して蠢いてる。そんなところにロープが落ちれば絡まって足元まで落ちたりはしねえ。落ちたとしてもどこかは必ず上に出るはずだ。奴らは自分にロープがかかったとしても気にも留めないからな」


 拙いな。これは話すしかないか? これ以上機嫌を悪くしたらこの冷静そうに見えてる男も襲ってくるかもしれない。でも正直に話したって結局バカにしてんのかって襲われる方がありえそうなんだよな。仕方ない、準備だけしておくか。


 俺は上着のポケットに手を突っ込んで中でガムの包みを剥がし始める。そしてその様子にあまり関心を持たせないように、これまでの経緯を簡単に話し始めた。



「――だ、駄菓子を食ったら物凄いパワーが出るようになる? なんだそりゃ!?」


「だが、それなら。なるほど、予言は本当の本当に本物だったってわけか」


 予言だって? 何を言ってる?


「よし、あんたらの言う事を信じる。部品も食料も渡そう。ただその前にある人に会ってもらいたい」


「ある人?」


「俺たちのグループに居る予言者の婆さんだ。婆さんは予言していた、あんた達がここに来ることを」


 ――救い主様の到来を。

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ゾンビが出て来たので、取り敢えず駄菓子屋さんを始めることにする。 ぞい @yosui403

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