第10話 脱出。そして崩壊

 地下室に入れられてからどれだけの時間が経っただろう。時計も無く、太陽の光さえ届かないこんな地下室では時間の感覚が狂ってしまって良く分からない。


 2日か? 3日か? それとももっとか? 椅子にロープで固定され、そこからずっと座らされた状態が続いていて、動けるのはトイレに連れて行かれる時だけ、それも2人とかで見張られているから暴れて抜け出すことも出来ない。


 俺の処分はもう決まったのだろうか。ここに来た時はまさかこんな事になるとは思っていなかった。そもそも駄菓子屋の事がある程度わかったら自分から出て行くつもりだった。あの俺が助けた女の子だけ預かってもらえれば十分だったんだ。それがここに居る対価として駄菓子を少し渡しただけでこんな。


 そもそも俺の駄菓子屋を呼び出す能力で勝手に補充される駄菓子、あれは一体何なんだ。駄菓子を食べることで一定時間だけ種類によって異なる力が付くのは分かっていたが、まさか過剰摂取で体が爆発するなんて思わなかった。


 俺だってアパートに居た時に食料として食べまくっていたけど、爆発なんてしなかったのに。本当にあの体の爆発は俺の駄菓子が原因だったのだろうか。それとも須田さんが駄菓子に何か混ぜたとか。いや、そもそも子供が爆弾を持っていたとかは無いか?


「……ある訳ないか」


 喉が渇いて声が掠れる。水をくれと言ってもどうせ持って来てはくれないんだろうな。


「俺は死ぬのか」


 上で食べていた頃とは段違いのお粗末な食事内容に、俺の体は着々と衰弱していっている。食料の問題も深刻だろうし、俺のような者を生かしておく意味は薄いだろう。そろそろ何処かに連れ出されて殺されてもおかしくはない。


 目を閉じれば平和だったころの何気ない日常の風景が脳裏に浮かぶ。上司のお小言も仕事も大嫌いだったけど、こんなに体中が痛くなることは無かった。ぶっちゃけ心の中で何回かぶん殴っていたので、ストレスの緩和も上手くできていたしな。仕事は最悪辞めりゃいいし。


 傷だらけのまま治療もされず放置されたので、俺の体は未だにボロボロだった。一部は膿んでより痛みが増している。


 綺麗に整頓された地下室の物は傷の治療には使えそうもない物ばかりだ。何やら大きな機会にカバーがかぶせられたような物や、玉ねぎでも入ってそうな段ボール箱がいくつも積まれている。


 首をひねるのも疲れるな。もう見るのは止めよう。意味がない。


 そのままボーっと正面の地下室の入り口を見ていると、上の階から人の笑い声が聞こえて来た。誰かが家に来て談笑でもしているのだろうか。


「地下室にこんな死にかけの男がいるって言うのに、よくあんなに笑えるもんだな」


 もしかしたらもうここの奴らには人間としての倫理観が消えてきているんだろうか。今やこのエリアの外はゾンビが徘徊する地獄だもんな。人を蹴ったり殴ったりすることは大した問題じゃないのか。俺は子供を殺した原因と思われている訳だし。


「痛っ……スー」


 初日の夜に美空さんの奥さんと旦那さんが来てさらにボコボコに殴られたのが未だに体に響いている。骨にひびでも入ってそうだなこれは。


 痛み、笑い声、喉の渇き、だんだんと蓄積していくものがあった。怒りだ。どうして俺がこんな目に合う。俺は別に何も悪いことはしていないというのに。


 気付くといつの間にかこぶしを握っていた。正面の扉を睨みつけるようにして、縛られた腕が傷むのも構わず引きちぎろうと力を籠め続ける。


 もしここから出られたら。俺はここの連中に何をしてやろうか。


 脳裏に凄惨な光景が広がる。彼ら彼女らの死体が道路のあちらこちらに散らばり、俺の拳は血まみれだ。助けを求める声に耳を貸す事無く、容赦なく殴り殺していくのは、例え妄想と言えどもスカッとする光景だった。


 ふと、上から聞こえていた笑い声が消えているのに気づく。どこか別の場所に行ったのか。そうおもっていると、不意に正面の木製の扉が押し開かれた。


 誰が入って来るか。俺は身構える。人によっては殴りつけてくる場合もあるからだ。しかし、入って来たのは予想もしていなかった人物だった。


「樫屋さん、大丈夫っすか?」


「西園寺……? ど、どうして君がここに?」


「ふっ、そんなの決まってるじゃないっすか。助けに来たんすよ!」


「助けに?」


 意味が解らない。西園寺が俺を助けに来るなんて、コイツもあのコミュニティの一因だし、俺を殺すならともかく助ける理由なんて無いだろ。


「言いたいことは分かるっすけど、今はとにかく移動しましょ。見張りの人たちがすぐ戻って来るかもしれないんで」


「……わかった」


 西園寺が後ろ手に縛られていたロープを持ってきたナイフで切って落とす。俺はサッと立ち上がって西園寺から距離を取るつもりだったが、足に力が入らずこけそうになった。


「おっと、危ないっすよ」


 こけそうな俺を横で支えて、腕を回してくれる西園寺。西園寺を振り切って逃げようと思っていたのに、何ともダサいこと。


 西園寺に支えられながら地下室の階段を上ると、言っていた通り見張りも住人の姿も無かった。


「どうやって?」


「簡単な事っす。ここにいた人たちに須田さんが呼んでたって言っただけっす」


「は? そんなことしたら君も」


「最悪は樫屋さんと同じ状況になるかもっすね。でも安心してください。その可能性は限りなく低いんで! とにかく今は私の家に行きましょ」


 家の裏口から出たら家と家を遮るように植えられた生垣一部をがぽっと外し、そこから隣の家の裏庭に侵入する。見つからないように背を低くしていくのは堪えたが、それよりもこんな仕掛けをいつの間に作っていたんだという所に関心が行ってしまってしょうがなかった。


 慎重に、ゆっくりと同じことを繰り返して進んで行く。俺が捕まっていた家はどうやら西園寺の家とは対角線の位置にあったらしく道のりは結構遠かった。その間に俺が地下室から消えたことが発覚したのか、にわかに騒がしくなってくる。


「バレたみたいだな」


「だいじょぶっすよ。ちゃーんと見つからないように移動できるルートは考えてますし、家には絶対に誰も入れないように準備してきましたから」


「そうか。何したか知らないけどそいつは頼もしいね」


 一番奥の突き当りの家から、今度は壁際をそうようにして作られた生垣の裏を這うようにして進む。体があちこち傷んでキツイ。しかし、文句を言っていられるような状況ではない。


「見つけたらもう殺そう!」


「あの化け物の中に放り込んでやればいいのよ!」


「探せ! 絶対に見つけ出すんんだ!」


 どうやら本格的に俺を殺すことになったらしいな。西園寺の家に着いたとして駄菓子屋を出せば籠城は出来るだろうけど、駄菓子屋の見た目は外からも変わっているらしいのでどこに居るのかは一発でバレてしまう。須田に駄菓子屋の事を話しているので、それは絶対だ。


 かといって西園寺家に引きこもり続けるのはもっと無理だろう。放火なんてされようものなら一発アウトだ。流石にそこまでしないでしょと思いたいけど、今の彼らの精神状態からしてやりそうな感じもするんだよな。


 黙って余計なことを考えながら進めばもう西園寺家が近づいて来た。しかし、そこで刺客が現れる。須田家の長女、須田夏海が庭の方をうろついていたのだ。


「どうする。あいつが居たんじゃ出て行けないぞ」


「行きましょう。時間がないっすから」


「え、お、おい」


 一切躊躇することなく生垣の一部を取り外して出て行く西園寺。表から裏に続くいわば横庭みたいなところとはいえ、遮るものが少ないので動くものなら分かってしまう可能性が高い。それに夏海は明らかにこちらを見ていたのでこれでバレてしまったのは確実だろう。


 最悪、やるしかないか……? 


 覚悟を決めて俺も生垣から出て行く。するとやはり気づいたのか夏海が俺たちの方に小走りで向かって来た。身構える俺、対して西園寺は何もせずそのまま立って夏海を見ている。


「やっと戻って来たんだね。龍紀さん」


「うん、長い事かかったけどようやく」


 何やら嬉しそうな顔で西園寺に話しかける夏海の姿を見て、俺の頭は?で一杯になった。


「どういうことだ?」


 そう問いかけると夏海は今度は俺の方に近寄って、申し訳なさそうな顔で口を開いた。


「ごめんなさい、樫屋さん。あの時は私、助けられなくて」


「助けるも何も、あれは君と君のお父さんが仕組んだ事だろ。あの時の君たちの顔、目、言動、忘れたとは言わせない」


「本当にごめんなさい。あの時は、ああするしか無くて。私、お父さんに逆らえないから」


「二人とも、今ここで話している時間はないっすから、取り敢えず中に入りましょ」


「……ああ」


 西園寺が家の壁(何処からどう見てもドアには見えない)所に手のひらを乗せると、壁が奥にスライドして中へ入れるようになった。隠しドアだ。


 ドアを通るとそこはキッチンだった。綺麗に整頓された調理器具とピカピカのシンクが眩しい。


 扉が閉じられ靴のまま中に通される。するとリビングのソファに俺が助けたあの女の子が座っていた。俺は彼女に自己紹介をしようとしたが、それは西園寺に遮られる。


「自己紹介は後っす。今は一刻も早くこの場を離れることが先決っすから」


「離れるって言ったって、どうやって?」


「ふふふ、答えは車庫にあるっすよ。皆ついて来て下さい」


 女の子を連れて車庫の方に向かう。家の裏から車庫に入る扉を開けると、そこにはだだっ広くて天井の高い車庫の空間が広がっていた。車が4台ぐらいは余裕で置けそうだ。しかし、車庫の中には車は一台も置かれてなかった。その代わり置かれていたのは……


「な、何だこれ」


「ふふふ、はーっはっはっはっは! 見ましたかどうです凄いでしょう! これが私の最新、最高の自信作! ロビンMk-Ⅱです!」


 そこに置かれていたのは車2台分ほどの横幅がある下はキャタピラ、上はロボットというロマンだった。


「す、すげえ」


「ロボットだ」


「こ、こんなの作ってたんですか。凄すぎてちょっと引いちゃった」


「そうでしょう、そうでしょう! 格好いいでしょう! さあ、では行きますよ!」


 ロビンMk-Ⅱのお尻側、そこからスロープが伸びていて乗り込めるようになっている。俺たちはそこから中に乗り込んだ。


 後ろのハッチが閉じられ、エンジンが掛けられる。そして。


 ロビンMk-Ⅱは車庫の壁をぶち破って道路に飛び出した。キャタピラのくせに中々素早い。突然飛び出して来たロボットに、俺たちを探していたコミュニティの人間たちが目を剥いているのが見える。そんな様子を横目にうまく方向転換したロビンMk-Ⅱは、このエリアの出口に向かって一直線に突き進む。誰も止めることはできない。


 そしてあっという間に入り口を塞いでいるロボットの壁にたどり着くと、西園寺が何かの命令を送ったのかロボットたちがロビンMk-Ⅱが通れるほどのスペースを開けた。

 一斉になだれ込んで来ようとするゾンビ達。そこをロビンが巨体とキャタピラで跳ね飛ばし、引きつぶしながら進んで行く。中から全面が見れるようになっている360度モニターで後ろを見てみると、エリアを塞いでいたロボットたちは既に元の壁に戻っていた。


 こうして俺はあの金持ちたちのコミュニティから脱出を果たしたのであった。



 

 一方その頃、金持ちたちの住むエリアの内部では、無数のゾンビが住人たちを追いかけまわし、食い殺していた。


 大人も子供も男も女も関係ない。


 住人たちは何とか逃げ延びようと車での脱出を図る。だがそれは叶わない。何故ならエリアの入り口はロボットたちが封鎖していたからだ。


「があああああああッッ!?」


「助けて!? だれか助けてええええ!」


「痛いよ。ママあアアああああああ!!」


 エリアを封鎖しているロボットたち。そのロボットたちを何とかどけようと車で体当たりする。しかし、ロボットたちは互いに強固に連結され全く少しも動かない。そしてそんなロボットたちの胸元には、いつもは表示されていなかった赤い文字が浮かび上がっていた。


『監視対象不在の為このエリアは破棄となりました。』


 数十分後、エリア内にはもう生きている者の姿は無かった。

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