第9話 駄菓子のリスク
美空さんの家には子供が二人いる。長男で小学5年生の武弘君とその妹で小学3年生の明日香ちゃんだ。武弘君は甘やかされて育っている為か少し太り気味で横柄な態度をする、一昔前ならガキ大将と言われる部類の子供で、対照的に妹の明日香ちゃんは大人しく痩せている。
長男の権力というのだろうか、妹の物を自分の物として扱っている節があり、特にお菓子などは親に隠れて取り上げたりしていることもざらだった。それが今回の件に繋がるとはまさか誰も思わなかった事だろう。
武弘君は道路の真ん中で腹から内臓を飛び散らせ、頭も半分ほど破裂した状態で倒れていた。円形に飛び散った肉や内臓が内部からの衝撃で起こった出来事だという事を現し、その範囲でどれ程の威力があったかがあらかた想像できた。
嫌味な子ではあったがまだ子供。俺も少しは同情する気持ちが湧いて来る。こんな光景はそれこそ戦争に行かなければ見れないだろう。あまりに悲惨で、集まっている他の連中の中には吐いている者もいる。寧ろ俺のように吐くことなく見れている人間の方が少ないな。
そんな中、武弘君の両親だけは彼の遺体に縋りついて泣きじゃくっていた。武弘、武弘と半分になった頭を抱えて叫ぶ姿は痛々しさを覚える。
「武弘お。どうしてこの子がこんな目に!」
頭の中に爆弾が仕掛けられていた、なんてSFでもあるまいしあり得ないだろう。かといってこんな風に内側から爆裂する病気があるかと言えば、思い出す限りでは無い。あったとしても長い年月をかけて水が溜まって結果破裂するなどの場合しかこうはならないだろう。
(でも辺りにはそれらしい水は広がっていないし、何より昨日は普通に問題なく歩き回っていたから病気ではないだろうな)
では原因は何処にあるのか。俺は遺体から視線を外し、周辺に集まっている人たちを見る。一番目に付くのは呆然と立ち尽くしている妹の明日香ちゃんだろう。手に何かを持っていたような状態で固まって、兄である武弘君の死体を見ている。波だ1つ流していないのはまだ状況に理解が追いついていないからだろうか。
そして次に目に着くのは須田さんちの娘、夏海さんだ。どうしてか明日香ちゃんの直ぐ近くで死んだ武弘君の体を見ていた。その様子は何処か冷静さを感じる。死体を見る目もただ見ているというより観察しているような、そんな雰囲気だ。そして一番気になるのは明日香ちゃんと同じように体の前で何かを持つ形になっている手。明日香ちゃんと違っているのは実際に夏海さんの手には何やら紙袋のような物が持たれているという事。
(あの袋、何だか見覚えがあるな……)
どこで見たんだったか。よくわからない青いカエルのようなキャラクターがシルクハットとジャケットにステッキを持ったような姿で踊っている。俺もそこそこアニメには詳しい方だと思っていたのだが、あのキャラクターについては見たことがある程度なのであまり知名度は無いのだろう。そんなキャラクターがプリントされた紙袋、そんな物俺の家にあったはずも無いし、ネットで見たという気もしない。
あっ、そうだ。須田さんの家だ。須田さんの家の玄関にたしかあの変なキャラが描かれた袋が置いてあった。確かあのとき源一郎さんと夏海さんが玄関に居て、源一郎さんから夏海さんに紙袋を渡しながら何か言っていたな。
『これをあした子供たちに配ってくれ。全員もれなく頼むぞ』
『分かりました。あした子供達にこれを配ります』
俺の時とは全く違う態度に別人なんじゃないのかという疑いの方が先行してしまってあの時は気づかなかった。もしかしてアレは俺の渡した駄菓子が入っていたんじゃないのか。それをいま彼女が持った状態でここに居る。という事は。
夏海さんはあの二人に俺の駄菓子を配っていた?
俺の駄菓子は特殊だ。何せ食べたら駄菓子に応じて謎の力が発揮され、身体能力が爆発的に上がる。正にRPGゲームのドーピングアイテムみたいなものだ。それが子供に対して配られていた? まさか須田さん、子供で駄菓子の実験をするつもりだったのか!?
たどり着いた考えは人の親にしては余りに鬼畜な所業だ。娘で試したみたいなことを言っていた時も少しどうなんだとは思っていたが、夏海さんは17歳、もうお大人に近い年ごろという事もあって深くは考えなかった。それが今度は10歳以下の子供、これはどう考えてもイカレているとしか思えない。
俺が顔面を白くしながら考え事をしているうちに、子供に駄菓子を配るように指示したであろう当の本人、源一郎さんがやって来た。源一郎さんは死体を見るなり娘の夏海さんとアイコンタクトをして話し始める。
「なんという事だ、まさかこんな事になるとは」
「どういうことですか!?」
美空さんの旦那さんが物凄い剣幕で源一郎さんに迫る。
「ええ、この一連の原因はそこに居る樫屋さんが持ってきた駄菓子にあります」
「なんですって!?」
皆の視線が一斉に俺に向く。その視線を受けて俺はたじろいで数歩後ろに下がった。
「私は彼がここに住み着く条件として何か有用なものを提供していただくように頼みました。彼のスキルや経験が今後役立つ可能性もありますし、それに現在の持ち物に使える物があるかもしれないと思ったからです。そこで彼からいま娘が持っている駄菓子をいただきました」
「確かそれをさっき夏海ちゃんが子供達に渡していたのを見たぞ!」
「私の子供もお菓子を食べていたわ!? どうしましょう。ああ、どうしましょう!」
パニックになる住人達、しかし自身の子供達は悲惨な光景を見て震えているだけで異常は見られず、ひとまずホッとする様子が見られる。
「他の子供達は何ともなさそうですけど?」
「大体お菓子を食べたぐらいでこうはならんでしょう」
「私も信じられない。だが、他にどんな要因があるというのでしょう。美空さん、今日の朝からの武弘君の様子で変わった所はありましたか?」
「無いわ。いつも通り朝食を食べてお昼過ぎに他の子達と遊びに出かけただけよ! それよりも危険なものならどうしてあなたの娘が子供達にこれを配っているの!」
「それは私が配るように提案したんですよ。何処からどう見ても普通の駄菓子でしたし、駄菓子とは言え貴重な食料で栄養源でもある。私らで独占しておくわけにも行きませんから。樫屋さんの駄菓子には確かに不思議な作用があるという事は聞きましたが、私も娘も食べて問題ない事は確認しました」
今にも射殺さんばかりの剣幕で美空さんの奥さんが源一郎さんを睨み上げる。だが源一郎さんはそんな視線など何のその、気にした様子も無くさらっと返した。
それにしてもこの状況は拙い。源一郎さんは完全に俺を悪者にして責任逃れをするつもりだ。ここは何とか反撃しないと。
「あ、あの、私の駄菓子には確かに不思議な作用がありますが、人がこんな風に死ぬような物ではないです。他に要因があるんじゃないでしょうか?」
そう口を開くと全員の顔がこちらに向く。元々俺の事をよく思っていない人たちだ、その視線は鋭い。だがこんな事に気圧されて犯人と決めつけられるのはごめんだ。
「いや、そうとは言えない。例えば、この駄菓子を過剰に摂取した場合、どうなるかは分からないのだから」
「それは、確かにそうかもしれませんが、俺が提供した駄菓子をここの人たちにどう配るかはあなたが決めたことではないですか!」
「そうだが、君はあのとき過剰に摂取したらどうなるかなど私に伝えなかったではないか?」
その言葉を聞いて俺はカーっと胸の中に湧き上がる物があった。そういう事はまだ分かっていないと説明していたじゃないか。それでも駄菓子の力が有用だからと俺をここに置くと選択したのはあんただし、何より皆にどう説明して理解してもらい今後に役立てていくかもそっちで考えると言っていたくせに!
「す、すべて俺の責任だと?」
「そう言っている」
「クソ野郎ッ!」
平然と無表情でそう言ってくる源一郎に俺は飛び掛かった。何も考えず、自分の心に湧き上がった怒りのままに。だがそれを周りの人間たちは許さない。奴らは少なからず源一郎に洗脳でもされているらしい。今の話を聞いても全面的に俺のせいだという顔で何か不愉快なことをほざきながら掴みかかられた。
何人もの人間に動きを抑え込まれ、地面に顔を押し付けられ。殴られ蹴られ、罵られ。奴らの目には狂気が浮かんでいた。あれは子供が死んだからだけじゃ絶対ない。人を陥れることへの快楽が確かにあった。
全身血まみれになった後で俺はどこかの家の地下室に入れられた。運ばれる途中、微かにあった意識の中で夏海さんを見たが、お兄ちゃんお兄ちゃんと笑顔を向けていたあの笑顔が嘘だったかのように、まるで死にゆく家畜を目にしたような無機質な表情で俺を見ていた。
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