影の力に呑まれる

第41話

「イリ、何故だ! 記憶を覚えているなら、別の選択を選ぶこともできた筈だ」


「うるさいですね。もうタールでなく、獲物狩り何でしょう? あ、それとも別の呼び名……」


「やめろ!! その名は捨てた。今の私は、獲物狩りであり、タールなのだ」


「はい、はい。わかりましたよ。では、さようなら」


 イリのふくらはぎに血管が浮き出る。右足の重心に力を込めて、地面を蹴り上げる。凄まじく、狂気に満ちた顔をしながら、高速での突進を仕掛ける。タールが影牢かげろうで拘束していなければ、涼は「反応することすらできなかった」だろう。


「佐川! 悪いが、私も加勢させてもらうぞ」


「ふ、私達も中途半端な存在です。だけど、何か忘れていませんか? 私も影の技を使えますよ」


「ダメか…この体では拘束できん……」


 タールが影牢の中にイリを拘束したが、いとも簡単に影が消えていく。イリの首が左右に揺れる。「余裕とばかりに」、左の人差し指を前に突き出した。


「そんな弱った霊魂の縛りじゃ、すぐ解けますよ。もういいです。あなたはそこで、見てなさい。影牢」


「しまった。逃げろ! 佐川! 今のお前では、イリには絶対に勝てん」


 涼は右手にガントレット、左手にタールのバリスタを発現させ、身構えたが、「すぐに現実を知ること」になった。


「あなた、遅過ぎますよ」


 涼の右手、左手の武器が一瞬で砕け散る。「何が起こったか理解できない」と思った瞬間だった。背中を尋常じゃない力で蹴られる。涼の体は、弾丸のような速度で斉木さんの店の外壁に叩き付けられる。黒い血がスローモーションとなり、大量に流れ出る。


「げほ、ぐが」


 蹴りの次は、右の拳を受け壁を貫通。地面に「ビー玉でも転がしているのかと錯覚しそうだ」しかし、頭と体が全く反応できず、涼はイリの「サンドバッグになる」しかなかった。


「こんな奴に、タール、グーンもやられたなんて、信じられませんね」


「……(は? 何をされたんだ。何も視えない。視界が霞む。目に黒い血が入る。何だか体が呑まれそうだ)」


「佐川!!」


 タールが叫ぶも涼が離れた位置に飛ばされ、「虚しく声が残響になるだけ」だ。イリがスピードを抑えて、ゆっくりと近づいてくる。涼には、「近づいてくる人物が誰だが認識もできない」し逃げる気力、体力も奪われてしまった。


「はぁ、がっかりです。佐川 涼。弱いあなたは、ここで終わりです」


 イリの太い左足が「涼の頭を潰そうとした」ときだった。土人形が涼の体を守っている。


「何です。これ?」


「やれやれ、破廉恥偽名りっくんもここで終わりか」


「たっくん、ナイスフォローですわ」


 イリの前に、執事服の男性とバーマスター風の女性が涼の前で仁王立ちしていた。


「誰ですか?」


「私はミカ、こっちはたっくん。宜しくね。影さん」

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