第9話

 恵は痛みを堪えて、ハンマーを後方へ投げた。ハンマーが何かに弾かれる。


 地面には闇が溜まり、池のようになっていた。地面に落ちたハンマーは、闇の中へ取り込まれた。

 円盤型の大きな盾を持ったサーザスが顔を覗かせる。


「これは良いハンマーです、良い収穫だ。残り時間も少ないことですし、あなたの能力は全て頂きましょう」


 ジリジリと迫るサーザス。佐川は頭が働かない。


「…(ど‥な‥っているんだ)」


 恵の右胸から黒い血が流れる。スタスタと佐川に駆け寄る。

 そっと右頬に手を触れた。


「涼ちゃんは何も気にする必要ないよ〜。涼ちゃんができないことは、私が背負うから」


 いつもの恵だ。

 佐川は声を振り絞るも声が出ない。「恵、恵、恵」と何度も頭の中で、声を掛けるも恵に届くことはなかった。


 恵は佐川に微笑みかけ、「ボソボソ」と何かを言った。サーザスの方へ体を向ける。

 恵の右手、左手が光出し、黄色と白の双剣が現れた。双剣を構え勢い良く走り出した。


 サーザスの盾と恵の剣がぶつかり合い、共鳴するように大きな音を立てた。


 あれから「どのくらい時間が経った」のだろう。


 本の数分のはずなのに、非常に長い時間に思える。佐川が目を覚ますと、半径500mは破壊されていた。


「涼ちゃん、無事〜」


 恵が顔を覗かせ、思わず左目から1滴の涙が溢れる。


「わわわ、涼ちゃん泣いてるの。もう大丈夫だよ、後5分の鐘がなってから2分経ってるし、これで元の世界に帰れるよ」


 恵の発言からこの世界は、別次元の世界ということがわかる。


 しかし、「今はそんなこと、どうでもいい」生き残ることができた喜びを噛み締めながら、お礼を言う。


「ありがとう」


 恵は耳を赤くし、照れくさそうにしていた。


「ここはまだ危ないから、少し移動するね」


 恵は左腕で佐川を抱える。


「いくら何でも力強くないか」と驚く。この「世界どうなっているんだ」とキョトンとした顔をした。

 よく見ると、恵の体は全身切り傷と打撲箇所があり痛々しい。


「無理させちまったな」


 恵は「えっへん」とドヤ顔する。両足に力を込めたが、恵は倒れ込む。

 2本の槍が恵の両肩に突き刺さっていたのだ。後方から下卑た笑みを浮かべるのは、サーザスだ。


「油断しましたね、私はあの程度では死にません」


 佐川は声を上げるより早く、サーザスから剣の横払いを受ける。


 恵は佐川を前方へ投げる。サーザスをゆうに超える高さだ。恵と佐川が空中で見つめ合う。恵はにっこりと笑う。


 その瞬間、恵の腹部から黒い血が吹き出した。サーザスは剣を投げ捨て、3本目の槍を出現させ恵の心臓に突き立てた。


「これで終わりです」


 恵は心臓を突き刺され、黒い血が大量に流れている。

 サーザスは口元が緩み、ゲラゲラと笑っている。空中でその笑みが刻み込まれ、佐川は地面に落下した。


 頭は怒りに支配され、悲痛な叫び声をあげた。


「サーザスぅぅ」


 その声は徐々に大きく、怨み声が響いていた。次第に闇が円周を絵描き、街を取り込み始めていた。

 サーザスの口が大きくなり、恵は一口で丸呑みにされた。


 サーザスの姿から見覚えのある恵の姿へ変身した。


「この女性は素晴らしい能力をお持ちのようだ。良い収穫です」


 闇の速さは時速200kmを超える程だ。サーザスは闇の方を見つめた。


「おしまいですか」


 サーザス、佐川は闇に呑まれ、視界も黒に染まった。

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