第2話 あの少年は魔時の海に溶けてゆく

「うん」

そういうと涼花も立ち上がり、私たちは小走りで玄関へと向かった。次のチャイムが鳴るまで五分しかない。私たちは玄関に着くと急いで靴を脱ぎ、階段を駆け上がった。小走りで廊下を走り、後ろのドアから教室へと入った。ドアの近くにいた数人がこちらを見る。私は軽く目を合わせ、自分の席へと向かった。


机の中から教科書とノートを取り出し、チャイムが鳴るまで教科書を見て時間を過ごした。それから数秒後、チャイムが鳴り先生が号令の合図をした。

「起立」

がらがらと席を引いて、机の下にしまう音が聞こえる。それが止んだのを確認すると学級委員が続けて言ったのを聞き、大多数で返事をする。

「気を付け、礼」

「お願いします」

今度は机の下から椅子を出し、席へと着く。


「じゃあ前回のところを開いてください。確か……」

いつもと変わらず授業が続く。五時間目も六時間目も何も変わったことは無く、そのまま掃除をして、帰りのホームルームが始まった。

「来週の月曜日はテストをするので、しっかり勉強してきてください。それでは号令お願いします」

その言葉に学級委員の一人が号令をした。

「起立、気を付け、礼」

「ありがとうございました」


その言葉が言い終わる前に勢いよくドアに向かって走る男子生徒を先生が少し呆れた目で見ながら、荷物を整理していたのを見た。私は鞄を肩にかけ、自転車置き場へと向かった。昼休みは話しかけてくれたが、帰りは友達と帰るらしい。


いつも一緒にいる子と廊下を渡る涼花の姿が見えた。私はその後ろを距離を開けてついてゆき、自分の自転車を押しながら校門を出た。校門を出て少し進んでから自転車に乗り、心地の良い風を打ち消すようにやってきた夏の太陽光に体力を奪われそうになりながら家へと帰宅した。


帰宅して、私服に着替えて少し休み、時計を確認する。午後四時二十分。私は、鞄かけからキャンバスバッグを手に取り、学校鞄の中から小説を取り出し、キャンバスバッグの中に移し替えた。飲み物、携帯を他にも入れ、階段を降り、家を出て、自転車に乗った。


海に向かう。海に近づくにつれ、潮の匂いが辺りに広がっていた。

自転車が留めれる場所に自転車を止め、砂浜まで歩いた。


魔時まがときの海は空気が澄んでいて、壊れかけのガラス細工のように儚かった。心の奥底にしまい込んだ感情を出してしまっても良いと思えるくらいに心地よい。私はその空気を吸い、砂浜に座り、キャンバスバッグに入れた小説を取り出して読んだ。


砂浜は冷たかった。それに比例するようにだんだん空気が暖色から寒色に移り変わるのが体で感じられた。ゆっくりと夕日は月に替わり、空は夜へと変わって行こうとしていた。文章を読んでいる最中、今日一日疲れたのか潮風が気持ちいいのかは分からないが、眠くなってしまって少し目を凝らした。


バシャ――

波が砂浜に打ち付ける音とは少し違う音。誰かが海の中に入るような。

音の方向に目をやると、一人の少年が海の中に入って行くのを見つけた。

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