【物語解説】「色彩を学んだ私は自分が有る森田研究室を語ることにした」

 読んで頂きありがとうございました。


 この物語は大学3年生の後半から卒業するまで所属した森田研究室での出来事を私目線で描いたものになります。


そして森田研究室を卒業した後、約10年経ってこのような物語に書き起こした理由は「この時の経験・体験が私にとって大きな意味を成すと共に、研究室で意図されたものがこの後の時代、特に若い人たちに必要である」と考えたからです。


 森田研究室の活動は全てにおいて基本的に森田先生をはじめとし、院生やイガさんに「ここはこう歩いてみようか」と手を引かれて行っていました。


これは卒業論文や作中にも出てきた環境論文という物を作るための時間が限られているためです。いうなれば森田研究室として1年半でやるべきことのゴールは既に決まっており、これを学生感覚のペースで進めていくと卒業の時期までに完成することは出来ません。だから当然導きが必要になるためです。


 この物語を読んだ時、心の中にはどうしてこんな意味不明でわけもわからない活動をしたのか?もっと言えば森田研究室は何を目的として森田塾という活動をしたのか?という疑問が湧いてくると思うのですが、それは私も同じでした。


この物語は「当時の私の目線」で描かれているため、この物語だけだと「本当になんでやったのか」ということがわからないままになってしまう。と書いている最中に思ったので「そうか、じゃあ解説を書けばいいんだ」と思いつき、書くことにしました。


 けれど前述したとおり、環境論文も含めて森田研究室の活動は導かれながらなんとか完成にこぎつけたため、学生の時点では森田研究室でやった内容について意図が理解できていない部分を残した状態で卒業することになります。


ですが私は卒業後、会社員として、組織人として、技術者として働き時間が経つと森田研でやっていたことの意図が分かってくるようになりました。これは言葉の表現になるのですが、基本的に森田塾でやったことに目的や目標は有りません。ですが目指したいたものはあります。


それが「目指すべき方向性を自分で考え、導きだせる。そのための材料を持たせて卒業していく」ということだったのではないか。と私は考えています。


森田研究室が目指したもの


 私を含めた同期は大学の工学部の電気電子工学科に通っていて卒業後は院生に行くとしてもいずれは就職します。これは言い換えると学生という立場の人はこの後「技術者」としてそして「組織人」として生きていく可能性がある。そんな人たちです。もちろん通っている学校や学部によってこれは左右されることになります。


 森田研究室が目指したのは「技術者として」「組織人として」という部分です。大事なことなのですが「森田研究室で技術者、組織人を育てる」ということではありません。誰も人を育てるということは出来ないのです。これを知るために「農」をやったのもあります。


 土に種を蒔いて、水をあげる。これは一見すると「野菜を育てている」と言えるかもしれませんが森田研が語りたい本質はそこにありません。事実として野菜は条件さえ整えば勝手に育ちます。もっと言えば何もしなくても育つかもしれません。


 けれど何もしないままに育っていく野菜はどうなるでしょうか?確かに実って食べることは出来ると思います。これは学校も同じです。学校を卒業すれば社会人として働くことは出来ます。そういう風に野菜は出来ているし学校も作ってあるからです。


 ですがある地点で「自分は何のために」とか「どうして働くのか」という疑問が湧いた時、それの答えは自分で見つけなければいけません。これは他人や世間の問題ではないため、外に答えを求めてもそこにはありません。これは圧倒的に自分の問題になるので自分の中に問いかけるしかないわけです。


 その時、その問いかけに答えを導き出す上で「どのように育ったのか?」もっと言えば「何を与えられてここまで来たのか、何が大切だと思ってここまで感じてきたのか」ということがとても重要になってきます。


 自分の問題に対して答えを出すためには自分で気が付くしかありません。そして気が付く為に必要な要素である「技術者として、そして組織人として持っていて欲しいもの、知っておいて欲しいもの」を森田先生やイガさんはただ与えるのではなく、学生が自ら探り出すための空間を作り、課題という形で様々なことを用意した。ということになります。


 草を刈った畑を用意するのか、肥料を入れた土を用意するのか。もしくは何も用意せずに畑を作るのかでは「育ちあがるもの」に差が生まれるのは何となくわかると思います。もちろんどれを選んでも「育ちあがるもの」自体に正解も間違いも有りません。ただ、それを見た時、自分自身が納得するかどうかが最も重要なことです。


そして持っておいて欲しいもの、知っておいて欲しいもの。これらはエッセンスと言えばいいのかもしれませんがそれは


・一人一役

・良きリーダーは良きフォロワー

・文系的な理系人、理系的な文系人


 になります。この3つは森田先生が数十年間企業の技術者として培ってきた、必要だと思ったことを凝縮し、私たちに分かりやすい言葉として伝えたものになります。


ある意味で言えばこれは森田先生が社会人として経験した技術者・組織人にとって必要な「軸」だとも言えます。ですがこれはあくまでもそれでしかありません。だからこそ、歴史的根拠のある4つの軸が必要になってくるわけです。


4つの軸について


 物語にも出てきましたが森田研究室の軸はこの4つ


・行動の科学

・デール・カーネギー

・シュタイナー教育における気質

・カール・ロジャーズ


になります。


森田研究室の活動は塾も含めてこの4つに寄り添うように行われてきました。大切なことなので断っておくと森田研究室は「シュタイナー教育を取り入れている」とか「ロジャーズの考えを実行している」というわけではありません。


 言うなれば森田研究室を卒業した人がこの4つを元にして活動を説明することが出来るし、考えることが出来るように成っている。という表現が正しいかもしれません。


 森田先生が私達学生に本当に伝えたかった意思や意図は森田研究室で行われました。これは間違いありません。だから4つの軸を自分の頭の中の基盤に置いて、自分自身で森田研究室について説明したり、考えるということは必然的に先生の意思や意図を考えることになります。


先生の伝えたかった意思や意図は「技術者として、組織人として」ということです。


そしてこの4つの軸を語るうえで大事なのはそれぞれにキチンと歴史が存在し、そこには歴史的根拠がある理論が構築されているということです。誰かが突然言い始めた「いい話」とか「いい理論」という物ではありません。


 ある理論やある根拠に基づいて考え、自分なりの答えを出す。というのは理系的な考えになりますがその理論や根拠について考えるのは文系的な考えになります。


 理系的な文系人、理系的な文系人。


 どちらか一方だけではなく、両輪そろって初めてということでもあります。


 ではどうしてそもそもこの4つの軸が必要なのかという話になるのですが、何かについて教えて貰った時、人は「先生やイガさんが言っていたから正しい。だからその教えを絶対に守らなければいけない」という割とありがちな考えに走ってしまいます。


 これだと先生やイガさんをただ神格化しているだけに過ぎません。先生は学生とカラオケではしゃいだり、イガさんは私の話そっちのけでお菓子を食べるような人たちですが、先生やイガさんは卒業と同時に私の目の前からいなくなります。そしてやがて時代が変われば結局教えて貰ったことを貫くことは出来なくなってきます。


 だからこそ教えて貰ったことを時代に合わせる必要が有ります。そしてそのために4つの軸にはキチンと歴史が存在し、辿っていくことでそれ自体が〝歴史的根拠〟となるわけです。


 歴史的根拠のある理論や考え方を持っているからこそ、自分なりに時代に合わせていき、自分なりの技術者、組織人としてどうあるべきか、どう振舞うべきかを自分自身で見つめることが出来るということです。


考えるということ

「よく考えて行動しろよ」


 という言葉を上司や先輩、親や先生という「大人達」から何回も聞くことが有ると思うのですが、これがさっき言った通りの「いい話」とか「いい理論」になります。


つまり「よく考えて行動しろよ」というのは至極真っ当な意見になるのですが、それの中身や内容は言われた本人が考える事になります。


 そして大人たちは考える材料を与えていません。


 だから「よく考えて行動しろよ」というのはイコールで「大人の私たちが不機嫌にならないように気を使って都合のいい行動をしろよ」と言っているのと同義になるわけです。


 あなたが「種」を持っているとしたとき、そのままでは何もできません。土、水、日光、肥料・・・と言った生長出来る材料や要素が周りに置かれ、条件が揃ったとき、はじめて動き出すことが出来るわけです。


 種に向かって何回も「おまえ、芽を出せ!」という風に命令したところで何も起きません。


 人は何かに寄り添うことで初めて考えるきっかけを掴みます。例えば私たちは日本人なので大抵の場合は日本語を使うわけですが、つまりそれは考えるときも無意識に「日本語に寄り添って考えている」ということになります。


 英語で考えたらまた違った考え方になるのは想像に難くないと思います。


 軸を知っていればそれに寄り添って考える。ということを選択することが出来る。ことが大事です。4つの軸を使って考えるということではありません。


4つの軸の内容について


 物語の作中でこの4つのうち私が触れたのは「シュタイナー教育の気質」に関してのみの部分になります。それも本当にさわりだけ。「こんなのがあるよ」という感じです。


 「そんなに軸が大切なら内容を説明するべきでは」と思うかもしれませんが、そもそも私が森田研究室に居た時、全ての軸について解説を受けた分けでも説明を受けた分けでもありません。


 これは既に軸の内容が先生、イガさん、そして院生の立ち振る舞いに溶け込んでいたため、わざわざ教える必要が無かったからです。


 例えば「挨拶はとても大切だ」という意見があるとして、そこには「では挨拶はどうして大切なのか」という説明が存在します。その説明が正しいか正しくないかはどうでも良いのですが、その説明を聞くことは出来ます。聞くことは出来ますが、聞いたからと言って実践できるというわけではありません。


 ですが話はシンプルなもので、森田研究室的にただ単に「挨拶の大切さ」を伝えたいのであれば院生やイガさんがそれを研究室で実行すればいいということだけになります。「いただきます」と同じです。研究室に入る時に有った玄関。そこには下駄箱があって「靴は自分の所定の位置に揃えておくこと」を先生、イガさん、院生が実践し、やって見せることで自然と4年生もそれに従うようになります。よく言う作法というやつですね。


 森田研で行われていた内容は作法でもあり、その作法には4つの軸の考え方が溶けているということになります。だから作法を実行する側の人間がその4つの軸の考えを知っていることが大切であり、これを知らないままに実行すると、その人はその先へ行くことが出来ないまま「先生、イガさん、院生がやっていたから正しいんだ!」という固定概念が完成してしまいます。


 私がこの解説の文章においても4つの軸についてほとんど説明しないのはこの「固定概念」を作りたくなかったからです。この内容を説明した時、それを読んだ人の中に固定されるということが森田研らしくないからです。


 ただ、シュタイナー教育の気質に関して触れたのは私にとってそこが変化したポイントだったからと気質は歴史的に流れがあるため、それを見ることが出来るからです。


 今の時代ならば4つの軸についてネットで簡単に調べることが出来ますし、本も手に入ります。もし、気になる方がいたら自分の手でこの4つの軸に触れてみて欲しいと思っています。


 結局、この物語がそれを表していて私がもし、仮に4つの軸について〝教えられていた〟としたら物語を書くことは無かったです。なぜなら教えられていたのであれば答えを知っていることになります。そこに答えがあるのであればわざわざ書く必要はありません。

きっかけを掴み、自らの手で探し出したからこそ、この物語という形の答えに私は辿り着いたという感じです。


環境論文について


 物語のキーワードの1つである環境論文。きっかけは森田研8期生の時にさかのぼります。その時、大学はちょうど周年記念を迎えていました。そのときの大学主導の企画で環境をテーマにした論文を学生に書いてもらうということをやったのですが、それに食いついた当時の8期生が「イガさん、こんなのがありますが書いてみましょうよ」みたいなことが始まりです。


 そこから流れが出来て


8期生 題名のない論文   

9期生 名もなき若者たち  

10期生 名もなき集団    

11期生 名もなきリーダーたち


 という論文が並ぶことになります。


 環境論文はそれぞれの期の色が出るものとなっていますし、期が進むごとにまた森田研も進んでいますが根本的な言いたいことの部分は同じになります。


 そして環境論文とは何なのか?という意味合いに関して言える1つだけ確かなことが有って、それが論文を見ることは「森田研の歴史を見ること」になります。あとから入ってきた人たちに向けて「やってきたことを論文という形で残す」ということになります。


これは卒業論文と全く同じになります。大学の卒業研究は「今から全く新しいことを始めます!」といって研究をやるわけではありません。前年、もしくはそれよりも前に既に研究は始まっていて、私たちがやるのは行ってしまえば続きからです。続きからやるのであれば前を見る必要が有ります。


卒業論文を読めば次に私たちが何を研究すれば良いのかが分かるのと同じことです。

 

 実はこれは会社に入っても同じことが言えます。会社に入った後、やることは継続です。となれば大事なってくるのはその前の歴史になります。

 

 環境論文を読めば私たちが森田研で「どのように振舞えば良いか」かが分かるはずなのですが、私は肝心の「読む」という行為をやるのに時間が掛かったため、長い時間よくわからないまま活動することになりました。


そしてそれ以外の意味合いに関しては「個人」に任せられている部分になっています。


 ここから語る「環境論文の意味合い」は私、松下一成の考えになります。


 環境論文とは自分自身が持つ思考環境を言語化したものだと私は考えています。思考環境ってなんだよって話になると思いますが、それは自分の頭の中にある考える部屋のような場所です。先にも言いましたが考えることは何かに寄り添う必要が有ります。キーワードになってくるのはこの「寄り添う」ということです。


 何かが起きた時、それは自分にとってでもいいですし、社会にとってでもいいです。そういう時、自分の部屋の中に有るものに寄り添って考えを作っていく、考えを深めていくことになります。私にとって森田研究室は思考の部屋みたいになっていて、何かを考える時などは大学生過ごしていたあの場所に、今も考える時に自分が座っている。そんな風なのを頭の中に持っています。


 寄り添う物を言語化し、まとめた物が環境論文になりますし、これは同時に「森田研究室」を経験しているからこその「環境論文」になります。だから実は私が書いたこの物語と合わせて読むと「繋がり」が見えてくるようになります。


森田研の共育・塾の役割


 教育ではなく共育になります。共に育つということになるのですが、これの実践はシンプルでそれが4年生が3年生に教えるということです。これだけですが教える側はキチンと知らないと教えることが出来ません。


 そして教えることの第一歩目としてあるのが本の引継ぎです。


 物語でも少し話しましたが本の引継ぎを行うのは本の内容を理解してもらうわけでもなく、ましてや環境論文を書く為でもありません。目的はプレゼン資料の作り方を研究室が始まる前の3年生に教えておくということと、研究室に通うという感覚を付けるためです。


 本格的な研究が始まり、先生の前でプレゼン資料を発表するというのは4月に待っています。その時、初めてプレゼン資料を作ることや人前で発表する事。自分がやったことをまとめるということをやると絶対に遅れが出てくるのはもちろんのこと、先生がプレゼン資料の作り方を教えなければなりません。


 これは事実、森田研究室に入ってからプレゼン資料の作り方に関しては先生の指導を受けることはありませんでした。あっても少し「表現を変えようか」くらいのものです。実験の予定表も同じです。先んじて森田塾で行われている味噌作りなどのイベントの予定表を作ることで前もって経験していたからになります。


 なので、この場合「本の内容を3年生に引き継ぐ」という意識を持つか「プレゼン資料の作り方や森田研の雰囲気を教える」という意識を持つかでは格段に教え方に差が出ることは明白になります。


 これ以外にもやったことは多数ありますが、共通して言えることは森田塾でやることは研究室でやることの形を変えて先にやるため、本業である研究の部分においては本当に研究だけを進めることが出来ます。


 そのため3年生が先生と行う初めてのゼミにおいてかなり早い段階から研究内容についての説明を受け、そして自分が行う研究の歴史、背景、内容を知ることが出来ます。それと同時期に自分を知るため自分史を書いたり、自分の考えをまとめたり、人前で発表したりということを早い段階からやっていくため、


 就職活動において非常に強みになります。


 大学の就活は10月に始まりますが、一般的に研究活動は大体次の年の2.3月から動き出すことが多いです。言い換えると2.3月までは「自分が具体的に何の研究をするのか」ということを知らないまま就職活動に臨むことになります。


 そして就職面接で必ず聞かれることが「研究は何をするんですか?」ということ。


 10月から自分が行う研究を知っていればここに対して答えることが出来ますし、同時に何の研究をしているのか?というのが就活においてとても大切なことだと気が付きます。


色彩について


 物語の最後のほうに出てきた色彩という分野。これに関しては当時全く分からなかったですし、就職したあともそれは変わりませんでした。しかし、私にはこれを学びなおすための時間が用意されてしまったのと同時に、色彩の学びなおしを改めてできたからこそこの物語を書くことが出来た。と言っても間違いではありません。


 シュタイナーの色彩を出発点に歴史を辿るとニュートン、ゲーテという人物が出てきます。そしてそれぞれについて深堀していくと「色を見るときの視点」というのが違うことが分かります。で、最も重要な事なのですが〝どれが正しくてどれが間違っている〟という話をしたいわけではなく、何が違ってどうしてそう見るのか?という考え方を知ることが大切なことだということです。


 1つの物事を3つの視点から見つめた時、新しい発見があるわけです。


 「森田研究室・森田塾」をシュタイナーの色彩の目線を知った私が見つめなおした時に、文章としてこのように書くことが出来たということになります。森田研究室の出来事を「物語」にすることが新しい発見。みたいな感じです。


 物語にも出てきますが私は色彩を「森田研究室の色」として研究室、先生、イガさん、院生、11期生の雰囲気を書くことにしました。そこには物質的な色は存在していませんが、確かに色は存在しました。


 他の研究室と森田研究室の違い。


 自分と他人の違い。


 色彩を学んだことによって「物語を書く」から「物語を描く」になり、そこに色彩が存在します。それは読んで頂いた人たちの中に溶け込み、様々な思いや感情がその色に合わせて自分の中から出てきます。


その出てきた物を否定するわけでも、肯定するわけでもなく、ただ「じっと見つめてみる」ということが大切な事なのではないか。と私は思います。


理解と納得


 こんな感じの森田研究室で行われたことには意図が存在しました。そしてそれに対して理解をすることが出来たとしても納得するということまで行くには社会に出て働くという経験をして、そこから「自分で気が付く」必要が有るのですが、その時に頭の中に「森田研究室で学んだこと」を常に置いておくというか、重ね合わせることになります。これは意識的に出来ることではない。と私は思っていてそれこそ自分の中の作法として形作られていればおのずと「納得」へと近づいていきます。


 例えば先生やイガさん、院生は学部生に対し、年下だからと言って「名前を呼び捨て」には絶対にしませんでした。必ず「ちゃん」を付けたり私のように「あだ名」を付けて呼ぶのですが、それを私も自然と会社に入った時に実行していました。


 そしてそれを続けていくとやっぱり大きな「気づき」がそこに生まれてきます。


 森田研でやったことの意図を理解し納得できるかどうかは結局、その人次第ということになるわけですが、そのためにはどうしても時間が掛かってしまいます。


 それが私にとっては「10年」という時間が掛かったということになります。

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