第13話 本線と補線

 大学3年生の10月から何が始まるでしょう。という問いかけに敏感になる人もいるかもしれない。年代によって始まるタイミングは変化するのだけれど私の年代ではこの時期からだった。


 そう、就職活動である。


 そして11月後半からは「卒業研究の引継ぎ」がゆっくりと開始され、さらに森田研は「森田塾でやること」この場合は先に言った本の引継ぎ、バーベキューのようなものが増えていくし、私はやっていなかったがOB会もある。


 おまけに大学の講義ももちろんあるし、部活動もある。


 やることが沢山でてくるわけなのだがこの中で多分最も重要なのが就職活動になると思う。もちろん行く人は少ないが大学院へ進学というのも選択肢の中にはあるが、私は大学院には行かずに就職するつもりだった。


 それでも同期の何人かに聞くと大学院に行くと決めている人や視野に入れている人ももちろんいた。この時期くらいから単独のイベントの独走ではなく、イベントの同時並行が当たり前になっていくことになる。


 とりあえず私も大学の就職支援セミナーに参加したり就職サイトに登録したりするわけなのだけれどあまり実感がわかなかった。だから無理やりわかせるために合同就職説明会に行くことにした。


 場所は東京ビックサイト。


 着なれないスーツとカバンをもって電車に揺られ、目的地の駅に着くとそこには沢山の学生が同じような格好で歩いているのを見つけた。その流れに乗っていつの間にか会場に到着すると沢山の企業がブースを構えて説明会をしていた。


「いっぱいあるなぁ・・・」


 会場をよく見ると大企業は数百人向けの凄い大きなブースと呼べるのか分からないがスペースを使って説明をしていて、それ以外の企業は小さい5~6人くらいのスペースが設けられていた。


 とりあえず話を聞こうと全然興味のない企業の説明を聞いたのだけれど何にもわからん。いやね、何をしているとかどういう物を作ってるとかそういうのは分かるんだけど、本当にこれから働くのかという感情が私にとって分からないというのが本音。


 そんな感情になりながら様子を見ているとある企業に目が留まった。すると私に気が付いたのか説明をしてくれる人が手招きをして私を呼んでいる。


「なるほど、こういうこともあるのか」


 促されるままに用意された椅子に座ると私一人しかいないのにも関わらず説明が始まってしまった。どうやら話を聞くと電気設備のメンテナンスを行っている会社らしい。


 私は1人なのをいいことに色々質問をした。


「これって、どうやったら面接とか試験とか受ける流れになるんですかね?」


「はい、弊社のHPもしくは就職サイトに乗っている場所へ履歴書を提出してください。そしてたら会社説明会を兼ねた筆記試験を行いますのでそこからですね」


「なるほど」


 その後、いくつか質問をすると、就職活動なんか当然初めてで流れなんか全然知らなかったのだけれど何となくわかってた。


 どうやらこういう合同説明会系は就職サイトの「イベント」みたいなものらしい。本当に行きたい場所が決まった場合はまず「履歴書」を提出する。企業によってはそこから「書類選考」がある。


 そしてその後、会社説明会を行った後に会社を受けるかどうかを決めて筆記試験。一般的には何だっけ英語の奴とか一般常識とかそういうのを経て、人事面接そしてそれが通れば役員面接の最終になる。


 会社の規模感によるのだけれど、筆記試験も何もなくいきなり役員面接というのもあるにはある。

 そんなこんなで私にとって初めての就職活動っぽいのが終了し、来た道を帰ることに。下宿先のアパートに着くと時刻は16時だった。


「良かった間に合いそうだ」


 この後は4年生と約束した本のまとめのプレゼン資料作りをしなければならないため、自転車を走らせて研究棟へ向かった。


 前日に行われたバーベキューの印象が強く残っていたためか研究室付近が少し静かに感じる。ドアを開けて中に入ると4年生が1人だけいるのが見えた。


「お、来たね」


「1人ですか?」


「うん、今なんかどっかいってるみたい」


 早速作ろうとのことでとりあえず指定された席に座り、渡された本を開きながらパソコンへ向かった。


「渡した本は少し見た?」


「少しだけですけど見ました」


「プレゼンの資料は作ったことある?」


「・・・高校の時以来ですかねぇ。それも数回くらい」


私の場合は工業高校だったため、卒業研究ならぬ卒業制作、卒業課題みたいなのがあった。そこでの発表会でも作ったことはあるのだけれど。


「これ、俺が3年の時に作ったやつ」


 そういうと見本のようなものを見せてくれた。ページ数は全部で6枚くらい。ちなみに本はキチンと200ページくらいある。


 本をまとめる。というのはもしかしたら最近だと一般的な感覚なのかもしれない。難解な長い本が10分程度の動画になっていることを見たことが有るかもしれない。


「本の要点を抑えてそれを自分なりにまとめればいいだけだから簡単と言えば簡単かな」


 簡単じゃないでしょそれ。この時の私は素直にそう感じた。


 だから最初は何も出来ない。重要な要点も何も分からない。だから結果として指導は受けたものの基本的には4年生が作ったものを人力で真似していくだけの作業になった。


 カタカタ、カチカチとキーボードとマウスの音が主張する研究室。すると何かに気が付いたのか私に質問をしてきた。


「松下君って企画でしょ?俺も企画なんだけどさ・・・」


 というと机の上から何かの冊子を取り出し、私の目の前に出した。


「・・・キックオフ合宿?」


 それはそう呼ばれる新4年生になったときに最初に行われる大きなイベントの案内のしおり。内容としては2泊3日で県外に行く旅行。その中でやることは大きな電気設備等の見学を行うのと、観光である。


 そしてこれが企画係メインの大きな最初のイベントとのこと。つまり旅行会社への連絡、施設の見学予約、観光先のチケットのやり取り、旅費の徴収などをしなければいけなくなる。


企画係を選んだ後悔2つ目の初情報である。


「でも、それより直近であるOB会と来月のバーベキューの方が先かな」


「そう、それ気になってたんですよ。バーベキューとかってどうやっているんですか?」


 やらなければならないことが決まっているのであればやるしかないのだろう。やや諦めて私は前向きに質問した。


「俺ら10期の初めてのバーベキューは凝りすぎて注意されたからそうならないように」


「凝りすぎたんですか?」


「うん」


 凝りすぎたというか気合が入りすぎたらしい。10期生はとにかく最初だからということで豪華にしようと思いついたらしく朝5時ごろに起きて築地までいって海鮮とか肉を買ってきたらしい。


「でもまあ、そんなの続かないし。そもそも森田研がバーベキューを月一回やってる意味をはき違えてたんだよね」


 そりゃそうだ。金がかかりすぎるのは目に見えてるし、気合の入ったものを毎月準備するのはキツイと思う。


「だから本当に近所のスーパーとか、車を出してくれる人が居るなら業務用スーパーがお勧め」


「な、なるほど」


 そんな話をしながらも手を動かしつつやっていると、何だかんだ資料は半分くらい完成したのだけれど、なぜこれを今やっているのかは分からない。


 ただ単に私は〝大学4年時に所属するための研究室に入っただけ〟なのになんか変なことをやらされているぞと少し思ったのである。


「続きは後日にしようか」


「そうですね、わかりました。ありがとうございます」


 そう言うと私は研究室を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る