第10話 一人一役

 時期はやがて10月後半に。何となくみんなの希望する実験班が決まっているようなそんな雰囲気。ゼミは本日で3回目を迎えた。流石に3回も顔を突き合わせていれば同期となる14人と仲良くなると思うかもしれないが実際中々そうはならないらしい。今の状態では大学で授業を受けているだけであり「みんなで何かをやっていく」とか「同じ研究室の仲間」であるとかそういう感じにはなりずらい。


 もちろん中にはゼミが終わった後に何人か集まって話しているのを見たことが有るのだけれど、私の場合は直ぐに部活へ行ってしまうためそれも無かった。


「森田研はね、会社ごっこみたいなのをやってるんだよ」


 そう森田先生が言う。なるほど、研究室の人たちが森田研究室という名前の入った作業着はそのためか。とここで一つ謎が解けた。先生は続けた。


「会社ってのには係がある。だから森田研にも係があってね」


 そういうとホワイトボードに先生は係の名前を書いていった。


 総務、企画、会計、卒アル、卒研、PC、ISOの計7つの係が存在する。このうち私の記憶が正しければ卒アル、卒研、ISOに関して言えば学内に有る各研究室共通の係であるため他の研究室にも存在するものであるが、多分他の係も形式を変えて総務や会計などがあると思うのだけれど森田研の場合はそれがかなり明確に分かれている。


 一人一役として意味を担うためだろうか。


 この係の名前だけでは分かりにくい物だけを説明すると卒アルは卒業アルバム係で卒業する際、大学側が贈る「アルバム」に必要な写真の提出や編集を行うという物。卒研は卒業研究係で研究の中間発表や論文、卒論の発表会などについて大学側と連絡をし合う係。


 PCに関しては研究室で使っている共同のPCの管理。ISOは名前こそ分かりにくいかもしれないが簡単に言えば研究室も当然学内に有るため清掃関連の係になる。


 そして実験班と同じくこれのどれか1つをやらなければならないのだけれど私は自分が出来そうなものを選ぼうと思い「企画」を選んだ。理由は単純で部活動でイベントや合宿などのそういう「まとめて何かやる」ということをやってきたことがあるから。


 だから出来ると思って手を上げたのだけれど今これを書いている自分がもしこの時の自分に声を掛けることが出来るので有れば一言いいたい。


「企画は大変だからやめておきなさい」と。


 そして研究室活動における中核になりそうな雰囲気を醸し出している「総務」は既に決まっていた様子だった。


 彼らに総務が決まったのは多分面接の時だと思う。何となく話してみて任せても大丈夫だろうという判断がどこかでされたのだろう。こればっかりは面接を担当した4年生に聞くしかないのだけれど。


 だから既に私の知らないところで2人は動いていて、例えばこうやって先生とゼミを行う教室の使用許可を大学側に申請したり、予定とかそういうのを4年生や院生と連絡を取ったりとかそういうことをやっていた。


 何となくこの時点でこの2人は抜け出た存在になった。なんだろう、なんて言えばいいのか。とにかく単純な同期ではなくいち早く研究室側に立ったと言えるかもしれない。だから「研究室で行うことはとりあえずこの2人が中心になるんだろうなぁ」と思ってはいた。


 まあというわけで数回のゼミで私は実験班と企画という係の2つの役を決めたことになる。


 そしてその日のゼミ終わりに4年生からある紙を受け取った。


そこには「森田塾 予定表」と書かれていた。


「・・・これってこのゼミの事じゃないんですか?」


 そう私が質問すると


「違うよこれじゃない。違う物なんだけど来ればわかるし、強制じゃないから別に来なくてもいいよ」


そういわれてしまった。


 予定表を確認すると森田塾は毎週土曜日に開かれるらしいのを見た瞬間、私としては素直に「土曜日かぁ・・・部活があるから行かなくてもいいかな」と思った。同期の何人かにも相談したら「俺もバイトあるし」みたいなことを言っている人が居て強制じゃないのであればそんなに行く気もしないし、どうしようかなと悩んでいる人もいた。


4年生に「森田塾は何をするんですか?」と聞いたところはっきりとは答えてはくれなかったのもあって結局私は行かないことにした。


 後日、森田塾は行われたらしい。というのを授業でたまたま居合わせた同期から聞いた。すると彼が言うには「来た方がいいっぽいよ」という感想。


 その後何回か行かないのを繰り返していく学内で出会う院生たちから「松下君、森田塾出てみなよ」と言われるようになった。


 結局私は周囲に促される形で森田塾に出ることになった。


 そしてここまではゼミの開始時期が早い以外は普通の研究室なのかなとか思っていたものの、森田研が森田研であるが故の理由とそして周囲から「面倒だよあそこは」という風に見て取れる片鱗が始まることになる。


 まず、先生は先だってのゼミの中で「会社や組織」について話すことが有った。森田先生は元企業人で技術者。そして私達学生は将来的に技術者になっていくことになる。


 これは森田先生に直接聞いたわけでもないので私が汲み上げたものになるのだけれど、簡単に言えば卒業後に結局会社や組織で働くことになる。だからこそ、そこでの振る舞いやそのために知っておいて欲しい事、今から身につけておいて欲しいということをここで学んでほしい。


 と考えているのだと私は思う。


 それで単にそれだけを言うのであれば簡単なのだけれども具体的に何をするのかと言えば、それは突発的な誰かの言葉ではなく、きちんとした軸に沿って学ぶのが大事という話。


 〝突発的な誰かの話〟というのは例えば「社会人になったら付き合いが重要だ。だからそのために飲み会には参加し、コミュニケーション能力を高めよう!」とかそういうやつ言っていることは理解できても酒飲みしか納得しないような理由では


もう次の時代の人たちは誰もついてこない。


 だからこそ何かに沿う必要が有って、それを私は「軸」と呼んでいるのだけれども、分かりやすく言えば「哲学・思想」である。


 回りくどい説明をしてしまったが要するに森田研はいくつかの「軸」を取り入れて教育ではなく「技術者に成る」共育を行っているということである。


 ・・・先生にうっすらとその「軸」についての解説的な物を受けたのだけれど本当に表面上だったことと私が殆ど興味がわかなかったため覚えていなかった。


 ただ印象に有ったのは


「部活が出来る土曜日の時間が、本来の研究活動とは関係のない活動によって短くなってしまう」ということだけ。


 でも仕方ない。来て欲しいと言われれば一回行ってみるか。と考えて私は次の森田塾の席へ向かうことになった。

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