第29話:大賢者5《特異点》

 桐生はSCP-X1751-JP-Aにこれまでの経緯、"異世界の門"が基底世界に現れ、その内部調査の為に財団が調査団を派遣したこと、基底世界とこの世界の共通点の多さからここは基底世界とパラレルワールドの関係にあると推測されること、そして自分を含めた調査団の生存者が基底世界に戻るにはやはり再度(?)基底世界への門を開いてもらう必要があることなどをざっくりと説明した。


「クハハ! クラウスよ、地上への道案内にウィル・オー・ウィスプはないだろう? せめて意思疎通ができる相手を用意してやれ」

 桐生は真っ先に食いつくところがそれか? と思ったがウィル・オー・ウィスプの代わりに意思疎通が出来る案内役が召喚されるのならそれに越したことはないと思い、特に突っ込むことはしなかった。

「は? はあ……御身のままに……」

 クラウスは訳が分からないといった釈然としない表情ではあったが一応はそれを承諾した。


「それとな、クラウス、コイツは人格こそキリュウという人間のそれだが私の写し身であることに変わりはない、人間的な表現をすればいわば弟……いや妹? まあ親戚のようなものだ。コイツに敵意を見せたら今度は私がお前の腕を引きちぎってやるからな」

「はっ! 大変なご無礼、誠に申し訳ございませんでした」

 クラウスはSCP-X1751-JP-Aに対し平伏する構えを見せ謝罪した。

 謝る相手が違うんじゃないか? と桐生は思ったが、それもスルーした、別にクラウスに謝罪されても嬉しくない。

 桐生はそんなことよりもまずは基底世界への門の生成方法について今のSCP-X1751-JP-Aがどの程度の認識を持っているのかを確認しようとした。

「SCP-X1751-JP-A――」

 と、その呼称を声に出したところでその口を噤んだ、今のSCP-X1751-JP-Aはまだ財団で収容されているわけではないので向こうもそれが自分の呼称とは認識していない、何と呼称すべきだろうか……先ほどクラウスが言っていた『原初の魔人』というのがこの世界での通り名だろうか?

「えすしー……何だ? それが今の私の名なのか?」

「いや……今の時点では違う、先ほどクラウスが『原初の魔人』と呼んでいたが俺もそう呼ぶべきか?」

「私の呼称など時代によって様々だ、好きに呼べばいいと思うが……一つだけ永久に変わらない真名はあるな」

 それを聞いたクラウスが慌てて SCP-X1751-JP-A に耳打ちしている、おそらくこのようなヤツに教えてやる必要は無い的な事を言っている。


「ニヒリス……私の名はニヒリスだ、今後お前がこの名を口にすることを許そう」


「そうか……分かった」

 クラウスの反応からしておそらくこれはこの場以外で口外してはいけない名だと桐生は理解した。


「それでニヒリス、俺の推測通りならお前はこれから1年後に俺がいた世界への転移門を開くことになるが……出来そうか?」

 ニヒリスはしばらく考える仕草を見せこう返答した。

「お前が言うパラレルワールド、世界線の概念は理解した、確かにその存在をおぼろげながら知覚することは出来るが……お前の言っていることが確かならこれは無限に近い数で存在する、お前が存在する世界だけに絞っても膨大だ、その中から今このような状態になるであろう世界線を特定するなど不可能に思える」

 確かにその通りなのだが、実際にニヒリスは基底世界への門を開いた。必ず出来るはずだし、やってもらわねば困る。

 基底世界と、ある程度共通の文化を持っていることから元は同じ世界だったことは間違いないだろう、基底世界とこの世界での大きな差異としてはやはり魔法の存在だ、魔法の存在とほぼ同義だが基底世界ではごく微量にしか検出できない魔素が大量に存在していることなどが手掛かりとなり得る。この世界の歴史において基底世界では発生しなかった魔素の大量発生を引き起こした何か大きな出来事があったのは間違いなく、それがおそらく世界線の分岐、特異点だ。その特異点そのものがここにいるニヒリスではないかと桐生は推測している、基底世界にこんなやつは存在していないからだ。


「ニヒリス、俺はお前の存在自体が、この世界と俺のいた世界が分岐した原因だと推測している、まずお前が存在する世界と存在していない世界を区別するだけでだいぶ絞り込めるはずだ、そしてお前がこの世界に現れた瞬間を特定できればやはりその瞬間を起点にさらに絞り込める――お前はいつ、この世界に現れた?」


「それが自分でもわからん、初めて自我を認識したのは相当昔のことだが、それからここに封印された時に一度意識を喪失している。その間どの程度眠っていたのかも見当がつかん」


(ダメだ……)ニヒリスの出現を起点とした世界線の分岐年代を特定することは無理そうだ……。

 いや、待て。基底世界のニヒリス……SCP-X1751-JP-Aの証言では確かこの世界の地上は見た目が中世で日本の娯楽作品にみられるファンタジー世界に似ていると形容していた。おそらくSCP-X1751-JP-Aが言う中世とは西欧の中世時代のことだ、基底世界における西欧の中世時代と言えば5世紀~15世紀……少なくとも5世紀までの歴史は共有しているはず、だとすると今から約1600年前から現在までのどこかの時点でニヒリスは出現していると予測できる。


「ニヒリス、お前がこの空間で目覚めてからの年数は記憶しているか?」


 ニヒリスはクラウスと顔を見合わせ"はて?"みたいな顔をしている。

(こいつら……)役に立たねぇなと思いつつも、口には出さなかった。

「わかった、つい先日お前が発生したとも思えない、今から1600年前を起点として、そこからお前が目を覚ましてここで過ごした期間を大体でいいから差し引け、その期間内に俺がいた世界とこの世界が分岐した瞬間があるはずだ」

 ニヒリスは目を伏せしばらく考え込んでいる。

 桐生は三次元生物である人間――厳密に今の桐生は人間ではないかもしれないが思考ベースは人間だ、パラレルワールドや世界線の分岐など推測することは出来るがそれを実際に知覚することは出来ない、だがSCP-X1751-JP-Aの右腕だったモノの口ぶりではおそらくニヒリスはそれを知覚することが出来るはずだと確信している、そうでなければこの世界と基底世界を繋ぐ門など作れるはずがないからだ。


 しばらくの間、沈黙がこの空間を支配し、その沈黙を破るようにニヒリスが目を開きこう発言した。


「お前が言う期間の間でそれらしい分岐を見つけた、その分岐した枝の中に私が存在しない、且つお前が存在している世界線も見つかった。だがそれでもその数は膨大だ、今の状況と全く同じ条件を満たす世界線を特定するにはやはり時間がかかりそうだ」


「どのくらい時間がかかりそうだ?」


「100年」


「ひゃ……いやそんなはずはない! お前は1年後には基底世界への門を作り出して――」

 桐生はそこまで言うと、ふと疑問を抱いた。

 その1年という数字の根拠は何だ?

 それはSCP-X1429-JP"修復タイマー"の、この世界での挙動を、消失した機動部隊員の年齢から推測した。

 SCP-X1429-JP"修復タイマー"の能力は本来、対象の状態を指定したメモリの時間、最大30分過去の状態へと変化させる能力だ、この能力がこの世界で1メモリあたり1年に変化したと仮定すると30歳未満である機動部隊員の肉体が消失した現象の説明がついたからだが、仮に1メモリあたり100年と仮定した場合でも同じ現象は発生する。


(単純に100年前に時間遡行させられた?)


 桐生は自身の肉体とSCP-X1751-JP-Aの右腕が融合した理由については既に結論を出している。SCP-X1429-JP"修復タイマー"が自身の肉体とSCP-X1751-JP-Aの右腕を区別しなかったからだ。

 よくよく考えてみると比良山が使用したSCP-X1090-JP"天狗の面"や矢部の式神、楠の護符や谷口が使用したSCP-X0196-JP"無銘の妖刀"の例を見るに、それらは基底世界の効果をそのまま強化しただけとは言い難い変化を起こしていた。

 もし単純に100年時間遡行させられたのだとしても、自身の怪我が完治したことには理由が付いてしまう。

 ……融合したSCP-X1751-JP-Aの右腕自体が再生能力を持っているからだ。


「100年……」

「そうだ。おそらく人間ベースのお前は完成前に寿命で死ぬだろうな」

「……一応聞くが、寿命を延ばす魔法なんかはあるのか?」

「さあな、私やクラウスには寿命という概念がない。お前が人間の老化のメカニズムを完全に理解し、老いを防ぐ方法を明確にイメージできれば開発できるのではないか? もしくは他者の意識を乗っ取り、転生するといった方法も考えられるが、その場合は肉体を捨てるわけだ、私の写し身の力を失うことになる」


 桐生は頭を抱え込んでしまう、”老化のメカニズム”これは単純なように見えて実は複雑だ、実際に人類は未だに老化を克服するすべを持っていない、いくつか有力な仮説があるだけで人は人類――生命そのものを完全に理解できていないのだ。

 こちらの世界には転生という概念はあるらしいがSCP-X1751-JP-A――ニヒリスの写し身を失うことになる……それはそれで困るし、仮にその選択をした場合やはり写し身は死ぬことになるのか? そもそも転生という概念が分からない……。


 ニヒリスが試算した100年という数字とSCP-X1429-JP"修復タイマー"1メモリあたり100年と仮定した場合の挙動が偶然の一致とは思えないのでおそらくここは100年前で間違いない。

 だとすると、原田や比良山を帰還させるにはちょうど100年後に基底世界への門を開く必要がある、これは早すぎても遅すぎてもダメだ。

 自身も帰還を果たす場合はこれから100年間健康なまま生き延びる魔法を編み出すか、この世界では可能とされる転生技術を使うしかない、だが逆に考えればそれらの技術を研究する時間的猶予を与えられたとも考えられる。


 桐生は腹を括った、まずはニヒリスに基底世界への門を開けさせることを優先させ、100年かかるというのならその間、延命魔法や転生魔法の研究をすればいい、ついでに三層のオーク共を教育してやれば未来の調査団の旅路もだいぶ楽なものになるだろう、人間の集落だと期待して非常にがっかりした記憶が鮮明に蘇った。


「わかった。ニヒリス、基底世界――俺がいた世界への門のことはお前に任せる」

「ああ、任せろ。お前から受け取った思念には他にも興味深い情報が残されていた、必ず100年後には門を開いて見せよう」

 興味深い情報とはおそらく漫画やアニメのことだろうと、桐生はそれとなく察した。


 *


「では俺は、これから地上を目指す。延命魔法や転生魔法の研究、その他諸々やるべきことがあるからな」

 桐生は自分が帰還できない可能性があることは理解していた、だが取り組むべき研究テーマがはっきりと示されたことで研究者としての血が騒ぐのか、その表情に悲壮感といった雰囲気は漂っていなかった。


「時間的な余裕は残されている、たまには顔でも見せに来い」

 桐生はニヒリスの言葉に笑顔で応えると、来た時と同じように第五層への転移門に気合を入れてタックルした。


「ぐおお……やっぱ痛てぇー!!」

 桐生はニヒリスの『たまには顔でも見せに来い』という言葉の重みを違った意味で噛み締め、やはり痛みに悶絶しながら第六層を後にした。



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 あとがき

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 第13話で消滅した機動部隊員は3000年前に飛ばされた上、怪我も治らず死にました。合掌 (-人-)


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