第28話:大賢者4《クラウス》

 桐生は第六層への転移門がある広い神殿にたどり着いた、やはり床面に魔法陣が描かれている。

 SCP-X1751-JP-B"上位悪魔グレーターデーモン"自体は問題なく処理できるであろう自負はあったが、その後に現れるであろう天使の群れの対処は面倒くさいと感じていた。だがこの魔法陣は壁際に沿って迂回しても発動していたので戦闘は不可避だろう、桐生はそのまま魔法陣の上を歩いた。

 おかしい、魔法陣が光らない。結局、何事もなく魔法陣を通過することが出来た……おそらく人間判定されていない、ウィル・オー・ウィスプが通過できたのと同じ理屈だろう。

 桐生は少し釈然としない感じを抱いたが、何事もなく通過できるのならそれに越したことはないので、のウィル・オー・ウィスプ同様にそのまま最短距離を歩き、第六層への転移門に到達した。

 桐生は内部は真っ白い空間でそしてクラウスがいるであろう事を想定し転移門をくぐろうとしたが、まるで電子機器がショートしたかのような音と火花、そして激痛を伴い桐生は門から弾かれた。


「おい、通れないぞ?」

《次元膜》が展開中であるにもかかわらず痛みを感じたことに違和感を感じたが、まずは通れないことをに伝える。

「わらわを封印する結界の力だな、外に出られぬのは当然として中にも入れぬとは想定外じゃった」

「おいおいおい……ここまで来てそりゃないだろ? 結局また地上を目指すのか?」

 桐生は呆れ果てたように腰を落とす、科学者にあるまじきヤンキー座りだ、もし煙草を所持してたなら間違いなく火を付けただろう。

「いや、弾かれはしたが少し体が入ったじゃろ? わらわを封じる結界ではあるが今のわらわは桐生の体の一部、割合的には5:1で桐生じゃ。《対魔法領域アンチ・マジック・フィールド》で結界を中和し、《身体強化フィジカル・エンハンスメント》を限界までかければ結界の力を押し返せる」

「ちょっとまて、すげぇ痛かったぞ!? 《次元膜》はなぜ効かない!?」

「幻痛じゃ、実際にダメージを受けてるわけではないからな」

 桐生は痛みを感じた部分を確認してみるが、やはり損傷は受けていなかった。


「……わかった、やれるだけやってみよう」

 桐生はそう言うと《対魔法領域アンチ・マジック・フィールド》と《身体強化フィジカル・エンハンスメント》を全力で展開し、ラグビーのタックルのような姿勢を取り、これから襲ってくるであろう痛みに備えて深呼吸をする。

「いくぞ!」

 桐生は結界が張られた転移門に全力でタックルをかます。

「痛ってぇぇ!」

 だが確実に先ほどよりも体がめり込み、押し戻される力にも抗える、なんとかいけそうだ。さっさと通過してこの痛みとおさらばしたい、そう桐生が考えていると――

「そうじゃ、肝心なことを言い忘れておった。結界内でわらわは意識を保つことが出来ぬ、本体がおるからな、よって《次元膜》を使ってやれん、十分に気を付けろ」

「あ゛あっ!?」

《次元膜》を使えない? 何かそんなようなことを言われた気がするが痛みでそれどころではない。既に桐生の体は半分以上結界の中だ。

「う゛お゛お゛ーー!」

 そんな雄たけびを上げながらようやく桐生は結界と第六層への転移門を通過した。


 桐生は自身の膝に手をつき、肩を大きく揺らし息を切らせながらもゆっくりと顔を上げる。

 見知った真っ白い空間ではなかった、広大な書庫か図書館といった風景が目の前に広がっており、そして桐生が立っている正面側の本棚で出来た通路には見知った執事姿の男、クラウスがいた。

 クラウスは手に取っていた本を本棚に戻し、まだ息を切らせている様子の桐生と向かい合う形に体勢を傾けこう尋ねてきた。


「あなたは我が主を解放せしむる者か? それともここに御座す御方を原初の魔人と知りながらこれを討伐せんとする愚か者か?」


 桐生は”何言ってんだ”的な表情を見せながらもこう返答する。

「どっちでもねぇよ……クラウス、今はお前に用はねぇ、今すぐSCP……いやお前の主人を呼んできてくれ」

 桐生の推測であればここは過去の世界だ、SCP-X1751-JP-Aと言っても通じないだろうと判断し、そう訂正した。

「おや? 何故私の名をご存じで? 私はあなたに会ったことはありませんし、そもそもここに到達した人間は私が知りうる限りあなたが初めてです」

「ああ、それはな、話せば長くなるが――」

 桐生が経緯を説明しようとした矢先、いきなりクラウスが魔法陣を展開した。

 !?

 桐生はその問答無用さに多少驚きはしたが、SCP-X1751-JP-Aの右腕だったモノはこうなることを見越した上で自身に魔法の特訓をさせたのだと妙に合点がいった。

 どうやら先ほどのどさくさ紛れに話しかけられた言葉通り、《次元膜》は展開されていないようだ、桐生は即座にクラウスの魔法を分析する。

(これは《対魔法領域アンチ・マジック・フィールド》……いや《魔法封じマナ・ドレイン》か?)

対魔法領域アンチ・マジック・フィールド》のように広範にわたる魔素の低下はなく、桐生の周辺だけ極端に魔素が減少している、が、桐生の――SCP-X1751-JP-Aの魔法は周辺魔素での増幅、魔法陣の詠唱を必要としない、この世界においても特殊な魔法とのことなので、周辺魔素を減少させられようが普通に発動する。

 桐生が自身にかけられている魔法の分析を終えるか終えないかといった矢先に、クラウスが何か高密度の魔力エネルギーを放射した。

 おそらく高威力の《火球ファイア・ボール》だと思われる、桐生は《対魔法障壁アンチ・マジック・シールド》を展開すると同時に複数の《光の矢ライトニング・アロー》をカウンター気味にクラウスに放つ。

 やはり《火球ファイア・ボール》だったそれは《対魔法障壁アンチ・マジック・シールド》によって防がれ、着弾と同時に《光の矢ライトニング・アロー》もクラウスに到達した。

 クラウスも当然のように桐生から放たれた《光の矢ライトニング・アロー》を全て《対魔法障壁アンチ・マジック・シールド》で防いでいる、だが全て防いだ割には何故か顔を歪ませ苦悶の表情を見せている。


「無詠唱魔法……不敬な!」

 クラウスがそうこぼすと、書庫のような図書館のような風景が色を失っていき、見知った真っ白い空間へと変化した。

(何が『不敬』だ、お前の方がよっぽど不敬だ)

 桐生はクラウスの呟きを聞き洩らさなかった、口には出さなかったがそう突っ込みを入れながらも、慎重にクラウスの挙動を観察する。

 クラウスは体を震わせながらその表情をより醜く歪ませていく、そして前屈みな姿勢をとったかと思うとその背中からいかにも悪魔らしい蝙蝠のような翼が服を突き破り生えてきた。その翼は大きな音を立ててはためくと、クラウス自身も大げさに両腕を広げ、まるで演説でもするかのような態勢をとった、と同時に、クラウスの周囲に無数の魔法陣が出現した。

 桐生は既に《対魔法領域アンチ・マジック・フィールド》を展開中だ、やはりクラウスも魔力の扱いに長けているのだろう、クラウス周辺はレジストされているのは明らかだが、発動した魔法の威力を減衰させる効果もあるのでそのまま展開し続ける。

 クラウスがその無数の魔法陣から放った魔法は先ほど桐生が放った魔法と同じ《光の矢ライトニング・アロー》だが、その量が桁違いだ、どこに飛んでくるのかわからないため、桐生は自身を覆うように《対魔法障壁アンチ・マジック・シールド》を展開し、全方位から飛んでくる《光の矢ライトニング・アロー》を防ぐ。

 その《光の矢ライトニング・アロー》はしばらく桐生に降り注いだが、その全てを防ぎ切り、改めてクラウスが立っていた場所を見返すとクラウスがいない。

 桐生は油断していた、あのヤケクソ気味な《光の矢ライトニング・アロー》は陽動だったと気付いた頃には天井……といっても壁面と同色で分かりにくいが、その付近に猛烈な勢いの魔力の収束を知覚した。

 クラウスは先ほどの演説をするかのような姿勢のまま空中に浮遊し三つの魔法陣を展開している、その両手にはフ・サイデルが放った《殲滅魔法アナイアレーション》クラスの魔力の塊が生成されている。

 もう一つの魔法陣は何だ? 桐生が分析を試みようとした瞬間、クラウスはまだ収束途中の魔力塊を二つ同時に放ち、そして魔力塊を放った反動でそのまま自身の背後に現れた転移門の中に姿を消した。三つ目の魔法陣の正体は上位転移魔法 《転移門生成ポータルゲート・クリエイション》だった。

 桐生は焦った、放たれた二つの魔力塊は収束を続けながらも、まるで連星のように互いを引き付けあいながら螺旋を描き、猛スピードで迫ってくる。その光景を目の当たりにした桐生が真っ先に連想した単語は、実に科学者らしく『対消滅』だ。


 仮にあれが対消滅を狙った物かどうかは放たれた魔力塊の分析を行う必要があるが、そんな時間的余裕はない。

 対消滅ではないとしてもあれらの個々の威力は《殲滅魔法アナイアレーション》クラスである。桐生は《対魔法領域アンチ・マジック・フィールド》で威力の減衰を行いつつ、間隔に余裕を持たせて八枚の《対魔法障壁アンチ・マジック・シールド》を自身を覆うドーム状に展開すると、収束しきったであろう二つの魔力塊が一枚目の《対魔法障壁アンチ・マジック・シールド》に接触するかしないかの距離で融合し光を放った。

 瞬時に《対魔法障壁アンチ・マジック・シールド》が五枚消し飛んだ。続いて間を置き六枚、七枚と《対魔法障壁アンチ・マジック・シールド》が破壊されていく。

 光と轟音が鳴りやまない、第六層全体が激しく振動する。

 桐生は追加で二枚 《対魔法障壁アンチ・マジック・シールド》展開するがこれ以上は展開するスペースがない。

 八枚目が破壊され九枚目にひびが入ったところでようやく力が拮抗し始めた。《対魔法領域アンチ・マジック・フィールド》が威力を減衰させたか爆発エネルギーが尽きかけているのか、もしくはその両方か、九枚目が破壊され十枚目のところでようやく光と轟音が収まっていく、結局最後の十枚目で爆発を凌ぎきれたが、桐生はかなり肝を冷やした。


 光と轟音は完全に消滅した。通常この規模の爆発であれば炎や煙で空間は満たされているはずだがそれがない、フ・サイデルの時にも感じたがおそらくこの爆発は物理現象ではない、純粋な魔力エネルギーのみが放射されたものだろうと桐生が分析をしている最中、そのエネルギーとは別の何かが凄い勢いで回転しながら突っ込んでくる、それは爆発を何とか凌いで緊張の糸が切れかけていた桐生の虚をつく形で最後に残った《対魔法障壁アンチ・マジック・シールド》を粉砕するとこう叫んだ。


「この……化け物がぁ!」


 突っ込んできたのはクラウスだった、クラウスがまさに人並外れた身体能力とその回転の勢いを加算した手刀で桐生の首に狙いを定めている。桐生は突然のその突撃に対応出来ずにいたが、跳ね飛んだのは桐生の首ではなくクラウスの手首だった。


 桐生は《身体強化フィジカル・エンハンスメント》で限界まで生身の防御力を高めていたがそれでも首に強い衝撃を受けた。一方クラウスは手首がちぎれた方の腕を抑えながら苦しみ悶えている。

 桐生はさすがにこの殺意の塊を殺してやろうかと思ったが、近い将来、財団の調査団に案内役のウィル・オー・ウィスプを召喚するのがクラウスだと思い返し、首を手でさすりながらなんとか殺すのを思い留まった。

 するとクラウスが懲りずに魔法陣を展開し、何か巨大な氷柱つららを数本飛ばしてきたので、桐生は反射的に、その本数分の最低限の面積を持った《対魔法障壁アンチ・マジック・シールド》を複数展開し全ての氷柱を粉砕すると同時に、今見たものと全く同じ魔法を再現しクラウスに放つが、放たれた氷柱は突然現れた複数の時空間異常――転移門に全て吸い込まれた。

 これはクラウスの魔法ではない、こんな芸当が出来る存在はヤツしかいない。

 桐生がその姿を連想したと同時に、いつの間にかクラウスの前に少女の姿をした異常存在――SCP-X1751-JP-Aが立っていることを視認した。

 突然現れたSCP-X1751-JP-Aは桐生に対し少し斜に構え、俯いてはいるがその目は確実に桐生を見据えていた。


「お前……私の写し身の力を使っているな?」


 今の桐生は魔力を知覚することが出来る、とんでもない魔力量だ……クラウスも相当だったがまさに桁違い、月とスッポンの比喩が全く比喩にならないレベルの魔力の圧に桐生は気圧されながら、その言葉の意味を考えた。

 おそらく写し身というのはSCP-X1751-JP-Aの右腕のことを指していると思われる。

「あ、ああ……話すと少し長くなるが――」

「どのような手段を用いたかは不明だが、私はお前に写し身を与えた覚えはない、回収させてもらう」

 SCP-X1751-JP-Aは桐生の弁明など聞く気はないようで、食い気味にそう話すと桐生に向けて手をかざした。

 途端に桐生の体から霧状の何かが飛び出し、そして瞬時にそれはその手に吸収された。

「ちょっ! 待て待て! 話を聞け!」

 桐生が慌てながらSCP-X1751-JP-Aに詰め寄る姿勢を見せた瞬間、この時を待っていたとばかりにクラウスが桐生へ向けて《光の槍ライトニング・スピア》を放った。

 またも桐生は虚を突かれた形となったが、先ほどまでの戦闘の熱が冷めきらずにいたのかクラウスの急激な魔力の上昇に身体が即座に反応し《対魔法障壁アンチ・マジック・シールド》三枚を展開すると、その計算通り、ちょうど三枚目で《光の槍ライトニング・スピア》の貫通を止めた。

(こいつ、もう手首が再生されている!?)

 桐生はクラウスが手首を再生させたことも加味して、すぐさま腕一本ねじ切るイメージを放出した。

 クラウスの右腕が瞬間的にねじれたかと思うと、クラウスは左手でその回転を止め、そして悶絶した、

 切断は免れたようだが相当痛かったようだ。

(器用なことをするやつだな……)

 桐生はそう思いながらも、SCP-X1751-JP-Aの右腕と融合したことで獲得した力を奪われていないことに胸を撫でおろした。

 SCP-X1751-JP-Aは未だ悶絶しているクラウスを一瞥すると、クラウスにとっては衝撃的であろう言葉を口にした。


「回収できんな。どういう理屈かわからんがお前はその写し身の正当な所持者、ということになっている」

 桐生は、もっと早くクラウスに教えてやれよ! と心の中で突っ込んだ。


「代わりに回収できたコレは……思念か? お前、わざとこれを回収させたな?」

 桐生は全くそんなつもりはなかったが、おそらくSCP-X1751-JP-Aの右腕だったモノが事前にそうなるように仕組んだものと理解した。

 SCP-X1751-JP-Aは目を伏せるとしばらく沈黙した……かと思うとすぐに目を見開き、体勢を桐生に向きなおすと基底世界で生体サンプル採取時に見せた時と同じような不気味な笑顔を見せた。


「キリュウ・カズマス……異世界の科学者で未来人、そして私の写し身との融合体。クハハ! 何なんだお前! 面白過ぎるだろ! 詳しく話を聞かせろ!」


「……だから話を聞けって何度も言ってただろ」

 桐生は呆れた表情を見せながらも、ようやく本題である基底世界への門の話ができることに安堵した。

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