第26話:大賢者2

 SCP-X1751-JP-Aの右腕と融合し異常存在となってしまった桐生はダンジョン第一層の回廊を進んでいる。桐生は原田のように帰り道のマッピングをしていないにもかかわらず何故か帰り道が分かる。今の桐生は周囲に魔力が満ちていることをはっきり感じ取れるようになっており、魔力の流れからそれぞれの階層の門の位置が分かるからだ、おそらくクラウスが召喚したウィル・オー・ウィスプが迷いもせず地上への最短距離を示した理由と同じであろうことを桐生は自然と理解していた。

 一層に現れるアノマリー――SCP-X1751-JP-Aの右腕だったモノ曰く、魔物は――やはりシキオウジを恐れたのと同じように桐生に近付いてこない。

 襲い掛かってくる魔物といえばやはり人間の骨格に犬の頭蓋骨を載せた骸骨――アンデッドコボルトだが、桐生はそれ相手に道中よく見かけたポピュラーな魔法 《火球ファイア・ボール》を放って撃退する、いい魔法の練習相手だ。

 桐生は魔法の練習をしている間に一つの疑問が湧いた。

「……魔法陣が展開されないんだが?」

 道中で魔法を使用する魔物は例外なく魔法陣を展開していた、だが桐生が魔法を使っても魔法陣は展開されなかった。

「それはな、わらわの魔法は少し特殊だからじゃな」

「具体的に説明しろ」

「ふむ、お主らが提唱した魔力因子仮説、あれはほぼ正解じゃ、自身が体内に保持する魔力……魔力因子に魔法のイメージを植え付け放出することで現実を捻じ曲げる、これがわらわの魔法の正体じゃ」

 桐生はその説明内容に違和感を感じたが、まだ話は終わっていないようなので大人しく説明に耳を傾ける。

「それでじゃ、一般的には自身が保持する魔力因子だけでは魔法を発現させるほどの力は無い、そこで大気中――自身の周囲の魔力……魔力因子を使って魔法発現のイメージを増幅させる、魔法陣の詠唱はその増幅手段というわけじゃな」


 SCP-X1751-JP-Aの体の組成は水と脂肪を除けばほぼ魔素化合物だった、おそらく大気中の魔力因子を使うまでもなく、体内に保持する魔力因子だけで現実改変――魔法を発現させることが出来るということらしい、魔力に満ちていない基底世界でも魔法が使えた理由としても納得だ。


「なるほど、よくわかったが……俺はお前に魔力因子仮説を話した覚えはない。どうやらお前は俺の記憶を辿れるようだが俺はお前の記憶を辿れない、これはどういうことだ?」

「ふむ、それはアレじゃな、わらわは人間と融合するのはこれが初めてではない、これで二回目……いや三回目か? まあ慣れの問題じゃ」

 桐生は異常存在と融合するのはもちろん今回が初めてだ、あまり納得はいかないが他に理由が思いつかないので一応は納得する。

「桐生よ、お主はわざわざこちらの世界でよく見かける魔法を再現しておるが、わらわの魔法は現実改変じゃ、イメージさえ明確に出来れば如何様にも出来るぞ、このようにな」

 SCP-X1751-JP-Aの右腕だったモノはそう言うと、物陰からこちらの様子をうかがっていたゴブリンと思われる魔物の首をねじ切った。

 桐生はその光景を見ながら自分の意思とは無関係にSCP-X1751-JP-Aが魔法を行使する様にすこし動揺したが、それはそれで自分が反応しきれなかった魔物への対策になると思い、この件に関しては不問とすることにした。

「……まあ実際に目にした魔法はイメージしやすいからな、現実改変もイメージを明確に出来なければ発現出来ない、もう少し練習させてくれ」

 桐生はそう言うとやはり道中で見かけた魔法 《光の矢ライトニング・アロー》でアンデッドコボルトを粉砕しながら第二層への階段を目指した。


 *


 第二層はゾンビと死霊の巣窟だ、あの時、楠が鏡を割った瞬間のように今の桐生は死霊たちを目視出来ている。あの時と違うのは死霊たちは囁いてこないし体を乗っ取ろうともしてこない、おそらく死霊たちは桐生を生者として認識していない。

 襲ってこないのは助かるが、仲間を三人も失った要因であるので目の前をうようよされるのは不快である。

 そこで桐生は考えた。死霊自体は基底世界にも存在する、怨念や呪力といった現実改変とも違う未解明の原理で存在を維持している、おそらく怨念や呪力といった未知のエネルギーは大体、魔力因子仮説で説明が付く、ざっくり言うと現実子を媒介としない不思議現象は魔力を媒介として発現するというのが魔力因子仮説だ、その魔力を奪ってしまえば死霊たちはその存在を維持出来ないと仮定し、死霊周囲の魔力――魔素を低下させる、具体的には周囲の魔素を自身が取り込むイメージを具現化させる……すると周囲の死霊たちはあっけなく霧散した。魔法さえ使えれば、あれほど苦戦した死霊も雑魚だったようだ……。


「桐生よ、魔力操作がだいぶ上達したな、今のはこの世界でいう所の《対魔法領域アンチ・マジック・フィールド》じゃな、似たような魔法に《魔法封じマナ・ドレイン》、魔法を防ぐだけなら《対魔法障壁アンチ・マジック・シールド》、などがある、覚えておいて損はないぞ」


対魔法領域アンチ・マジック・フィールド》は聞いた覚えがある、如月が[インシデント:X1751-JP-A-1 ]で通信障害を起こしたやつだ、おそらく魔力以外に、電波などにも干渉するのだろう。


 死霊の巣窟を抜けるとやはりゾンビの群れが現れた、こいつらにはどうも《対魔法領域アンチ・マジック・フィールド》が効かないようだ。

(物理的に破壊するしかないか……)

 そんなことを考えているとふと思い出したことがある、SCP-X1751-JP-Aが使っていた、触れたものを消失させる魔法……あれさえあればいちいち撃破する必要はないんじゃないか? あれは一体どういう原理だ、発現させるイメージが全く湧かない。


「おい、お前が使っていた触れたものを消失させる魔法、あれは一体どうやっていた?」

 桐生が直球でSCP-X1751-JP-Aの右腕だったモノに尋ねる。

「あれか……あれはな厳密に言うと消失させておるわけではない、転移させておる。上位転移魔法 《転移門生成ポータルゲート・クリエイション》の応用じゃ、お主らが潜ってきた"門”も転移門、要するに限りなく薄くした転移門を身にまとうのじゃが……お主では難しいじゃろうな」

「それは練習不足という意味か?」

「いや……そもそも上位転移魔法自体が人間には行使できない魔法だからじゃ、転移門はお主たちの言う所のワームホール、つまり高次元空間を通過する門、三次元生物である人間は四次元五次元といった高次元を明確にイメージすることが出来まい? 今のお主も思考ベースは人間じゃ」


「そうか」

 桐生は全方位に《光の矢ライトニング・アロー》を放ちゾンビらの頭部を適格に撃ち抜きながら、SCP-X1751-JP-Aの右腕だったモノの説明にあっさりと納得する。三次元生物は四次元、五次元等の高次元空間の存在を推測することは可能だが、正確に認識することが出来ないのは科学の常識であるからだ。


「まあ、わらわが発動してやれば済むことじゃがな」

 SCP-X1751-JP-Aの右腕だったモノはそう言うと、桐生の体表に薄い膜のようなものが発生し、

 地面が抉れ桐生の体は少しだけ浮遊した。

 桐生はこの魔法の名称を尋ねたが、特に名付けていないというので、《次元膜》と仮称することにした。

 そんなやり取りをしている間に周囲をゾンビの群れに包囲されていた、ゾンビらは桐生の腕や肩などを思い思いに齧るが、その歯が桐生に届くことはなく口蓋ごと消失させられていく、勢いよく齧ったものはそのまま顔下半分を切断され結果的に頭部を失い倒れる。

 桐生はそんなゾンビたちの惨状を全く気に留めることはなく無視して歩き続けたが、至近距離で腐った死体の断面を見せられるのが不快だったので、自身を中心に爆風を起こすイメージを植え付けた魔力を放出し、ゾンビたちを吹き飛ばした。


「思ったんだが、この《次元膜》は転移門の応用だったな? 普通に第六層まで……いや基底世界への門も作り出せるのではないか?」

「……基底世界への門は作るのに時間がかかるから却下じゃ、第六層までなら送ってやれんこともないが……悪いことは言わん、魔法の練習がてら自力で向かえ、特に《身体強化フィジカル・エンハンスメント》と《対魔法障壁アンチ-マジック・シールド》はマスターしておけ」

「……了解だ」

 桐生は純粋な物理攻撃への耐性強化と身体能力の向上、そして魔法への防御障壁のイメージを反復練習しながら第三層へ繋がる転移門を目指し歩いた。


 *


 第三層へ到達すると桐生はあっという間にオークの集団に取り囲まれ袋叩きにされた。

 袋叩きとはいっても《次元膜》は発動したままだ、オークたちが手にする棍棒は桐生の体に触れた部分から消失していく。

(集落の中に転移門がある理由はこれか……)

 桐生は妙に納得しながら、取り囲むオークたちを削りながら歩き出す。それはまさに阿鼻叫喚の地獄絵図だった、オークたちは泣き叫び、悪魔だ魔人だと騒ぎ立てる。

(ん? 言葉が分かる……)

「おい、翻訳アプリ無しにこいつらの言葉が分かるんだがどういうことだ?」

「それはじゃな、わらわと認識を共有してるからじゃな、話すこともできるぞ」

「それは便利だな」

「そうじゃろ、そうじゃろ」


(言葉が通じるならこいつらは少ししてやる必要があるな)


 桐生はそう考えたがひとまずそれは後回しにすることにした、今はまずSCP-X1751-JP-A本体と会うことを優先すべきだろう。基底世界への門は作るのに時間がかかるらしいのでその間にでも出来ることだ。

 桐生は自身が浮遊し空を飛ぶイメージを放出した、この世界で言うと《飛行魔法フライト》とのことだ。

(この階層は広かったからな、空でも飛ばないとやってられん)

 ぐんぐんと高度を上げ真下を見下ろすと豆粒のようになったオークの集落が見える、生身でそれなりの高度に浮いている割には恐怖心を全く感じない、仮に墜落しても無傷だろうという自信が何故かあった、おそらくこれもSCP-X1751-JP-Aの右腕だったモノと認識を共有しているからだと桐生は判断した。

 第四層への転移門の位置を察知するとその方向へ向かって高速で飛行する、ふと、どの程度までスピードが出せるのか試したくなったが、鳥などと衝突すると面倒かと思い適度に周囲を確認できる程度のスピードで飛行した。やがて第四層への転移門のある神殿を眼下に確認しゆっくりスピードを落としながら着地した、徒歩でこの階層を移動したときは丸一日かかったものだが体感時間としては約七~八分といったところだった。

 第四層の転移門の周りは相変わらず荒野だった、特にすることもないのでそのまま転移門をくぐった。

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