第25話:大賢者1

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「桐生よ、いい加減目を覚ませ、怪我はとっくに治っておるぞ」

 桐生はに頬を叩かれ目を覚ました。


(暗い……)

 桐生はLEDライトを付けようと自身の腰のあたりをまさぐるがLEDライトがない。

(そうか……連中に装備は全て奪われていたな……)


「原田、"修復タイマー"は推測通り機能したぞ、明かりを付けてくれ」


 原田からの返答はない、やや暗闇に目が慣れてきたがやはり原田らしき姿は見当たらない。


「SCP-X1751-JP-A、状況を説明しろ、原田はどこに行った?」

 どうやら桐生はSCP-X1751-JP-Aの声を以前から認識していたらしい、しかし胸に抱いていたはずのSCP-X1751-JP-Aの右腕も存在していないことに気付く。そういえば今までおぼろげにしか聞こえてこなかったSCP-X1751-JP-Aの声が先ほどは妙にはっきりと、それこそ脳内に直接響いているかのように鮮明に聞こえたことにも違和感を感じた。


「桐生よ、よく聞け、わらわとお主の体は融合した、今のお主であれば魔法が使えるはずじゃ、まずは周囲を明るく照らすイメージを持て」


「ちょっと待て! 融合した? 魔法? 何をバカなことを……」

 桐生は自身が置かれた状況とSCP-X1751-JP-Aの発言に理解が追い付かない。


「……まあ時間は余るほどある、じっくり考えよ」

 そう言うとSCP-X1751-JP-Aの右腕であっただろう存在は沈黙した。


(俺とSCP-X1751-JP-Aの右腕が融合……)

 桐生はふと、昔に見た映画『THE・蠅』を思い出した。物質転送装置の実験で主人公が入った物質転送装置にハエが混入した事により、主人公がハエと融合してしまったストーリーだ。

 先ほど自身に使用させたSCP-X1429-JP"修復タイマー"は対象を修復しているように見えて、実際はダイヤルでした指定した過去の時点の対象の状態へ変化させる時空間操作技術を応用した異常物品だ、基底世界ではダイヤルの1メモリあたり1分で動作していたが、こちらでダイヤルを30に設定した状態で30歳未満であろう機動部隊員に使用したところ、その機動部隊員は消失した。それを踏まえてこちらの世界――魔力に満ちた世界では1メモリあたり1年と推測してSCP-X1429-JP"修復タイマー"を自身に使用させた。

 実際、桐生の推測通り桐生の怪我は完治した、おそらく1年前の肉体の状態に戻ったと推測されるが、その時桐生はSCP-X1751-JP-Aの右腕を抱いていた、もしかするとSCP-X1751-JP-Aの右腕も桐生の体の一部だとSCP-X1429-JP"修復タイマー"が認識したと仮定すれば自身とSCP-X1751-JP-Aの右腕が融合してしまったであろうことに一応の説明は付く。

 そして魔法だ……先ほどSCP-X1751-JP-Aは魔法が使えるはずだと証言した、桐生の推測では魔法は魔力因子を利用した現実改変だ。桐生は過去に行ったスクラントン現実錨を用いた現実改変の実験を思い出す、スクラントン現実錨で自身の周囲の現実性を極端に低下させた状態で――その時はテーブルを浮遊させるといった現実改変を起こすことに成功していた。やはり大事なのはイメージだ、周囲を明るく照らすイメージ……桐生はクラウスが召喚したウィル・オー・ウィスプが明るく輝いていたことを思い出し、周囲を照らす光球を作り出すイメージを頭に描く――すると実際にイメージした通りの光球が出現し、周囲を明るく照らした。

 そこは追いはぎ連中に襲われた小部屋で間違いなかったが、原田はおろか筧や機動部隊員渡辺、そして筧が殺したはずの連中の死体も存在していなかった。

 桐生は混乱しつつも頭をフル回転させ状況の分析をする、SCP-X1429-JP"修復タイマー"は時空間操作技術を応用した異常物品である、自身の怪我が完治していることから自身の肉体は1年若返ったことになる、そして原田はおろか筧たちの遺体すら存在していない状況を照らし併せて考えると……おそらく自身の肉体ごと1年過去へ遡った。桐生はそう推測した、その推測を裏付けるかのようにやはり小部屋の壁が崩れておらず、天井には穴が開いていない。


「ふむ、やっと明るくなったな」

 桐生の脳内に直接SCP-X1751-JP-Aの声が聞こえてくる。

「桐生よ、これからどうする?」

 どうすると言われても選択肢は二つだ、地上を目指すか引き返すかだ。

 まず地上を目指す事を考えた、地上に出れば食事や休息をとることが出来ると思ったからだが、よくよく考えれば所持品は全て追いはぎに奪われている、当然路銀代わりの魔石も全て奪われた、そして何より冒険者証とやらを持っていない。密入国者御用達の抜け穴も今は存在していないので正規ルートを進むしかないがそれでは検問所で捕まる可能性が高い。おそらくあの追いはぎ達もそこは噓をついてないと思われる、魔石を見せた途端に目の色が変わり態度が豹変していた、魔石を見た瞬間に彼らは冒険者から追いはぎへと変化したのだ。

 しかし引き返すにしてもこの疲労と空腹状態では……いやおかしい、先ほどまで感じていた疲労感と空腹感を感じない、なんなら出発前より調子が良い、これはSCP-X1751-JP-Aと融合したせいか? 桐生は他に自分の体に変化がないか服をまくったりしながら点検する。特に融合前の体と差異はないがどうにも前髪がうっとうしい、前髪? 桐生は自分の頭部をまさぐる、髪が異常に伸びている……だが変化と言えばそのくらいだ。


「どうした? 決まったのか?」

「待て、まだ考え中だ」

 SCP-X1751-JP-Aの言う通り今の自分は魔法が使えるようだ、魔法を使って強引に検問所を通過するか? いや、それはそれで現地の警察のような機関に追われることになり余計面倒だ。では引き返すか? 現時点を1年前だと仮定するとまだ基底世界への"門"は作られていないはずなので、第六層にいるであろうSCP-X1751-JP-A本体に"門"を作ってもらう必要がある……これは――

 つまりSCP-X1751-JP-Aが証言していた"門"作成の依頼者は"自分"だということになる。


「お前! ハメやがったな! 今思えばお前の行動は全部こうなるように仕組まれていた!」

「どうした桐生?」

「どうした? じゃねぇよ! お前! 調査団が全滅することも全部知ってやがったな!」

「……それはいいがかりが過ぎるぞ? わらわが知っていたのはお主がわらわの写し身と融合した状態で"門”の作成を依頼しに来たことくらいじゃ」

「それが全てじゃねぇか! 俺が"門"の作成を依頼した! "門”が現れなければこんな所に調査団を派遣することもなかった! あいつらも死なずに済んだ! 全部! 全部俺の……!」

 桐生はそう叫ぶとそのまま地面にへたり込む。

「桐生よ、調査団は全滅などしておらん、少なくともお主と原田は生きておる、おそらく比良山もじゃな、このまま"門”を作らせない選択も出来るが……お主とあやつらが元の世界に戻るにはやはり"門”を開くほかないのではないか?」

 桐生はへたり込んだまま黙り込み、しばらくの間静寂が辺りを包む。


 そして桐生は右手で思いっきり地面を叩いた、やり場のない怒りを床にぶつけたわけだが叩かれた床面は桐生の想定する音を発しなかった。床面はまるで巨大な鉄球でも落とされたかのように大きく陥没し轟音を響かせた、そして桐生は叩いた右手にそれ相応のダメージがないことにさらに苛立ちを感じた。

「くそ……」

 これは意図せず自分が異常存在と化していることを桐生自身が自覚するには十分な現象だった。


「……お前の本体に会いに行く」

 桐生は意を決したようにそう呟く。

「賢明な判断じゃな」

 SCP-X1751-JP-Aの右腕だったモノはそう返答する、その声はどこか楽し気な雰囲気を漂わせていた。

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