第27話


「……お前たち、何者だ?」


 何の気なしに、そう問うた。するとその問いに対して返って来たのは言葉ではなく、拳。


「――っ!? っぶねぇ!?」


 反射的にバックステップで回避して、拳の射程外まで逃れる。


「ほう? 中々良い動きと反応。警官など軟弱と侮っていたが、存外そうでもないらしい」

「いきなり何をする? というか、質問に答えろ。お前ら、一体何だ?」

「だが、頭は足りぬらしい。国軍たる我らに、警官風情の問いに答える義務など無いぞ。まして、上級捜査官でもないお前如きなら猶更だ。疾く、失せろ。さもなければ……」


 バッという機敏な動きで、男は己が右手を頭の高さに掲げる。

 すると彼の背後に控える配下の兵士たちが一斉に銃を構えて、照準をレイに合わせる。


「……おいおい。まさか、ここで発砲する気か? そんなことして、タダで済むと?」

「我らの行動は国王陛下の御意志だ。故に障壁は、誰であろうと必ず排除する」


 国王陛下――その言葉で、あの日両親を処刑した国王ルートヴィヒの姿が脳裏に蘇る。


「我らは本気だぞ。さぁ、どうする? 去るか、それとも……早く答えを態度で示せ」


 何とも高圧的で、人を人とも思わぬ振る舞い。

 そして深くかぶった軍帽のつばから覗く、狂気すら感じる鋭い視線。

 レイはふと思う。この感じ、この雰囲気、どこかで会ったような。

 でも、そんな僅かな思考の間すらも彼にとっては拒否の回答と映ったようで。


「そうか、去らぬか。では、やむを得ない……排除する」

「はっ? えっ? いや、待て! まだ俺は何も――」

「撃て」


 号令は下された。淡々と、感情を感じさせない無機質さで。

 そして同時に、けたたましい銃声と共に銃弾が雨霰とレイに向かってくる。


「――っ!? おいおいおいおい! 嘘だろっ!?」


 弾丸の軌道を読んで、瞬時に体を翻しては手近な柱の陰に身を隠すレイ。

 物陰に潜んでも尚弾丸は放たれ続け、頑丈なコンクリートの柱に夥しい穴が穿たれる。


「うぉおお!? えっ? 実弾? アイツら、マジで容赦なしかよ!?」


 背中を預ける柱から伝わる激しい衝撃と宙を舞うコンクリートの破片に、レイは焦燥を滲ませる。このままでは、いずれハチの巣になるのは明白。一応銃は携帯しているが、所詮は六連発式の回転銃。厚い弾幕を張る軍用銃の多重射撃という絶望的な火力の差を、この狭く逃げ道の無い通路で覆すのは困難で勝ち目などない。

 だが、そうして思考を巡らせている間にも柱は更にガリガリと削られていき、まさに万事休す。さて、ここからどうしたモノか……懸命に思考を巡らせていた、その時だった。


「……もういいだろう。撃ち方やめ」


 再度発された、淡々とした命令。すると銃声はピタリとやむ。


「今の射撃は、あくまで警告だ」

「け、警告だと? これで?」

「だが、これ以上我々の邪魔をするなら容赦しない。どうする?」


 またしても、問い掛け。

 派手な射撃の後で疑わしくもあるが、恐らくは本当に去るのなら殺す気は無いのだろう。でなければ今の射撃で、レイを容易く殺せた。それだけ、彼我の戦力差は圧倒的なのだ。


「……それなら、少し試してみるか」


 腹を括って、両の手を高々と上げたレイは彼らの前に姿を晒す。


「投降を呼びかけた覚えは無い。去れと言った筈だが?」

「立ち去る前に、是非とも聞きたい。お前たちの目的は何だ?」

「答える必要はない――そう言った筈。そのまま去れ。お前に出来るのは、それだけだ」

「ここに来たということは、リリーエラに用があるんだろ? 何の用だ? 何が目的だ?」

「諄い。立ち去らぬとあらば、やむを得ない。今、この場で貴様を始末して――」

「ちょっと待ったぁっ!」


 男の声を遮る、聞き慣れた声の聞き慣れない怒声。

 その声は、レイの背後から。振り返ってみればそこには。


「……ら、ライラさん? な、何でここに? というか……えっ? その恰好は一た――」


 ライラの姿を見るなり幾つもの質問が口を突いて出るレイだが、ライラはその質問に対して一切答えない。何も答えずにレイの方へ歩を進めて、レイの眼前に立つと同時に。


「バカッ!」


 容赦のない罵声と、同時に脳天を襲う拳骨。鈍い痛みに悶絶するレイの頭を躊躇なく鷲掴みにしたライラは、そのまま無理矢理レイの頭を下げさせる。


「失礼しました。部下にはしっかり反省させますので、どうかこれでご容赦を」

「ら、ライラさん!? ちょっと――」

「黙ってなさい。余計な口を挟まないで」


 小声でそう呟くライラの表情は、何時にもなく焦りの色が滲んでいて。

 その表情に、レイは只事ではないことを実感する。


「……ライラ、そうかそいつは貴様の部下か」

「えぇ、そうです。私の、ただ一人の部下であります」

「成程、相変わらずだな。士官学校では歴代でこの私に次ぐ成績を残し――いいや、一部科目では歴代最高だったとか? 加えて5年前の反乱分子鎮圧の際にも、貴様は最大の手柄を掻っ攫って行った。間違いなく優秀、にも拘らずその人望の無さは変わらずと見える」


 厭味な声音でネチネチと言い立てるその男の言葉の中に含まれた、5年前の反乱分子鎮圧という言葉。それを耳にした瞬間、レイは思い出す。


「5年前……そうか! あの男は――ぐっ!」


 ハッと気付いて、反射的に顔を上げようとする。

だが、その動きは頭を押さえつけたライラによって制される。レイ以外には聞こえないほど小さく発された「黙っていて」という言葉と共に。


「えぇ、そうですね。私は、相変わらずです。ですがルドルフ王子、貴方は大分変られましたね。いや、今や国王陛下の長子としてではなく、国王陛下直属の近衛師団団長として行動される貴方の事はルドルフ将軍とお呼びするべきですか?」

「あぁ、そうだ。我は貴様と違い、栄達の道を歩んでいる。いずれはこの国の王となる身として、日々練磨を重ねている。軍を去り、このような惰弱で腑抜けた組織の中で燻る貴様とは違う。背負うモノの重みも、積み重ねて来たモノも、人としての格も、全てが」

「そうですね。貴方は今やこの国の時代を担う御方。私など、比べるのも恐れ多い」

「世辞は覚えたか。まぁ、よい。愉快なモノも見られたことだし、貴様に免じて不出来な部下の無礼には目を瞑るとしよう」

「ありがとうございます」

「我らは、これより一分沈黙する。その間に去れ」

「はっ! さぁ、行くわよ?」

「――えっ? あっ、いや……ちょっと!?」

「いいから、黙って従って。後で何とかしてあげるから」


 レイの腕を掴んで、引き摺るようにしてその場を去るライラ。ライラにそこまで言われては、レイに抗しようなど無く。引き摺られるままに下がるしかない。

 そして、レイとライラがこの場から姿を消したところで。


「ふんっ! 見る影もない無様さ。我が一度は敵愾心を抱いた相手だというのに、失望だ。優秀なあの女もこの体たらくなのだ。それだけで、RSPが如何に惰弱か知れるな。

 それより気になるのはあの少年の方だな。あの見のこなしにあの度胸、中々に見どころがある。見どころだけではないな、見覚えもある。さて、一体どこで見たのやら……」

「ルドルフ様、そろそろ」

「あぁ、そうであったな」


 指揮官の男は、悠然とした足取りで先程までレイがいたドアの前まで。

 そしてドアを三度ノックすると、中からの返事など待たずに問答無用でドアを開く。


「……お前たちは何者だ? あたしに何の用だ?」


 来訪者の顔を見るなり、リリーエラは警戒剥き出しの眼で鋭く歪む。内心ではガタガタ震えるくらいに抱く恐怖心を必死に隠しながら。

 そんな彼女の虚勢など意にも介さず、男――ルドルフは感情を感じさせない無機質さで。


「貴様を迎えに来た。ここから連れ出してやるから付いて来い。異論は認めんぞ」


 意図の理解できないその発言に、リリーエラの表情は、怪訝と困惑に歪む。

 だが、最後の意地とばかりに、困惑で震える声音で絞り出した。


「……お前たち、一体何なんだ? あたしに一体何をする気だ?」

「質問も認めん。面倒だ、強引に連れていくとしよう」

「――っ!? ちょっ、おい! やめろ……放せ!」


 ルドルフの命に従い、兵士たちはリリーエラの両側に回るとその腕を乱暴に掴む。

 そしてまるで犯罪者を連行するかのように、リリーエラは両脇を固めた兵士によって力任せに牢獄から引き摺り出されてしまう。ジタバタ暴れるが、少女のか弱い抵抗など屈強な兵士からすればなんてことはない。抵抗空しく、みるみる牢から引き離されていく。

 つい先ほどまで笑い声が木霊し、そして明日も会おうと約束した場所なのに。

ここで待たなきゃいけないのに。

 後ろ髪をひかれる思いを、その後ろ髪を引き千切るが如き強引さで連れ去られていく。


「……ごめん、レイ」


 静かに口を突いたその言葉に、返事が来ることは永久にない。

 そうして彼女は、連行されていった。

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