高島家の最後

 道中、高木は、隠された銀塊など恐らくただの作り話か、存在したとして、誰にも所在不明であることを一行に告げた。

 彼の調査に依れば、資料自体は存在する。だが、それに記された地形は、実際とは似ても似つかぬものであった。


「土砂崩れか何かで地形が変わったか、そもそも資料自体が偽造されていたかだ。今考えてみれば、明らかに解り易い場所に置かれていた。まるで、私達が盗むのを見越していたようだった。彼奴らを侮っていたかもしれん」


 と、高木は今更、前非を悔悟した。

 思えば、彼自信も、熟考していたつもりであったが、焦慮の所為で性急になっているのが解らなかった。一文無しで追い詰められた状況を、濡れ手に粟の大儲けで打開しようというのは、土台、無理な話であった。

 薫は、首を振って甲高く声を励まし、


「今は銀塊なんてどうでも良いでしょっ。瑞喜さんにのことがあったら、いや、無くても彼奴らを皆殺しにしてやる」

「落ち着け、薫。高木殿、今は過ぎ去ったことを論ずるべきではない。連中に、わしらを侮ったことを後悔させてやるのだ。良いか、わしらはあんな怯懦な者達より士道の面でも武術の面でも優れておる。臆するな!」


 岡田は薫の発言に激励されたらしく、一際元気になった。剣之助は、その背中を複雑な心境で見つめていた。


 半刻後、一行は高島屋敷に着いた。奇怪なことに、正面の門は八の字に開かれて、中央の洋館への道が掃き清められていた。優美な庭園を通す石畳に、屋敷を守る者達が武装して立っていた。

 剣之助達は馬を下り、足並みを揃えて行進し、門の前に整列した。薫がいきり立って飛び出そうとしたが、剣之助がそれを制し、しばし、閑寂の時が流れた。岡田が、それを破り、目の前を阻む二人の男へ、


「匹夫め! 高島の婆アは何処だ! 此処に出てこい」

「お前達は首を突っ込むべきではなかったな。御方様はお会いにならぬ。この土地から早急に立ち去れ」

「あの小娘はまだ十六だ。何か文句があっても、小娘を巻き込むことはなかろう」

「出て行け。顔を見るのも不愉快だ。痴れ者め! 貴様らを殺す舞台は整えている」

「言ヲコレ出ダサザルハ、躬ノ逮バザルヲ恥ジテナリ――だが、わしらは違う。武士は実行する」


 と、岡田はいきなり両腰の拳銃を抜き、二発の銃声を闇に響かせた。応対していた門番は、揃って眉間から血を噴き出した。それを合図に、剣之助と薫は敷地内に踏み込んだ。

 庭園の生け垣や花壇に隠れていた者達が、一斉に飛び出した。各々、刀や槍、小銃を持っていた。剣之助は、薫を庇うように動いた。


 すぐ後ろに、三人。銃剣を構えて迫っている。剣之助には、彼らの殺気が感知できた。剣之助は、刀の柄手を握った。腰を落とし、後ろへ、閃光のような居合を見舞った。鞘を脱した離弦の太刀は、並んだ三人の首を飛ばし、血祭りの犠牲にえを饗応した。

 濛と立った血煙へ、番兵共が蝟集する。剣之助の真っ向から、二人の敵が躍ってきた。無謀なる二人の剣は、剣之助の刀に弾かれた。腕に痺れを感じた瞬間、一人は斬って捨てられた。その横にいた番兵は、逃げようとした。剣之助は、その背中へ、瞬時の烈刀を喰らわせた。

 跳び込んだ姿勢の剣之助へ、番兵の一人が、太刀風荒く斬りつけた。しかし、剣之助の方が遙かに速い。電閃の刃が、その番兵の腰を両断した。剣之助は、右脚に力を込めた。跳足し、右から来た刃を回避する。つんのめった敵の頭蓋を両断した。


 剣之助は、そのまま敵の群れへ入り込み、黒狼のように走った。すれ違いざまに、敵の急所を斬る。囲まれないように、動き続ける必要があった。一度に相手出来るのは、精々三人が限度である。

 剣之助は、一度、体勢を整えた。中段に構え、十人ばかりを睨んだ。凛烈とした殺気に、番兵共は慄いている。ましてや、凄まじい剣技を見せつけられた後である。既に、二十人は屍体になっていた。自ら先陣を切ろうという者は、皆無に近かった。

 薫はどうにか、皎々たる刀林とうりんの中でも生きていた。数カ所の浅傷あさでと負いながら、剣之助と背中合わせになり、瑞喜の愛刀を構えていた。


 「動くな!」と濁った声。前方に、五人が、ミニエー銃を構えて並んだ。剣之助は騒がず、ただ彼らを睨んだ。剣之助が、一歩、近付いた。敵も、一歩下がった。

 その時、剣之助と敵群の間に、濛々と煙が入り込んだ。煙の元を辿ってみれば、趣向を凝らした洋風庭園が、見るも無惨に焼け始めている。

 番兵共は駭然とした。転瞬、剣之助が、彼らに向かって駆けた。一人を斬り下ろし、もう一人を斬り上げた。更に、一人の頭を斬る。勢いそのまま、四人目を袈裟掛けに斬り伏せた。最後の一人は、腰を抜かした。男は、小銃を横に翳した。剣之助が鋭刃を振り下ろし、小銃ごと男を斬り捨てた。


 そこかしこで、火の手が上がっていた。宏壮な庭園の至る所にいた番兵共は火達磨になるか、逃げ惑うかである。岡田と高木が、馬で屋敷内を駆け回り、手当たり次第に放火していたのだ。

 その混乱の隙を突き、剣之助と薫は、洋館へ闖入した。戦力は全て、庭園に出し切っていたらしく、結構な造りの館内は、人無き世界のように深沈としていた。


「薫、瑞喜君を捜せ。あの傲慢な老婆もだ」

「はいっ」


 薫は剣之助と一緒に、食堂、書斎、応接間を捜索した。虱潰しに探索していると、程なくして、家の最奥に、本棚や洋風の卓で封鎖された部屋が見つかった。

 薫は地団駄を踏み、


「これじゃ入れないっ。後少しなのにっ」

「いや、大丈夫だ。此処は恐らく居室だろう。今まで此処で見てきた部屋には、窓があった」


 と、剣之助は厨房へ向かい、勝手口から外に出た。そこからは、外廊が離れへ続いていた。美しい庭園を横目に見るための建築だが、今宵は、雪のような火の粉に晒されていた。

 剣之助は薫を連れ、外廊の途中で止まり、唐突に、窓を刀で一閃した。男の叫び声がし、カーテンに血が飛び散った。遅れて、鍵の壊れた窓がゆっくりと開いた。

 剣之助に続いて、薫が窓から入り込むと、肩口を割られた男が斃れていた。剣之助は、観音開きの僅かな隙間から刃を通し、窓の錠と、窓前にいた男を斬ったのだ。


「あッ。こやつっ」

「おのれっ」


 と、部屋の中にいた男が二人、拳銃を構えた。剣之助は、彼らに素早く視線を向けた。息を止めた。視界が、二人に集束する。

 拳銃が火を噴く前に、剣之助が、敵二人の後ろにいた。一瞬遅れて、部屋に銃声が響いたが、持ち主二人は、血飛沫と共に斃れ重なった。薫の目には、何が起こったのか、見当も付かない様子である。

 剣之助が寝台の毛布を剥ぎ取ると、目当ての人ではないが、高島家の御方がいた。薫は御方へ飛び付いて、その襟首を掴み、


「お前も殺してやる! でも、その前に瑞喜さんは何処か教えろっ」

「この蚊虻ぶんぼう共めっ。我が一族は名門じゃぞ。そなた達みたいな、問題しか持ち込まない疫病神は」

「瑞喜さんは何処だと聞いているんだ!」


 と、薫は声を荒げた。迫力に欠けるのか、御方は自若とし不敵な笑みまで浮かべている。

 今度は剣之助が近付いて、静かな冷たい声で、


「我々の仲間は何処だ。誰が拐かした」

「この人斬りめ。その方は我が三人の息子を斬った、許してはおかぬぞ」

「お前に何が出来る。地獄へ行くか、喋るかの二択だ」

「ひっ……」


 剣之助は、御方の白髪を掴み、館の外まで引き摺り出した。庭園は焦熱地獄さながらの光景となり、既に洋館にも火が回っていた。

 岡田は、老婆を見ると、思う存分殴りつけた。その襟髪を引っ掴み、燃える洋館を見せつけ、


「よく見ろ。これがそなたの引き起こした結果だ。わしらを侮蔑したツケというものだ」

「うう……」

「あの娘は何処だ。屋敷内を捜し回ったがいなかった」

「ふん……。既に此処にはおらぬ。福博 (現福岡市)にいる神島という長者に売り飛ばしたわ。世間には物好きもおって、激しく抵抗する男勝りを屈服させるのが好きだそうじゃ」


 それを聞き、薫は勃然と憤激し、皆まで聞かず、御方を蹴り飛ばした。なおも殴り掛かろうとする彼を、剣之助は右手で抑え、


「福博か。薫、今はこんな姦婦に構う暇はない。一刻も早く福博へ行くぞ」

「この人はどうするんですかっ」

「捨て置け。最早、屋敷もなく、息子達もいない。ただの汚い老婆だ。見苦しい」


 と、剣之助は、老婆には一瞥もくれず、屋敷の入り口へ向かった。薫は舌打ちし、汚いものでも見る眼差しを老婆に送った。

 しかし、岡田は、老婆を地面に引き据え、素早く両手両脚を縛った。彼は老婆を担ぎ上げ、猛烈な炎に放り込んだ。

 岡田は愉快そうに、老婆がのた打ち廻る姿を見届けた後、屋敷から立ち去った。高木は訝しげに、


「どうして、あんなことをした? もう、あの女は狂人だった」

「わしに逆らったからだ。成り上がりの分際で、わしを嵌めようとするなど、身の程しらずも良いところだ」

「岡田……」

「まあ良い。これで、山本、高島両家は壊滅だ。最早、この土地に用はない。明後日、福博へ出発する」


 と、岡田は意気揚々と宣言した。加えて彼は、剣之助と薫に、福博周辺に滞在出来そうな拠点がないか、先行して調べておくように命じた。

 剣之助と薫は、天をも焦がす紅蓮を背中に、次の目的地へ向かう準備に駆けて行った。薫の目には、高島屋敷を飲み込んだ炎よりも熱いものが燃えていた。


「失敗したね」


 と、燃える高島屋敷を見下ろしながら、女が言った。横には忍び装束を着た男がいる。

 男は、眉宇をひそめ、


「何故、私に黙ってこんなことをした? 一歩間違えばお前も巻き添えだったぞ」

「そうでもしないと、彼奴らは倒せない。危ない仕事は私に任せて」

「いずれにせよ、高島も山本も再起不能だ。もう用済みだ。行くぞ」


 二人の忍びは、闇の中へ、飛び込むように姿を消した。後には、烈風に揺れる木々の戦ぎが聞こえるのみだった。

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