20話

 絶望を告げる高笑いが王都に響く。

 もうこの男を止めることは出来ないだろう。Sランク冒険者【聖なる崩壊】の全滅。英雄王メイアですら歯が立たない。彼女が唯一頼りにしていたロック・デュベルは瓦礫の中でピクリとも動かない。

 ここまで綱渡りのようなに戦い続けていたメイアの心で何かが折れた気がした。その場に座り込んだまま俯いた彼女はただの女の子のようにその絶望に焼かれてしまったのだ。


「はぁ⋯⋯それにしても、俺ぁいつの間にか神人より強くなっちまったのか⋯⋯。もう誰も俺を満足させられねぇのか⋯⋯」

「何なのだ。貴様はなぜこんな事を⋯⋯ひぐっ」


 男は既にメイアに興味はなく、淡々と作業のように彼女の首を掴み、静かな終止符を打とうと弓のように腕を強く引く。



 それが放たれるより速く、男の腕は切り落とされた。



「ガギャアアアアアアアア!!」


 血飛沫が噴射し、同時に男を中心に大きなクレーターが発生する。真上からナニかが高速で落下し、男の腕を切り裂いたのだ。


「よくも好き勝手やってくれましたね⋯⋯!」

「⋯⋯っ!! テメェはロック・デュベルにくっ付いてた亜人のガキ!!」


 血の着いた手刀を払い、ミリィは悠然と男に向き合う。恐れはなく、ただただ怒りに身を焦がすように魔力が膨れ上がっている。

 一瞬の沈黙。同時に攻撃を放ちお互いの拳がぶつかり合う。周囲の瓦礫が舞い上がるほどの衝撃が広がり、そのまま押し切ったのはミリィであった。

 叫び声すら許されず、ロックとは反対側の壁を突き破って土煙を上げた。

 これで終わるわけがないと確信していたミリィは、すぐさまメイアの傍に飛ぶ。


「すまんミリィ⋯⋯我が気を引いてしまったばかりにロックは⋯⋯」

「ロックさんはあの程度で死にません。それより手伝ってください。残念ですが私だけではアイツに勝てません。相性が悪いんで数を揃えたいんです」

「知っているのかあの男を。あれほどの規格外の強さ、只者ではないのだろう?」

「はい、小さい頃に戦ったことがあります。向こう側の指折りの実力者であり、災害として世界が匙を投げた男『ジグレイ』。二つ名を【国落とし】と言います。文字通り、三つの大国を一人で滅ぼしたんです」

「 それで、お前達はどう凌いだのだ?」

「私は簡単に負けました。ロックさんが倒してくれたんです。あの時のロックさんは今ほど丸くないので、容赦なく先手で宝具の物量で押し切りました⋯⋯今回は意趣返しをされたようですけどね」

「なるほどな。よし、作戦はあるのか?」

「もちろん。メイア様は少し休んでもらいますけどね」


 ミリィは五本柱を魔力弾でへし折ると、全員を器用にキャッチしてメイアの傍に戻る。唯一両手で丁寧に抱えたイオリの胸から銀の杭をゆっくり引き抜き、仲間と並べて横たえる。


「【エスク・エンゼルサークル】」

「これは⋯⋯すごい効果だな」


 ミリィの使える中で最も効果の高い範囲回復魔法を発動し、ジグレイがまだ起き上がっていない事を確認し再び移動した。


「ミルティ様」

「⋯⋯ミリィちゃん」

「ロックさんはあの程度でやられるほど軟弱ではありません。彼が起きた時に、私たちが全部終わらせたんだって褒めてもらいましょ?」

「⋯⋯うん、うん! そうだね!!」

「急ぎましょう」


 ロックと共に来ていたミルティを抱え、瞬間移動のように元の位置に戻ったミリィはすぐに回復魔法を重ね掛けしてもらう。これで最低限の準備は整い、後はランドルフ達が起きれば本格的な攻勢に出られる。ミリィの予想では戦闘不能者が全員が動けるようになるまで八分弱。メイアが参戦するまで三分。それまでは何としても時間を稼がなければならない。


「い〜〜〜い攻撃だぁ」

「何しに来たんですか。国落とし」

「遊びだよ。最高にハイで目が眩むほどのなぁ!」

「くぅっ!!」


 倒れていたはずなのに次の瞬間には横から殴られている。これだ。ミリィがジグレイを苦手とする一つ。彼は特殊技能である空間魔法は使えない。単純に速く、瞬きを狙って緩急を入れてくる。人間離れしたこの技術が厄介で仕方ない。


(時間稼ぎの会話にすら乗ってこない⋯⋯。ロックさんと戦ってるみたい)


 しかし、ミリィも身体能力で言えばロック以上、ダメージは受けても致命傷にはなり得ない。必殺にならなければ単なる削り合いに持ち込める。

 というのが、まともな思考なのだが⋯⋯。


「多少成長したじゃねぇかドチビ! だが頭が使えてねぇ! 強者の自覚はまだ染み付いてないみたいだなぁ!」

「っが! ぐぁ⋯⋯っ! こんの、ウザい!」

「ほらほら足動かせ! どうせ見てからしか動けねぇんだろ!」


 広範囲に渡ってヒットアンドアウェイに徹するミリィに対して、ジグレイはなんと無傷で捌き切る。片腕を失っていても、そもそものリーチが倍は離れているから不利も不利。時間稼ぎの作戦としては妥当だが一方的に殴られてしまっていては元も子もない。

 ミリィは大きく足を開いて地面を踏み締めると、コンパクトに腕を引き絞る。


「私に指図しないでください!」


 一転して攻勢に出る。地面を滑るようにジグレイの懐に潜り込んだミリィは、距離を一定に保ちながら連撃を叩き込んでいく。


「ぐっ、速ぇ」


 流れるような打撃が絶え間なく襲い来る。それは片腕を失くしたジグレイにとって一番厄介な動きでもあった。しかし、有効打になる威力で畳み掛けられるミリィは、相手のユニークスキルを知っているが故に下手なダメージを重ねられない。どうしても当てるだけの攻撃になってしまいもどかしく思っていた。


「は〜ん。俺の【正義執行キラージョルト】が怖くて本気で打てねぇのか? そりゃそうだな! 前回はこれで一発だったもんなぁ!」

「もう腕一本分溜まってますからね。冷静に制圧させてもらいますよ」


 強がってはみたものの、流石は世界屈指の戦闘巧者のジグレイ。ミリィの考えを即座に見抜き、さらに腕を切り落とされた分の負債ではまだミリィを落とせないと見積もっている。

 ジグレイのユニークスキル【正義執行キラージョルト】は至極単純な能力。与えられたダメージを溜め込み、それを上乗せした威力の攻撃を繰り出す。シンプルが故に対策が取れない。どんな負け筋でも一発逆転が狙える強力なスキルである。


(それにしても……)


 どれだけ速度を上げて連撃を続けても、目を閉じた瞬間に目の前から消える。まるで霧を追いかけるようなフラストレーションが地味にツラいところであった。距離を取られる時に何発かもらうのも無視できない。

 お互いに嫌な戦いをされ続け、どちらが流れを変えるのかと読み合いが始まる。


「そろそろ集団戦の時間か?」


 不意の言葉に、ミリィは意識を背中側に向ける。もうすでに何人かは目を覚まし、ミルティとメイアは参戦の機会を伺っているように感じる。

 そろそろ重めの一撃で距離を取ろうと思った瞬間、ミリィはジグレイの策にハマって僅かに硬直してしまった。


「そこなんだよなぁ。お前の弱さ」

「あぐぁあっ!!!!」


 隙をつかれて渾身の掌底を顔面に食らう。闘気によるガードもほとんど間に合わず、土煙を上げながら派手に吹き飛ばされてしまった。


「ミリィちゃん!」


 ミルティが駆け寄り、すぐにヒールを掛けてくれる。ジンジンとした痛みを我慢し、荒っぽく鼻血を拭きながらミリィは拳を握り込んだ。予想くらいしておけば良かったと後悔しているのだ。

 ジグレイの右腕が復活している。切り落とした腕はまだ落ちているから、何か不可解な能力を使われた訳じゃない。ただの、いや高度な回復魔法だ。


「びっくりしたろ? 俺が回復魔法使えるイメージなんてねぇよな? ロック・デュベルに負けた日から、こんな事もあると思って一つだけ極めたんだぜ。持続回復魔法【ヒールケープ】初級魔法だが効果はこの通り……ケケ」

「復讐に対する勤勉さが気持ち悪い」

「復讐じゃなくて遊びだぜ。大人は遊びに命掛けんだよお子ちゃま。あと、腕が治ったからってダメージの蓄積がチャラになったなんて思うなよ?」


 仕切り直し。仲間が復活した代償として相手の腕が生えるのは割に合わないが、このまま戦っていても勝率は五分を下回る。割り切って考えるしかない。


「皆さん、寝起きのところ申し訳ないですが敵は目の前です。私とメイア様、ランドルフ様、ソアラ様で手数で畳み掛けます。イオリ様、ミルティ様は回復と援護を。クーリヤック様は後衛を守って下さい。フー様はバフが途切れないように。私には効かないと思うので大丈夫です」

「……了解。皆準備はいいか?」


 それぞれが首を縦に降り、魔術師隊の詠唱が始まる。


(流石Sランクの人達だ。どんな状況でも行動に移るまでが早い)


 次々とバフが重なっていく。クーリヤックの魔法陣も広がり、体勢は予定通りと言ったところだ。


「相手は瞬きの隙をついて動きを変えます。目を閉じる時はスイッチして後ろに下がって下さいね」

「そりゃ分かったがよ。ミリィ、お前あの時の斧はどうしたんだよ」

「こんなところで出したら国がめちゃくちゃになっちゃいますよ。それに細かい動きが出来ないと一体一では分が悪かったんです。皆さんが起きた今なら効果的ですが……ロックさんの結界でもないと……」

「俺のじゃ突き破られそうだもんな」


 クーリヤックはやや肩を落として、考えても仕方がないと頬を叩く。


「お話は終わったかぁ? 全員揃い踏みなんだ。ちったぁ期待してもいいよな!」

「あの時の借りは返させてもらうぞ!」


 クーリヤックの【夜の宴】が展開されたと同時にランドルフが飛び出す。遅れずソアラが側面に周りミリィはランドルフの背後でタイミングを見計らう。やや後ろのメイアは前衛組全員を視界に収めた形で魔眼を発動。司令塔として集中して戦況を捉える。




 急ごしらえではあったが、その連携は凄まじく長年のパーティーであるかのような猛進を見せた。思案したミリィでさえ、ここまで機能するとは思わなかったくらいだ。

 朗報だったのはランドルフとイオリだ。この二人の攻撃力はジグレイを傷付けることが出来る。メイアも手段を選ばなければ出来るが、それより指示が光っているため無理はさせなかった。

 徐々に追い詰めていく実感があった。ジグレイも顔には出さないが口数は極端に減り、ユニークスキルを発動しようと何度も距離を稼ごうと動いていたのだ。全てが封殺出来ていた。削り切れるのではないかとミリィは内心期待してしまった。




 しかし、思わぬ形でそれは崩れ去る。






「はぁ、はぁ、これで仕舞いだ……」

「全員後ろへ飛べぇええええ!!!!」


 メイアが叫ぶが間に合わない。ほんの僅かな隙間だった。約十分間手も足も出ず防御に徹していたジグレイは、抱え込むような形で両手を身体の前に構えると、爆発するように禍々しく魔力が膨張した。


「【アストラル・テンペスト】」


 真っ白な魔力球体を這うように黒い稲妻が発生する。その光は瞬く間に前衛全員を包み込み、決して逃げることなど許されなかった。

 神聖属性、雷属性、破壊属性の三つが融合するこの魔法はジグレイのオリジナル魔法であり、本来は拳大の大きさの物を相手にぶつけるだけのものだ。それが半径二十メートルは広がり、地上で離れていたクーリヤック達以外を全員に直撃。言うまでもなく、逆転されてしまった。

 宙で戦っていた前衛は力なく地面に落下し、辛うじて生きてはいるものの虫の息。ミリィですら、上手く起き上がれず見上げるのが精一杯であった。


「ゆ、ユニークスキルを、魔法に……」

「……くそ、勿体ねぇ使い方しちまった。誰も死んでねぇじゃねえか。魔法に還元させるなんて慣れねぇことするもんじゃねえな」


 ゆったりと地面に降りてきたジグレイは、自身に回復魔法を掛けながら辺りを見回す。納得のいかない威力であったものの、ようやく鬱陶しい状況から抜け出せた。残った魔術師など単体では相手にならないと考えると、勝利を確信して頬が緩む。


「さぁて、まずは厄介なドチビ。お前から……」

「みんな! 諦めるな! まだ勝てる! 意識をしっかり保て! なんとかこっちへ戻ってこい!!」


 突然、クーリヤックの声が響き渡る。

 気でも狂ったのか、この絶望的な状況でどうしろと言うのか。ミリィは彼の行動が理解できなかった。

 それでも、「戻ってこい」「負けてない」と仲間を励まし続ける。後ろの魔術師が無防備になるからこんな状況でも動けない彼は、不思議なことに焦りと共に希望のある感情が滲み出ていた。


「頼む信じてくれ! !!」

「……っ!!」


 この言葉で、ミリィは最後の力を振り絞って走り出した。

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