12話
「へ〜、ロックさんがそんなことを」
「うん。私、正直わかんなくて。何だか彼のことが怖くなってきちゃった……」
馬車を操れるロックとランドルフは並んで進行し、残りの全員は前を歩き魔物や盗賊を警戒していた。洞窟内でのロックの言動が自分の頭では処理しきれないソアラは、長く連れ添っているミリィに相談する事にした。
ミリィとしては、そこまで悩む事なのか疑問だった。ロックに育てられたというのもあるが、そもそも悪を裁くのに手法が問われることが意外。こちらの生活圏での常識にまだ疎いところがある。
「でも、私はちょっと分かるのよね……」
「イオリ?」
「私ってほら、結構酷いことされてきた人生だからさ。ああいうのが他の子にもされちゃう可能性があるなら、他人事に思えないし……ロックもやっぱり人に言えない過去があるからじゃ……」
「そういうのじゃないですけどね」
ミリィはスッパリ切って捨てる。このままでは想像だけの話でグルグルしそうだったからだ。
「確かにロックさんは過去に悲惨な事もありましたが、今回の件に関してはもっともっとシンプルですよ」
「どういうこと?」
「ん〜、言葉で伝えると変に伝わるかも知れないんですけど、ようするに優しいだけです」
「優しい……」
「はい。私もよく言われるんですけど、『僕の手の届くところにいるなら絶対に守る』って言うのが彼の主義なんですよ。多分、皆さんから見てそこにズレがあるように感じてるだけなのかなって気がします」
「そういう考え方は理解出来るよ? ランドルフもそっちのタイプだし」
「その『守る』の規模でしょうか。すっごく広い意味で守ってくれるんです。多分それを可能にするために、善悪の分け方、罪に対する罰に雑念を入れない……かな? あの人に善悪を分けさせたらこの世界の人半分くらい消えそうです」
「どういう基準でそんなことになるのよ!」
「だから! 『守る』ですってば。私たちに害があるかないかです! 今回の虐殺はイオリ様のためにやったんですよ!」
「わ、私ぃ!?」
とんでもなく意外な、想定外にも程がある回答だった。
「はっきり言えば、ロックさんは私のためにそういう事を何度もしてきた人です。でも、今回は違う。闇ギルドがどれほどのものか知りませんが、多少付きまとわれても私もロックさんも『またか面倒だなぁ』くらいにしか思いません。彼が心配したのは貴方達、昔捕らえられた事があるイオリ様の安全のためですよ。ただの優しさです」
「どうしてそこまで……」
「仲間だと認めただけじゃないですか? 彼の感覚では共に過ごした時間とかよりあの眼で観た直感の方を信用してるみたいですし」
イオリは急にわかりやすい話しに戻り、反射的に「なるほど」と思ってしまった。どうせどう受け入れるかの落とし所を探していただけであって、これ以上考えても仕方のないことだ。聞き耳を立てていた他の三人も、それで納得する事にした。
一方、一人悶々と悩んでいたランドルフだが、彼は彼で分別のつく大人なのである程度の疑問を押し殺して消化していたのであった。
事前に王宮と連携していた事もあって、捕虜と麻薬の受け渡しはスムーズに進み、その他の面倒な手続きはランドルフ達に任せることにして一度解散した。ロックは何となく予想していた通り、お忍びでうろついていたメイアに捕まって酒場の一角で事情聴取を受けることとなった。
「ふーん、皆殺し?」
「皆殺しではない。九人は生かした」
「それで気まずくなったからそんな顔をしているの?」
「顔?」
「冗談よ。いつもとなーんにも変わんない」
町娘のコスプレにローブを羽織ったメイアは、冷たいミルクを飲んで「ぷはーっ」っと一息。ロックは改めて、見事な口調だなと思った。
「それにしても、その判断が出来るなんてね。やっぱり私の婿になるべきだよ。私だって全く同じ事をしていただろうしね。王の器ってやつだ」
「そんな器じゃないよ。手の届く範囲で物事を決めてるだけさ」
「手の届く範囲が広い。それも器っていうんだよ? あ、もしや魔眼持ちが関係あったりするのかもね。良識の欠如」
「なら魔眼持ちには気をつけて旅をするか。何が理由で狙われるか分からないからね」
魔眼ジョーク。横で聞くミリィはくだらな過ぎて追加でソーセージを注文した。
「ま、犯罪にはならないよ。指名手配犯を壊滅させた功績で金一封を送らせてもらおうかな」
「それは助かるよ。そろそろ資金が貯まりそうだったんだ」
「旅支度?」
「あぁ、旅って程じゃないけどね。別の国はもう暫く先になるだろうけど、ひとまず南側の街を渡り歩いてみようと思う」
「南なら港町シードランにも寄るよね。あそこの海老は特に質が良い。観光地で値段も少しお高めだけど是非食べてってね」
「そりゃ楽しみだ」
雑談は夕暮れまで続き、頃合いを見計らってメイアは席を立つ。
「じゃ、そろそろ帰るね。ミルクご馳走様」
「あぁ、気をつけてな」
おしとやかに手を振るメイアとすれ違いながら入ってきたランドルフ。他の面々も興味深そうにローブの女性を眺める。
席に着いたクーリヤックは、こそこそと小指を立てた。
「もしかして、コレか?」
「そんなわけないだろ。ただの知り合いだよ」
「つまんねえの。姉ちゃん! エール全員分!」
「ミリィは吞まないよ」
「やっぱ一つは果実水で!」
「はいよー!」
全員集まったところで打ち上げが始まる。
武装を解いたそれぞれは、私服もイメージ通りでロックは感心していた。ロックとミリィは基本一つしか服を持っていない。魔道具で汚れも落とせるし修繕も出来るからだ。
懸賞金の分配が終わり、後は祝勝会。ロックも珍しく酒を呑むことにした。
「だからよう! 子守りばっかじゃ華がねぇって! 若いんだからもっとガツガツいけよ!」
「誰の事子ども扱いしてるんですかクーリヤック様?」
「ミリィ~お前十五だろ? ギリ子供じゃん。ロックも夜の店に興味深々な歳なんだぜ? せめてお前がもう少し……」
「吞みすぎよクーリ」
「痛って!」
タガが外れてきたクーリヤックをジョッキで殴るイオリ。フォローするように隣に座ってきたソアラがロックと乾杯する。
「ごめんね。クーリ酔うとこんな感じなんだよね」
「構わないよ。クーリヤックは女遊びをよくしてるのか?」
「んーん、全くないよ。だって既婚者だし」
「え、既婚者だったんですか!?」
馬鹿にされたミリィはクーリヤックを殴りながら仰天した。
「クーリってこれでも一途なんだよ」
「お、おいやめろって」
「故郷の奥さんに定期的に会いに行くし。その時には絶対お土産大量に買って行くんだよね~?」
「いい男じゃないか」
「やーめーろー」
ヘロヘロのクーリヤックはソアラを止めようとしたが、力なく机に突っ伏した。
恋バナが好きな三人娘は、今度はミリィを標的に詰め寄る。
「ミリィちゃんはどうなの? 好きな人いるの?」
「ロックさんだよね! ずっと一緒にいるんでしょ?」
「もしかして別の人がいたり〜?」
「わ、わ、待ってください!」
急な方向転換に焦ったが、コホンと間を置くと正直に答える。
「私はロックさんが居ればそれでいいです」
「キャー! 可愛い! 大好きなんだね!?」
「そうですね。一番好きなのは間違いないです」
「ねっね! 付き合ってるの?」
「付き合ってませんし結婚も考えてませんよ? 種族も違いますし、ロックさんにはお嫁さんになる人がいますから」
「「「えぇ?」」」
突然降って湧いた婚約者の存在に空気が止まった。
「お嫁……さん?」
「はい。ミルティ様っていう素敵なお姉様です。ロックさんが家族って言うただ一人の女性です」
「……あれ? そういう人居ない流れじゃ……」
「居ても居なくても、私は死ぬまでずっと一緒にいますけどね。助手なので」
香ばしい匂いのする話になってきて、沈黙が多くなる。自分の話かなとロックは何も考えず参加してきた。
「ミルティは僕と結婚なんて考えてないんじゃないか? 付き合いは長いが数回しか会ったことないしね」
「ロックさんがそんなだからミルティ様が可哀想なんですよ!」
「それに家族っていうならミリィもそうじゃないか。君はずっと特別な存在で、ミルティだけに言ってきたわけじゃないよ」
「いまそういう話ししてませんよ?」
「………………二股野郎じゃん」
豆鉄砲を食らったような顔をするロックに皆が「ただの朴念仁か」と察する。
ハッと思い出したように、ランドルフはミルティについて聞く。
「もしかしてその方は、ミルティ・アーネストなんじゃないか?」
「ほう、よく知ってるね」
「ミミミミルティ・アーネスト!? 賢者ミルティ様のことだったの!?」
飛び出す勢いで声を大きくしたのはフゥであった。やや呼吸が荒くなるほど興奮した彼女は、ミルティの大ファンである。
「フゥはミルティの事が好きなのかい?」
「大大大好きです! 新聞に載っていたあの麗しいく洗礼されたお姿! 魔工学の論文も全部読んでますし、いつか落ち着いたら講義も参加したいなって思ってるんです!」
「なんだ、そんなに魔工学に興味があるなら僕が教えたのに。これでも魔工技師だよ?」
「嫌ですよ。アンレーヴはその技術が継承出来ないくらい難解だからアンレーヴ何ですよ? 私は人の頂点の一角であるミルティ様がいいんですー!」
「……基礎だって出来るのに」
ロックは本職でミルティに負けた気がしてやや落ち込んだ。
夜も更けていき、くだらない雑念も一息、クーリヤックとソアラが酔いつぶれたことでランドルフはどこか遠い目をしながら呟いた。
「ロック、俺達の仲間にならないか?」
「…………」
「わかってるさ、目的地のない旅をするんだろ? だが、俺達もまた数多の国を巡る。あながち相性も悪くないのかも知れん」
「ランドルフ……」
「仲間の皆はすでに友のように二人を受け入れている。想像が出来るんだ。苦楽を共にし、仕事が終わればでこうして呑みながら話して……」
「ふふ、僕が心配なんだね」
目が覚めるようにロックを見やると、彼は優しく微笑んでいた。図星をつかれたランドルフは「あぁ」と素直に答える。
「そうだな、俺はどこかお前が危うく見えている。いつか、周りに敵ばかり作ってしまうのではないかと……。お前が知らぬところで、お前の成した善行がひっくり返るような嫌な予感だ」
「考え過ぎだよ。ランドルフは酔うと心配性になるんだね」
「俺は真剣にっ!」
「ストップストップ」
口を挟んだのはイオリ。ソアラに膝枕をしたままその頭を撫でている彼女は、アルコールが完全に抜け平常時に戻っていた。
感情的な言葉を飲み込んだランドルフに、ロックは一つだけ提案する。
「心配なら、ランドルフ達だけは味方でいてくれよ。僕も、皆の味方であり続けるからさ」
「仲間ではなく、味方か……」
「そう、悪くないだろ?」
「あぁ、そうかもな」
腑に落ちたように、ランドルフは手に持ったエールを一気に飲み干した。そして立ち上がり、クーリヤックとソアラを担ぎあげる。
「ロック、お前との短い時間は俺達にとって価値のあるものだった。しばらくはこの国で調査を行う予定だ。機会があればまた呑もう!」
「楽しみにしてるよ」
意気投合した二人は目で語り合い、その間にパーティーの財布を握っているイオリが会計を済ませようとしたが。
「え? もう払ってる? 全額??」
なんと支払い済み。ここで、ロックはようやく理解が出来た。
「あぁ、だからわざわざ直接きたのか」
「何のことだ?」
「正義の味方からのご褒美ってことかな。マメな事だよ全く。何が『ミルクご馳走様』なんだか」
「??」
メイアからのサプライズに気が緩み、ロックは腑抜けた顔で笑った。
ランドルフ達も引き上げ、店内にはロック達と僅か数人。残った酒と僅かな食べ残しを口に運ぶロックの横、ミリィは少しうずうずしていた。
「ねぇロックさん」
「ん?」
「私も少し吞んでいいですか?」
「いいよ。おいで」
「わーい!」
ミリィはロックの膝の上に乗ると、「果実酒一つ!」と元気に注文した。
そう、ミリィは酒が呑めないわけではない。酔うと魔力制御が苦手になり膨大な魔力が溢れてしまうのだ。だから街中で吞むときはロックと常に密着し、彼に魔力を抑えてもらう必要がある。こんなこと、大勢の人前でするといらぬ誤解を受けるためずっと我慢していたのだ。
「ぷはぁっ美味しい! ロックさん美味しいです!」
「そうだね」
「おつまみ頼んでいいですか?」
「いいよ」
「すみません! 魚の香草焼きとホクホクじゃが揚げください!」
「あんまり食べてないと思ったら、始めからこうするつもりだったんだね」
「ふっふっふ、その通りです。うわっ、ロックさんが珍しくお酒臭い! 臭いです~♪」
「やめなさい」
クンクンとロックの口を嗅ごうとするミリィはすでに酔っていて、いつもよりテンション高く甘え倒していた。
第二ラウンドは閉店するまで続き、最後にはミリィも寝てしまい背負って帰ることとなったロックなのであった。
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