11話
「ここの魔力回路をこんな形にするんだ。すると拡張術式の流れが……」
「わっわっ、気持ち悪っ!」
トリアイナへ帰る道中、ロックとイオリはずっとこんな調子で魔力運用のテストをしていた。その間、周りの警戒や魔物との戦闘はランドルフ達が受けおっている。やや広い街道に出たこともあって、比較的安全に移動出来ていた。
ランドルフからロックに持ち掛けた話しは、至極単純なことであった。
「イオリを鍛えてみてくれないか?」
「鍛える、のかい? すでにSランクの実力があるんだろう?」
「そうなんだが……実は」
イオリの【
過去、イオリは闇ギルドの研究員に長らくそういった実験を受けており、ランドルフの手によって救われた。そして、その能力を国へ報告することで【
ようやく固定砲台として火力だけはSランクになり、単体捕縛用固有スキル【龍の微睡み】で一体一には強くなったが、他の能力はどうにも低過ぎる。Dランク程度の実力者が三人で囲めば事足りるレベルなのだった。
「おわっ! 見て見てランドルフ! 無詠唱魔法だよ! しかもこんなに速射出来る! 夢を見てるみたい! あはははっ!」
イオリは理想通りの動きを会得し、ずっと燻っていた思いを前進させた喜びに飛び跳ねる。
思わず涙目になってしまったランドルフは、鼻をすすりながらロックと肩を組んだ。
「しかし、ロックに頼んでよかった。同じアンレーヴならもしやと思っていたが、この教えはロックの魔眼があるからこそ。我々は本当に運が良かったんだな」
「彼女の全身の魔力回路は人の何倍も多くとんでもない密度だ。把握するのも訓練するのも彼女独自のやり方が必要で、今回はそれを明確にしただけだよ。根気強く鍛錬すれば、僕やミリィを脅かすくらい強くなるだろうね」
「そ、そんなにか……?」
「ランドルフ、尻に敷かれないよう頑張りなよ。痴話喧嘩で殺されるかもよ?」
「どうしてそれを!!」
取り乱したランドルフを見て、ロックは耐えきれなくなって笑った。
「イオリを落とした時の君の目だよ。僕に敵意がないから死なせていない事は分かっていたくせに、それはもう尋常じゃない殺意を放っていた。先に落とされたフゥやソアラとは違ったわけだ」
「うぐっ……面目ない。まだまだ自制心は未熟だったようだ」
「僕も仮にミリィがそうなったら、抑えられる自信がないよ」
傍を歩くミリィは、聞いていたのか嬉しそうに満面の笑みでロックを見上げる。その可愛らしい弟子を撫でながら、ロックは忘れ去られようとしていた本題を持ち出した。
「ところで、闇ギルドの目的は何なんだい?」
「過去に捕らえられた構成員の話では『魔神信仰』のカルト集団らしい。どうするつもりか知らないが、魔神様とやらの力を借りて自らを使徒『
「魔神様に魔人……ね。それが非道な金稼ぎに繋がるのか甚だ疑問だけど」
「信仰自体は本物なんだろう。組織を大きくするには金がかかるもんだ。ヤツらの規模を考えれば今回の討伐も焼け石に水かもしれんが、一時的にでも被害者が減るのは間違いない。向こうの幹部も切れ者が多く本拠地の特定は至難だ。各地の拠点を潰して地道にやるしかない」
ロックとしては塩梅が難しい話だった。これから活動範囲を広げていく手前、新興宗教に手を出すとなれば今後狙われ続ける可能性もある。ただの賊扱いするには面倒な相手だ。
「どうした?」
「何でもないよ。そろそろ王都に着くが、手伝うのは明日でいいんだな?」
「あぁ、明日の昼の鐘でいいだろう。何か使うものがあればこちらで仕入れるが?」
「大量の縄かな。何人いるのか知らないけど」
「全員捕まえるつもりなのか? こう言っちゃ何だが、闇ギルドは逃げるのが妙に上手いぞ?」
「一人も逃がすつもりはないよ。もしかしたら数人しか捕まえないかもしれないけど、念の為さ」
「……? まぁ分かった。準備しておこう」
少し違和感のある言い回しに引っかかったが、ランドルフはそれ以上踏み入らなかった。
王都に辿り着いた一行は一時解散し、ロックは宿で手紙を書くと、冒険者ギルド経由で今回の経緯を王国へ報告したのであった。
次の日、馬車を二台レンタルして再びラナイアの森を目指していたところ、その雰囲気は実に和やかなものだった。
「へー、ロックさんは旅先ですぐご飯屋さんを目指すタイプなんですね。観光地を巡ったり現地の人と積極的に話したいって、実に漫遊浪漫ですねぇ」
すっかりミリィと仲良くなったフゥは、手網を握るロックを覗き込む。
ミリィはこれまでの旅で出会った美味しいものをランキング形式で語っていた。お陰で腕を組んで黙っていたクーリヤックはお腹を鳴らしてしまう。
「昼食もまだなのにメシの話ばっかしやがって。まだ着かねぇのかよ。馬車ってマジ遅せぇよな」
「あと一刻ほどさ。これでも食べるかい?」
ロックはポーチからパンを一つ取り出すと、それをクーリヤックに投げ渡す。
「何だこれ? 出来たてのパンじゃねぇか。時空間魔法も使えんのか?」
「あー!! コレですコレ! ランキング第二十六位のアーリオ麦のバターパン! ロックさんずるい! 残ってたなら言ってくださいよ!」
「それで最後だよ。ミリィは食べようと思ったら食べられるんだから二人に譲ってあげなさい。ちゃんと半分こして食べるんだよ?」
「何だこれうめぇぇぇ!! 信じらんねぇ!!」
「ダメダメッ! クーリ半分こだよ!! 」
わちゃわちゃと騒ぐ小さい組を眺め、ロックは優しく笑う。こういう旅も良いなと浸りながら、心地よい風に身を任せた。
森の入口に馬車を繋ぎ軽い昼食を済ませた一行。早くもアルラウネの生息地に入ろうとしていた。
「さて、問題はここからだな。何か手掛かりを見つけなければ」
ランドルフは辺りを見渡し人為的な痕跡を探そうとしていたが、ロックはこれ見よがしにとある宝具を取り出した。
「何だそのダサ……個性的なゴーグルは……」
ランドルフ、既のところで本音を回避。
「君にはこの格好良さが分かるみたいだね。これは僕が作った探し物を見付けるゴーグル【スニークキャッチャー】さ。任せてくれ、最短で敵の拠点を目指して見せよう」
「あぁ、……ははは」
ロックの変なツボを刺激しないようランドルフは笑って誤魔化した。すぐにミリィと目を合わせて見たが、彼女も「すみません、彼こういう所あって」と言いたげな顔で苦笑い。
ゴーグルを掛けて暫くジッと立ち止まったロックが「見つけた」と言って歩き出すと、皆が気配を抑えながら追随する。道中、事前に決めていた作戦をより細かく確認する。
「拠点に着いたら即座にクーリヤックの固有スキル【夜の宴】で結界を張ってもらう。見張りが居ようが居まいが関係なく最大規模で頼むよ」
「おう」
【夜の宴】の性質上、十分という制限時間はあるがこの間は内から外に逃げ出すことは出来ない。このメンバーで初手から取り逃がす可能性は低いと見ている。
「魔力感知で確認したが、やはり魔物の住処を掘り広げた洞窟みたいだ。恐らく出入口は一つだから正面から入ろう。中に入るのは僕、ミリィ、ランドルフ、ソアラの四人で……」
「待って、私も入っちゃ駄目かな?」
おずおずと手を挙げるイオリ。恐らく新しく手にした力の試運転をしたいのだろうと、ロックは手解きした手前断り辛かった。
「まぁ、問題はないよ。ミリィと交代しよう。それでいいかい?」
「私はどこでもいいですよ」
「もし、中から逃げ出した人がいたらミリィの判断でどうするか決めていい」
「わかりました」
今回の討伐が特に訓練にならないものだと悟ったミリィは、顔には出さないがあまり興味無さそうに返事をする。恐らく中に入っても出番はないだろうと気付いているのだ。
「外はクーリヤックが入ればどうとでもなると思う。問題は中だ。前は君達で、最後尾は僕に任せてよ。イオリは【サーチ】は使えるかい?」
「五十メートルくらいなら」
「十分だね。基本陣形があるだろうから、僕の動きは考えなくて大丈夫。何かあれば合わせるよ……何もないだろうけど」
「どうしてわかるんだ?」
ランドルフは訝しげに聞く。彼の想定では幹部がいることも踏まえている。ロックが妙に軽く考えているように捉えたのだ。
「この魔道具は超広範囲の魔力痕を観る事が出来るんだけど、入口に大した痕跡がないんだ。万が一テレポーターを設置しているかなと思ったけど、あれ特有の痕跡も全くないから可能性はゼロ。はっきり言って楽勝だよ」
「そこまで正確な観測が出来るのか……」
「あんまり評価されないけど、この魔道具は僕の中でもかなり自信作だからね。性能だけなら世界一だと思うよ」
言いながら、ロックは渋い顔をしていた。見栄えが一般ウケしないのが唯一の欠点なのだ。
「さ、手早く終わらせて帰ろう」
「これで最後!!」
「ぐわぁああああっ!!」
洞窟内最深部。総勢五十人ほどの構成員をイオリとソアラだけで戦闘不能にしたことで、特に危なげなく速やかに麻薬の回収をする事が出来た。一番時間が掛かったのは、全員を縄で縛ることだ。
その中でリーダー格らしき六人を起こし、ロックは顔を覗き込んで質問をする。
「君達の本拠地はどこにあるんだい?」
「言うわけねぇだろクソが! さっさと縄を解きやがれ!」
「俺たち闇ギルドに手を出してタダで済むと思ってんのか!? どこまでも追いかけてぶっ殺してやるよ!!」
「なぁ!? 残念だぜてめぇら!! これから怯えながら生きていくんだ!! 魔神様の天罰は絶対に逃がしてくれねぇぞ!!」
全員が罵詈雑言を垂れ流し、ロックは「よく分かった」と全員を別室に幽閉した。戻ってくると、次の数人に同じ言葉を投げる。
「本拠地はどこだい?」
「しし、知らない! 俺は気付いたらここに居たんだ! 頭が痛ぇ……何も思い出せない!」
「本当か?」
「嘘じゃねぇ! ほんとに覚えてないんだ!」
「ふーん」
そして、先と同じように別室へ入れていく。ただ、数人はまた違う部屋へと入れられ、その違いに法則性はなかった。強がって噛み付いて来ようが、無実を訴え命乞いをしようがどちらの部屋へ入れられるかはロック次第だ。
全員を振り分けた頃、ずっと黙って見ていたランドルフは仲間と首を傾げ合ってロックに聞く。
「何をしているんだ?」
「選別だよ」
それ以上言葉は続けず、ロックは凡そ四十人ほど入っている部屋へと入っていった。
そして……。
「ぎゃぁああああ!!」
「来るなぁあ!! がぁっ!!」
阿鼻叫喚の大絶叫。突然の事に思考が追いつかない三人は、急いでロックが入っていった部屋の扉を開いた。
「ロッ……っ!」
すでに手遅れ。悪い予感は吐き気を催す血の臭気と共にそこに広がっていた。血塗れのロックの周りには、首の無い死体が散乱し、生き残りは誰も居なかった。
そんなはずない。こんなのはおかしい。思い思いに絶望した三人。ソアラとイオリは腰が抜け涙目で呼吸を細くし、怒りが滲み出るランドルフはロックの胸ぐらを掴んだ。
「なんて事をしたんだ!! こんなのは人のする事じゃない!!」
「彼らは残念ながら手遅れだ。これからも誰かを貶め、殺人に手を染め、悪逆の限りを尽くし信仰を続けるだろう」
「なぜそんなことがっ、たった一言のやり取りで何が分かると言うんだ!これから更生したかもしれない! 騙されて連れてこられたり洗脳されてる可能性だってあったじゃないか!!」
「ないよ」
暗く邪悪な空気の中、ロックは真っ直ぐにランドルフを見つめる。その迷いのない佇まいに、ランドルフは手を引いて「くそ……」と目を逸らす。
「僕の眼は嘘を見抜くことでも心の中を読めるわけでもない。『違いを認識する』というものだ。この『違い』というのは言葉通りではなく、君達では想像すら出来ないものまで見分ける。だから、納得はいらない」
「しかし……しかしだ……」
「ランドルフ。君は正しいよ。命の重さは計れない。計れないほど重く取り返しのつかないものだ。軽々しくその灯火を消してはいけない。君は美しく、騎士らしい黄金の精神だね」
ロックは至って真剣だった。
「僕には理解できない」
「……っ! ロック……」
「それじゃあ守れない。人道は善意に示すことで価値が生まれる。悪意に向けるものじゃない。甘いんだよ、美しい君のその考え方は。僕は大切なものを守るためなら泥だろうが血だろうが何度だって全身に被れる。それだけの考え方の違いさ」
「…………」
考え方の違い。なんと都合いい、反論の余地もない言葉なのだろう。実際、今回の事が公になろうがロックは捕まらない。いや、そんな問題でもない。例え相手が貴族だろうが王族だろうが、ロックを脅かす者は同じ結末を辿ることを、今この場で示したのだ。
噛み砕くには硬すぎる問題だった。三人は横を通り過ぎるロックがどんな環境で生きてきたのかと思考を巡らせるくらいしか出来ない。ここまでの事をしておいて、自分たちには優し過ぎるくらい優しかった。混乱の極みだ。
そこからは予定通り、残った数人を出口へ連行した。全員を馬車に乗せ、もう一つの馬車には麻薬を積み込んでこの場を後にした。
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