第30話 帰ってくれたら嬉しいわ

「ループ還りを繰り返していると、非常に俗っぽい表現で恐縮ですが、魂が摩耗していくのを感じます。それもまあ、そう感じているのは観測の自覚がある私だけでしょう。今までの世界線で掛けられてきた言葉としては、辛くはないのか、苦しくないのかと安易に問われる訳ですが、もうそんな感傷で片付けられる時期はとうに過ぎました。というより、そんな一言で表現されては堪らないとい気持ちが優っているのだと思います。大体あと10年ほどで世界の、特にラルキアにおいては、変化が顕在化してくるわけでありますが、時期の誤差は選んだルートによって若干ズレがあるものの、そこから数年後に文字通り世界はリセットされます。そして現在地から見て9年前の世界に戻ります。一般的にタイムループというのは自覚のある人間がトリガーを握っているものだと思います。いうならばアクティブなのかパッシブなのかという違いですね。自分自身が変数であり、起因する原因が自分自身にある場合が前者。本来であれば観測者である私がそれを担っているべきでありながら、完全なパッシブの側に属しているわけです。当然ながらこれは特に私にとって都合が悪い。それがバッドエンドルートであったという結果を知るのは、ループ還りをしたその時に初めて気づくわけですが、間接的にしか原因の追及が出来ないでのす。そのため、まず私が知らないとならないのはトリガーである変数はどこにあるのかということでした」


我々は旧魔王城にあるグレートホールに呼ばれ、食卓を囲っている。

地下厨房は現在閉鎖されているため、ケータリングしたそうだ。

延々と止まらない意味不明の拡大していく情報に、皆、去勢されたミノタウロスみたいなレイプ目で、彼の話の続きを虚無って聞いていた。


「問題を認識したらそこから遡って答えを導き出す必要があります。私は軍事政権に移行する前のラルキアに赴き、共産主義政権が樹立する前のラルキアも経験しました。クーデターだろうと革命であろうと、ディテールの違いこそあれ、それらが果たされようとする直前にタイムループは起こります。いや別に私は、やれリパブリックだ。リベラルデモクラシーだと言いたい訳ではありません。もうすでに私の愛着や忠誠は祖国フォルニアであり、極論ラルキアの政体がどうあろうと正直関係ありません。公人としては口が裂けてもそんなことは言えませんがね。何が言いたいのかというと、神だろうがゲームマスターであろうが、それらがいたと仮定して、隣国の未来を憂いてバッドエンドルートが確定する訳ではないということです。であるのなら変数はやはり人であると考えられます。そこで目をつけたのがラルキアの皇帝バートランド13世です。彼は現在9歳の傀儡として皇帝の地位にいる訳ですが、リセット地点がここから9年前であることからも、彼が変数であることを指し示しております。ご存じの通り、我々はこの世界では転生者として、、、おっと、そうだ。そうだ。すいません。ステラ女史とオット少尉は違いましたね。ヴァレンタイン少佐とマクギリスくんは転生者として、それぞれ違うアビリティを持っております。私もしかり、同じ世界からここに来た、いわば同郷です。少佐のアビリティは平衡と私は呼んでます。他者の内耳に対して干渉する能力で、その軍事的価値は図りしれません。マクギリスくんのアビリティは識別と呼んでおります。他者の視覚と脳に干渉する能力です。おふたりの今までの経歴が示す通り戦闘に能力を転化させると大きなアドバンテージを発揮します。ちなみに私のアビリティは定位と名づけてます。周囲の動いているものとの距離や位置関係を把握する能力で、おふたりの能力を打ち消す効果もあります。仮にこの能力を与えた劇作家がいるのなら、我々を戦わせたかったのかもしれませんね。そして、この能力がタイムリープしている世界では私を観測者然としている訳です。さて話を戻しますと、同じく転生者であるラルキアの皇帝が持つ能力を、私は変換と呼んでおります」


部屋の空気が一変したことを告げていた。

今までは得体のしれない人物のとんでもない与太ではないかと、皆どこか信じられていなかった。しかし残念ながら突如世界は変わってしまった。彼がコーディネーターに扮して行動を共にしていた時も、我々の能力を説明することは無かったし、彼の前であからさまに使ったことも無かった。

もちろん、転生者であることは少尉もステラ女史も知らない。マクギリスって誰だよって思ったら、なるほどリッパーの顔を見て得心した。痛いほどの視線が我々に向けられていることに気づいて、小さく頷き肯定した。


「実におかしな話だと思います。そうだとは思いませんか?なぜ我々はこの世界に生まれついたのか?なぜアビリティを授かったのか?例えが前の世界の話で恐縮ですが、アレクサンドロス3世が、ユリウス・カエサルが、アウグストゥスが我々と同じように転生者だったと言われたらロマンはありますが、とたんに世界の価値は下がります。ディープステート、ロズウェルはゴシップの中だけで楽しむから娯楽として成立するのです。あるいは水槽の中の脳のように、この世界が誰かの思考の中だけの存在だったと定義したところで、それを証明するすべはないのかもしれない。我々に出来ることは当たり前のように客観的に見ているこの世界を、経験と結びつけてて知ること以外ないのです」


彼は一息ついて煙草に火をつけた。

従者を呼んで耳打ちすると、持ってきたカプセルと一緒に水を飲みながら話を続けた。


「この世界の意味など考えたところで答えはでないことは承知です。ただ私はすでに243回この期間を過ごしております。それだけこの世界に囚われていると、妄執という病が己を蝕みます。この世界を解き明かすことが、次に進めるためのキーであると、地獄に垂らされる糸の如くそれに縋っているにすぎません。—そうですね。あなたがたのことは、あなたがたが考えている以上に知っています。一緒に軍事クーデターを止めるべく行動したこともあります。そうなるとコミュニスト達が台頭してきて世界はまたリセットしました。今度はコミュニストを止めると、内戦が広がり、また世界はリセットしました。フォルニアとしてラルキアを攻めたこともありました。戦禍の途中で世界はリセットしました。戦争を起こすまでのコストに見合わない散々たる結果でした。皇帝単体を助けても事態は好転しませんでした。今までで一番リセット期間が伸び、可能性を感じたのは、のちに征夷の乱と呼ばれるようになる、あなたがたが主導した反乱です。私はキーがそこにあると考えております」


「「「「へっ?」」」」


「一般相対性理論の中に、時空がぐるっと回り、過去に戻るような構造があります。CTC(Closed Timelike Curve)と呼ばれるやつです。ただしタイムリープ自体は理論上可能でありながら、実現不可能であるとも言われております。アインシュタインは神はサイコロを振らないと言いました。しかし量子力学では粒子の状態は確率的で観測するまで決まらないというルールが存在します。ここにあるかもしれないし、あるいはないかもしれない。ボーアのコペンハーゲン解釈ですね。シュレディンガーの猫はボーアの説を否定するために考えられた思考実験ですが、皮肉にも量子力学を理解するための便利ツールとして活用されております。すなわち生と死は重ね合わせの状態。箱を開けるまでは確定しないとなるわけです。タイムループしているという状態は分岐した世界線、ようは多世界解釈になりますが、実際に時間が巻き戻っているのではなく、一見同じように見えますが、因果関係が違う別の世界に飛んでいる状態を指します。もし神がサイコロを振らないとしたのなら、ループした世界は永遠に結果を変えることはできません。ただ私が実際に経験したように、行動によって別の未来へと変わるということは、神がサイコロを振った結果を何度も観察し、確率の偏りを調べている実験空間とも言える。いうならば我々は量子的に閉じ込められた状態というわけです」


「「「「ふぁっ?」」」」


「例えば二重スリット実験で電子は観測されていない時、波として両方の道を同時に進みます。しかし観測された瞬間にひとつの道に決まってしまいます。さて、ここでいったん話を整理しましょう。この世界を観測している役割を私は担っている。しかし実はそう思い込んでいるだけかもしれない。例えば実際にはこれが物語で、それを読んでいる読者が観測者であるというメタい展開も完全には否定出来ないのです。実証実験を行うには分類されたフェーズを繰り返し行う必要があります。まず問題の定義。次に仮説の設定。3つ、実験計画の立案。4つ、実験の準備。5つ、実験の実施。6つ、データの解析。そして最後に結論と考察です。その点においては考える時間も、フェーズに沿って繰り返す時間も、これも皮肉なことではありますが私には充分にありました。そこで私が導き出した答えは私自身の物語からの退場でした。先ほどのシュレディンガーの猫で考えると、箱の中にいる我々は誰からも観測されない状態にしなければならない。観測されることによって確定されてしまう変数から抜け出すことが求められるわけです。これが成功すればこの物語を紡いている、ラプラスの悪魔は存在しないことを意味します。変数の介入が行われた時になにが起きるかというと、おそらく観測者の書き換えです。もう一つの変数であったラルキアの皇帝にそれが移譲され、定数になることでこの物語がやっと動き出すのです」


「「「「へっ?」」」」


「長く行動を共にしていたあなた方と別れを告げるのは心苦しい限りです。しかし苦楽を共にしてきた仲間だからこそ、なにも言わず退場することは私の理念に反します。仁義を通せずしてなにが人の道でしょうか?私の仮説が正しかった場合、物語が前進する可能性は高まります。しかし変数であるラルキアの皇帝が観測者となり、また同じくタイムリープをしていく可能性も否定できません。そのためあなた方にはやはり、ラルキアで反乱を起こして頂かないとならない。先ほど毒を自分に盛りました。だいたいあと30分ぐらいでしょうか、私は死にます。そして下手人はあなたがたとなり、追われる身となるでしょう。でも大丈夫です。そこからの先はそれまで一緒に行動してきた私が保証します。私は常々思うのですが、生まれてきたことに理由があると思いたい。やはり人間そこからはどうやっても逃れられない、ということなんではないでしょうか」


「「「「ふぁーーーーーーー!!!!」」」」

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