第29話 降っても晴れても
壺の中のガチョウという話がある。
ある夜、師匠が寝床から飛び起きて弟子達を叩き起こす。
師匠は「こんな夢を見た!解決してほしい!」と興奮して話す。
曰く、壺に入っていたガチョウの卵が羽化してしまった。ガチョウの雛を助けたくてもすでに大き過ぎて、取り出せない。そうなると壺を割るしか方法がないが、高価なものなので、割るという決断は取りたくない。
壺を割らずにガチョウを救い出せというお題を、弟子達は与えられた訳だが、師匠は早くしろと言った側から弟子達を殴り続ける。
ガチョウを救いたい。だけど壺は割りたくないというジレンマ。
殴られ続けられるプレッシャー。
理不尽のファンファーレ。
とりあえずあなたの近くに、そんな師匠がいないことを祈りたい。
急き立てられるようにスリングを出て、魔王国に侵入を果たした。道中はなかなか過酷だったが、おかげでパーティーとしてまとまってきたと思う。困難を一緒に乗り越えたことでチームビルディングは今では絶好調だ。
ステラ女史は口が悪いが、私だってツンの理解には一日の長がある。スタンダードに金髪ツーサイドアップの赤色のプラグスーツから、大量文房具武器携帯人間、もちろん手乗りタイガーだって履修済みだ。
ツンは問題ではない。
デレがまだない。
ただ、こういうのは自分から求めてしまうと、むしろ遠のいてしまうものだ。いざという時に物怖じしないで攻められるかにかかっていると思う。男子たるものという矜持で、不動を貫く所存である。
リッパーもだいぶ打ち解けて「あぁ」とか「うぅ」とか1センテンスぐらいなら喋るようになった。
なにより驚いたのはリッパーも私同様に転生者だったことだ。
なぜ気付けたかというと、無数のタトゥーの中に「96式ASUKA MPL」という文字が彫られていたのを見たからだ。
ちょっと自分とは時代が違うし、完全に知ったかだけど、耳元で「俺に銃を撃たせろ」と日本語で囁いたら仰け反って口をパクパクさせていた。でもTV版とネットの情報だけだし、腕に彫るほどの剛の者から推しトークとか求められても困るので、今はその時じゃないみたいな顔をして、なんとかやり過ごしている。
モルトンに入る直前、追跡があったから偵察よろしくねって言ったら、首を持ってきた。死ぬほど驚いたけどステラ嬢にバカにされたくなかったし、軍人ぽく気丈に振舞ったら、なぜか童貞印認定された。泣きたくなった。
思えば遠くへ来たものだ。
問題はこの先が見えないことだ。
なにも決断しないまま、流れるままにここまで来てしまった気がする。
人生は後ろ向きにしか理解できないが、前向きにしか生きられない。と昔の賢人は言ったそうだが、ぷんすこである。なんそれである。腹の足しにもならぬわ。
そういう自分語りの達観とかいらないので、寝転んでても爆速でブチ上がる、お手軽ハウトゥーとかをこちとら求めているのだ。
だから海外線を歩いていたらなんかお城が見えてきて、ノリで乗り込むことになったのは不本意以外の何物でもなかった。
「あれやな、あれ、、、あかん。なんも良い例えが思いつかんかったわ」
肩で卵おじがなんか喋ってる。
とてもいい迷惑である。正直呪物でも装備しているような気分だ。
バットステータスを引き換えに、新たなスキルを獲得しましたというポップアップウィンドウでも出てくれば少しは慰められるのだが、ただ勝手に脳で喋るお友達が出来ただけです。ありがとうございます。
「えらい言われようやんか、まあ、何はともあれ、けったいな騒ぎやな」
そう、勢いで乗り込んだ城は、古城であり、観光地だった。
夜には閉まっていたシャッターが上がり、カフェやパブ。帽子屋から絵葉書の並ぶ雑貨屋。毒々しい色のしたアイスクリーム屋や、城の名前を冠にしたお土産菓子店なんかが所狭しに並び、どこも賑わっている。
通りを歩く人々の顔は休暇を楽しむそれである。その笑顔の先に、戦時中の悲惨さは無かった。否が応でも、今では祖国と呼ぶ場所とのコントラストが、さまざまと浮き彫りになってくる。
歩いているドワーフの老夫婦を捕まえて聞くと、初代勇者が攻めてきて魔王と戦った旧魔王城らしい。
今日は丁度その日にあたり、祝日であるとのこと。
入城料も無料になり、役者による魔王勇者の戦闘をを再現する演舞もあるとのことだった。
なんでわざわざ、そんな演目をと思ったが、そういえば出陣前の帝都で観た歌劇も同じく悲劇だった。
アリストテレス曰く「カタルシスとは悲しいときは悲しみから始め、悲しみに共鳴して悲しさを吐き出させてから明るい世界へ入っていくことによって精神のバランスをとっている」だそうだ。
ふむふむ。母を蘇えさせるため身体を失った兄弟も、母が突如現れた巨人に噛み砕かれる主人公も、凡庸人型決戦兵器に母を取り込まれるというストーリーは確かに私たちにカタルシスを与えてきた。(物語冒頭で母親が死ぬのは主人公の自立を意味するのだと思う)
特にこの魔王国の場合は、そこから始まる再生のストーリーがあるのだろう。
欠けたものを探しに行く「生きて還し物語」とは、物語を司る構成上の基本だ。
なるほどな。人は「くっ殺」のエモさに悶えたい生きものなのだと思った。
「驚きましたか?」
声をかけてきたのは、我々がモルトンで雇ったコーディネーターだった。
古城(観光地)に乗り込む際には、お役目御免とばかりに行方をくらませていたと思ったら、急にまた我々の前に現れた。
「ラルキア内には敵国の情勢は意図的に伝わらないようにされているのです。今までそれを知り得たのは潜入をしてきた勇者パーティーと、ラルキアの高官達だけなのです。私たちの国で活動していた勇者パーティーには必ず、勇者局より1名お目付役として、パーティーに強制的にメンバーとして組み込まれます。わかりやすく造反防止ですね。なんてたってラルキアよりこの国は豊かです。そして人々も戦争の重税に苦しむラルキアの民より明るい。ラルキアで贅を享受出来るのは、貴族と一部の役人に限られます。潜入してオーダーをこなしていく中で、勇者パーティー達にも疑念が生じる。彼らが教えられてきた歴史観は、初代勇者と魔王の時代からまるで進歩していないカビの生えた情操教育の上に成り立っています。いわゆる二項対立、勧善懲悪の世界です。魔王国は、帝国を腐敗、堕落させる敵国の筈、なのに実際目の当たりにするこの国に来てみると、人民に負担を強いる祖国のお偉方のが、ずっと傲慢に見える。しかしそう思う勇者パーティー出てくることもラルキアは織り込み済みなのです。人を縛るのはいつも縁ですからね。自分の行動は仲間、ラルキアに残す家族にも影響を及ぼす。そう思えば、疑いを持とうが簡単に造反に移せるものなどおりません。そもそも縁のしがらみを持たないような者を勇者という称号を与えないのですからね。もちろん、たまにイレギュラーは起こり得るものですが、確率的にはとても低いものですから、魔王国内で呪われて敵国のシンパとなってしまったと糾弾し、内々に処理をすればいいだけのことなのです。あなたがその枠に入っていないのは、あなた自身が想像するとおり、そもそもがイレギュラーな存在だからに他なりません」
えっ、なに?急にいっぱい喋るじゃん。キモっ
「ああ、すいません。こればかりは何回繰り返しても上手く出来ません。いつも最初に声をかける時はどうしても警戒心を生んでしまうんですよね。ここまで来てもらうのにコーディネーターに扮していたなら、気持ち少しでも打ち解けるのかと思って、この回はそれで行こうと休暇を合わせてやってみましたが、往路の途中でようやく、これは不味いと気づく訳です。だって、こんなの、仲間だと思っていたら、犯人でした。といういかにもなテンプレ展開となんら変わりません。おっと、これはまずいぞと道中思い至りましたが、着地を想像できたところで、後の祭りというわけです。なんでも思い通りにならない、これも人生とも思いましたが、まあ、だからこそ私が此処にいる理由でもあるわけです」
コーディネーターは白のスリーピースにボウタイに着替えていて、オークらしい褐色の肌にそれはとても似合っていた。今からハバナでモヒートを傾けながらバカラをするのさセニョリータ、というごきげんなセリフを吐きそうな雰囲気があるのだが、残念ながら出てきた言葉と、落ち着いたトーンの喋り方は、我々の神経を逆撫でただけだった。
「こうなってしまっては今更取り繕っても仕方ありません。大事なのはここから如何にリカバリーするかです。出会い方など些細な問題なのです。人の関係値は年輪よりも、お互いの深度です。過干渉することで相手の気持ちを損ねてしまう、一度相手をやりこんでしまうと相手はそれをずっと覚えている。そうなってから、ソーリー。私は会心しました。ご覧ください。と言っても支持を得るのはなかなか難しい。目的地に辿り着きたいなら、まず信頼の構築から図られていることが前提となります。そうでなければ、きっといつまでも求めている場所には辿り着けないだろうと考えています」
ちょっとなにを言っているかわからないよ父さんと尋ねようとしたら、指を立てて言葉を遮られた。
「もちろん質問をしたいと欲求を否定はしません。むしろ当然の権利です。人類がここまで進歩してきたのは知りたいという原罪に贖えなかったこらこそ、なしえた功績なのです。しかし私はここに至るまで完璧にスケジュールを組んできました。能動的なタイムマネジメントで、結果にコミットしようと努力してきました。努力はいい。努力している間は辿り着けなかった、辿り着きたかった夢の果ても見ないでいられます。努力の結果が伴わないことが苦しいのではありません。人は足掻くのをやめてしまった己に苦しむのです。話が逸れてしまいましたが、この後、魔王勇者、初代様達の演舞を予定しております。それを観ながら、このお話をさせて頂いた方が理解が得られると考えております」
額から流れ落ちた汗を袖で拭った。上空にドラゴンフライが旋回しているのが見えた。
通りを歩く異国の女の匂いが鼻腔をかすめる。もうこんな世界は放り出して、ホイホイとブリンブリンな尻を追いかけるべきだと本能が告げている。
周りにいる仲間達の顔を見た。皆、不安そうにこちらを眺めている。
ああ、つくづく俺ったら小市民だわ。この後に及んでバインバインよりも皆にいい顔をしたいのだ。自分の体積よりも大きい溜息が体を包んだ。
「わかりました。というよりなにもかもわかりませんが、まあ別に構いません」
(イキりきれへんのは見てて痛々しいわぁ)
うるせえ卵。
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大きく開けた野外演舞場に出た。
すでに舞台は始まっていて、人々はエールや燻製肉を挟んだパンの包みを片手に眺めていた。
銅鑼や太鼓の音が響き、戦闘シーンを演出する。
勇者役はグレートソードを構え。魔王役は龍鱗の鎧を纏い、双戟を振るう。
「物語は魔王が勇者に敗れ、めでたし。めでたし。と、勝てば官軍となりえた側とは訳が違います。敗者側の現実は無慈悲です。というより元々ラルキアという国などありませんでした。辺境の反乱により、為政者が打倒された。それがこの国とラルキアとの成り立ちです。歴史を踏まえると双方の歩み寄りなど到底期待できませんよね。所詮辺境の反乱と舐めプしていた当時の王族達は、現場に口を出しては混乱させ、終いには自分達が討ち取られるという失態をかました。そうして民衆から支持まで無くせば、新たな勢力が力を伸ばそうとします。圧政からの解放を謳い、市民デモクラシーの誕生です。実際には様々な勢力が混乱期に台頭した訳ですが、それは省きましょう。色々あったのち、共和国が誕生します。その間ラルキアは独立国家として周辺諸国を併合し、帝国となっていきます。時代が変わり、剣と魔法の世界は廃れ、科学技術が発達していく。まあ、コスパを考えれば当然の帰結です。魔法使いを無尽蔵に培養出来ませんからね。銃を背負わせて兵士の数を増やした方が軍事力は上がる訳です。そうなってくると共和政資本主義と、帝国主義的資本主義では市場原理が違ってくる。自国利益の最大化が目的となる後者は持たざる者から恨みを買いやすい。この世界においても左翼の台頭が、まあどの国にもいえますが、頭を悩ませている訳です。そしてその声を最も大きく影響を受けやすいのは、貧困にあえぐ層が多いところに行き着くわけです。この国とラルキアが100年もの間戦争しているのは、かつて打ち倒した主国に対する蔑みと嫉妬心があり、国内のヘイトを外に向けたいという意志が多分に入っております。ラルキアは戦争という外交カードを使いながら、いまや辞めることもできずに依存しているとも言える訳です」
舞台はいつのまにか、壇上に立つ民衆を扇動するアジテーターに変わっていた。
落ち着いたトーンで現状を憂い、徐々に拳を突き上げ、この国は変わらなければならないと声を張り上げていた。
徐々に支持者を増やしていき、党員はスローガンとなる五族共和の五色旗を掲げる。
「この国でかつて起きた同じような状況が、ラルキアでも起きようとしております。あなた方も薄々感じていると思いますが、その先鋒に立つのは軍のクーデターでしょう。今の宰相が目を光らせている間はまだ大丈夫です。宰相が退場された時から軍は隠している刃をいつでも振り翳せるよう研いでいる状態です。次に危険なのは左翼グループですね。左翼グループも一枚岩ではないので、様々な権力闘争がそれまでにあるわけですが、過激派が行動に移そうとします。マクフラリン宰相の襲撃は彼らだと言われておりますが、本当のところはわかりません。過激派を指揮するのはモーニングラルキア紙のアンソニー・マクシムという人物です。ラルキアは軍事政権になる未来と、共産主義国家になる未来、その二つの可能性を秘めております」
ん?んん?
「なぜ、そんなに事情に通じているかと訝しむ気持ちも理解できます。少し長い話ですので、リラックスして聞いてください。コツは口から息を吐き出し、鼻から息を吸い込むことです。吸って吐いてえ、はい、吸ってえ、吐いてえ。—とまあ物語には秩序というものが必要です。タイパを求めて結論から話せとは、実に理不尽な要求なのです。もちろん時には必要なことだと思いますが、急いては事を仕損じます。理解というのは対象に対するおもいやりであり、批判です。ホットミルクという現象を成分だけで示したところで、知らない人にその美しさを伝えることはできませんよ。ええ。レガシーというのは理解を進めるための装置なのです。さて、話を戻しますと選べる未来の可能性は現時点で2択です。軍事政権も共産主義国家も我々にとっては決して都合が良いものではありませんが、問題となるのはもっと先の筈です。ああ、これは失礼。言った側から私自身が先を急いでいるみたいです。本当こういうところですよね。いけない、いけない。そうですね、実際ラルキアの問題は、こちらから助長させているのが実態な訳です。どういうことかというと、いつまでもちょっかいを出してくるラルキアに対し、辟易している。だからいっちょ国の中をかき乱してやれと、こういう訳です。一時は政治犯として亡命していたアンソニー・マクシムに対し資金をあたえて、活動させているのもそういった理由ですし、二枚舌外交で利益を貪っていたモルトンに工作を図り、ラルキア側を追い詰めるのもそう。これは贖えない時代のうねりなのです。国というのは政府の意思決定だけで動くものではなく、実際は様々な思惑の中で変化していくものだと言える訳です」
ちょ、ちょっ待っ……
「この問題の本質は、実は違うところにあります。しかしながら物事には流れが存在します。その流れを無視して、説明を進めることは出来ないことは、先に述べた通りです。—こう考えてください。新しい靴を買った。やっと世界にオートモービルが現れてきたけどまだまだ馬も多い。道路には糞がそこらに転がっている。だから当然踏みつけてしまう訳です。そのままにして歩き続けるようなことはしませんよね?木の棒か、先の長いものを見つけて必死に剥がそうとする筈です。それと一緒です。最終的なゴールを目指す上で重要なのはディテールです。細部を疎かにして成功に導いた例など有史以降ありません。とまあ前置きはこれくらいでいいでしょう。それでは話を次のステージに移行させます。この世界は一定の期間を過ごすと巻き戻ります。タイムリープ、これは和製英語ですが、それが起きているわけです。そして私がその世界で唯一過去を覚えていられる観測者に当たります。私の願いはこの世界を正常に前に動かしたいだけなのです」
—屋外は真ッ闇 闇の闇 夜は劫々と更けまする らっかがさめのノスタルジアと ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん—
遠い昔習ったこの歌をまだ覚えている。暗い時代を経て、それを見ないようとして、ひとときの思いに浸る憐れさ、滑稽さ、そしてその美しさを、教壇に立つ男性は我々に教え説いた。
さて冒頭の壺の中のガチョウの話は、弟子のひとりが「お師匠さま、ガチョウは壺から出ています!」と答えた弟子が、スタンディングオベーション。師匠に認められ後継者になりましたとさチャンチャン。というストーリーなのだが、いうならば問題から逃れられない我らに対する教訓である。
問題はどこにあるのか、問題などどこにもない。問題を作っているのは自分自身であるというパラドクスなのだ。ひとは自分に期待をする。こういう自分でなければならないと規定する。それが想定通りに行きそうにない事態に陥る。そしてそれを問題として認識するようになるのだ。
劇が終わりを告げ、カーテンコールが行われた後に場内アナウンスが流れる。
「今日はこの場に大総統も来て頂きました。それでは拍手でお迎えください。我らが父、エルヴィン・ゴティクス」
拍手に迎えられ、彼は席から立ち上がった。
「すっかり申し遅れてしまいましたが、私が現世におけるこの国フォルニアの元首。あなた方の国から見た魔王になります」
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