第26話 言い出しかねて
ヴィンガード駅からハレム駅まで。
ハレムからは軍用車に乗り換えて、モルトン国境まで行く。そういう計画だった。
ハレムに着いたらまずは北域鎮台に挨拶だ。
兵舎に着くと応対してくれたのは鎮台司令官ではなく、佐官だった。しかも取り次いでもらうのに2時間以上は待たされた。
彼は指令書と我々を見比べながら、うさんくさそうにこちらを眺めている。
ヴァレンタイン少佐の表情筋は、化石のようにバキバキになっていたが、えらいえらいよく我慢してる。
我々は何をそんなに確認が必要なのかも分からず、そこでもさんざん待たされた。
やがて部屋に伝令がやって来て耳打ちをすると、興味なさげに通行証に判を押して、無言で渡してきた。
部屋に銃の携帯が認められていなかったことは、お互いのために良かったのかもしれない。
兵舎の外に向かうと2頭の馬が用意されていた。
おい、車どこよ?
「なんかもう一周回って切なくなりますね」
「言うな。汝、怒りに身を任せず、月が浮かぶ湖畔のように心穏やかに制御するのがラルキア紳士だ。あいつの尿道が腫れ上がって立ち上がれなくなる呪いをかけてやる」
「なるほど。紳士への道のりは厳しいですね」
待たせている二人のところに戻る。
というよりリッパーが大人しく待っていたのが不思議だ。
「やれやれ、やっと戻ってきたのね。知ってる?女を待たせることはそれだけで重罪なの。息を切らして花束を持って登場するのが礼儀なのよ。手と膝を地面に着けて俺が悪かった、女房、子供より君が大事なんだ。が一番最初に口をつく言葉よ」
まず、自分のパトロンになった貴族を殺した男を突き出さないのも謎だし、少佐がリッパーに耳打ちしてから、大人しく着いて来るのも謎だ。一体何を言ったのだろう。
「ちょっと!オートモービルって言ってたじゃ無い!なんで鳥馬なの?」
「鳥馬で冒険なんて男子の夢じゃないか。飛空挺に乗って戦士、モンク、盗賊、赤魔道士がパーティーさ」
「なに訳のわかんないこと言ってるの?あのね、出来る男は、ただ言われたことだけを右から左にこなすのではなく、付加価値を付けて相手に届けるものよ。なんでグレードダウンの商品を納品して帰って来るのよ!」
鳥馬に二人を乗せて、我々は国境に向けて手綱を持った。
陽の高いうちに渓谷を進み、目的地まで辿り着く必要があった。
オートモービルがあれば、通る必要が無かった道だ。
途中、馬に水を与えるために谷川に降りて休憩を取った。
しばらくすると川の音に紛れて、僅かな気配と敵意が漏れてきた。
「少佐」
ヴァレンタイン少佐が頷き、近くに控えていたリッパーに耳打ちした。
リッパーは能力を使ったのだろう、視界から消えた。
「あれ?ダークエルフが消えた!ねえ消えた!」
なぜリッパーに任せるのだろう。能力として適任と言われればそうだけど、会ったばかりのシリアルキラーをなにゆえ信頼をしているのか、解せない。
「少佐、良いんですか?任せて」
「ああ、大丈夫。もっとも私の能力も乗せているから、相手からしたら何が起きているかも分からず終わるだろうな」
「ねえ、さっきからずっとコソコソ喋るの止めてもらえない?なんなの?二人はデキてるの?」
少佐、ただの与太にいちいち動揺しないでください。
リッパーが戻ったのは一刻も掛らなかった。
首を四つ投げ捨て、川で手を洗った。
「……ひぃいいいいいぃ」
「軍か?」
頷くリッパー。
「どう見ます?」
少佐は深く考えているようだ。
もしくは考えているふりをしているか、寝ているかのどちらかだ。
状況が複雑化すると放り投げる癖があるので要注意。
「ミス・ステラ。いつまで着いてくるつもりか知らないけど、我々と行動を共にするということは、こういう危険が多くなると思う。あなたまで守る余裕はないかもしれない。で、どうする?」
「で、どうする?まあ、なんてお優しい方、それではお礼に股を開きましょう。なんて言うと思う?女性の扱い方が本当に下手ね。あら?大変もうこんな時間。って帰りが気になる令嬢じゃないの。ベットに誘うには女性をその気にさせなければ一生辿り着けないわ。これでも私はジャーナリストの端くれよ。手ぶらで帰る仕事は請け負っていないわ。今をときめく征夷の勇者と、巷を騒がすリッパーが一緒に行動しているというのもなかなか唆るネタだけど、もっと大きいスクープになるとベットしているの。これは私の勘ね。分かったらエスコートして下さる?チェリーボーイさん」
うん。間髪いれず、答えられたのは合格だ。茂みに隠れながら啖呵を切らなければだが。
そして少佐はいちいち真に受けないでください。
国境が近づく、あれから新たな追っ手は来ていない。
全滅したことさえ知りようもないのだから、そりゃそうだがなにもかも雑だ。
どうせどこかのバカが独断専行したのだろう。
いかにも行き当たりばったりの、我が軍の現状を実によく表している。
国境越える検問所でも構えていたが、何事もなく拍子抜けするぐらい簡単にモルトン領へと入る事が出来た。
これがモルトンからラルキアへの入国なら、もっと手続きに時間が掛かっていたと思う。
政変によって国家間の緊張は走っているが、国交が断絶したわけではない。それでもお国柄というか、陰湿な国民性というか、ラルキア帝国の国力以前の問題を考えずにはいられなかった。
モルトン領に入ってからは鉄道駅があるカッツという街から、魔王国へのルートを持つ国境のスリングというという街まで。
そこでモルトン情勢を偵察したのち、コーディネーターを雇って魔王国側への侵入を図るというのが、指令書に書かれている内容だ。
しかしながら、少佐も軍部の人間を信用出来なくなっているだろう。とてもお粗末な襲撃のおかげで、いらぬ疑念を生む成果を上げるとは、諸手を挙げて、もはや見事としか言えない。
とはいえ、勝手に襲撃を行うような頭の足りない奴が、すみませんでしたと、上に素直に報告するとも思えない。今はまだ慎重に行動した方が良いと進言すべきだろう。
「我々は明日カッツからスリングに向かう。おそらくモルトン各所にも我々が入国したことは知られていることだろう。もうここからはなにが起きても不思議ではない。というより誰が敵で誰が味方かもわからないありさまだ。想定していたよりも少し状況が悪いが、表向きは指令に従って行動しようと思う」
「驚いた。いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どのように→わからない。でも頑張ろうと思うって大きい声で発表したわ」
北域鎮台から借りてきた鳥馬達をカッツで見つけた厩舎場で引き取ってもらった。
少佐は名残惜しそうに、「カイ、クイ元気でな」と一度も呼んだことの無い名前で2頭との別れに涙していた。
その日はホステルに泊まった。(ステラ女史は文句たらたらだったので、嫌なら自分でホテルを取れと言ったら渋々着いてきた)
夜、少佐もリッパーもうめき声をあげていたので、同室の人たちに自分が謝らなければならなかった。
寝ている二人を置いて外に出て煙草に火をつけた。
ラルキアの空より星周りが早い気がする。きっと、ずっと移動していたから体が落ち着かないせいだと思った。
風の身体に当たる重みとか、ローストした木の実となめし革が混ざったような土地の匂いとか、国境を隔てただけの街なのに、他国に来たんだなと実感した。まあ気分が高揚して、そう思い込んでいるだけかもしれないが。
ホステルの外にあるベンチに男が座っていた。
ハンチング帽を被り、フロックコートを羽織っていた。アカギツネ型の獣人だった。
「お互い夜目はきく、このままでいいだろう?」
「かまわないさ」
「色々手際が悪くて迷惑をかけてる」
「手際の悪いというレベルじゃなかったぜ。おかげさまで少佐の疑いの目は完全に軍への矢印にシフトしている。警戒レベルを軍が自ら上げたんだ。そして彼は大人しくに尻尾を切られるような玉じゃ無い」
「まあ上層部の曖昧な姿勢のせいだろうな。軍内部でも司令部以下はイニシアチブを握るための派閥争いに明け暮れている」
「点数稼ぎ野郎の独断なんだとはなんとなく予想はしていたよ。それでどうすんだい?」
「変わらないさ。経過観察。実際泳がせておくしかないだろうね。個人戦力としては大きいが、お偉いさんにとって、まだ黒でも白でもない。仮に彼が軍上層部の思惑に気付くようなミラクルが起きない限りはね。おい、変な気だけは起こしてくれるなよ」
「わかっているさ。ファミリーのためにだろ」
自分で口にして反吐が出そうだった。それは我々が我々に対してだけ感じ得る共感性羞恥だ。
異国に来てさえ、そこからは逃れることは出来ないのだと心底悟った。
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