第7話 二人でお茶を

オット少尉は獣人族である。

この国、太古の勇者が創ったとされる帝国は、その支配地域の殆どがヒト族で構成されているが、亜人類である他種族も決して数は多く無いがコミュニティとして存在している。

ヒト族の他民族地域もあるが、明らかな他種族(エルフにドワーフやハーフリング、リザードマン、獣人等)よりも軋轢が大きく、紛争地域はそういう区域に限定されている。

そういった事情に加え、近年いよいよ国の斜陽が露わになっているせいか、他人種、他種族排斥の声は年々大きくなってきている。


マイノリティとしてこの国で生きるには選べる職業はそう多くない。

100年以上戦争状態であるこの国で軍に入隊するのは、そのうちのひとつだ。

実力さえあれば、それなりに評価がされることを考えれば選択肢としてそこまで悪いものではない。

そうはいっても多くの理不尽な指揮官の下で部隊経験もしていれば、現在の上官であるヴァレンタイン少佐の下についてからは、亜人種だからと区別されて評価されるようなことは無いと、好意的に感じるられるもの確かだ。

働きがいのある職場というのは、例えどんな理念であろうが、結局は人だと思っている。


そんなヴァレンタイン少佐はオット少尉の横で不機嫌に、不満げで、憤然たると顔に書いて忙しくしている。

彼とオト少尉は、軍宿舎にある地下の撞球場で球を撞いていた。

的球をポケットから外してぶつぶつ言いながら、席に戻りタバコに火を点け

思いに耽り、首を項垂れ、そうかと思うと髪を掻きむしり、天井を見上げ、自嘲気味に笑い、知らない音階の知らない言葉で歌を歌い始めたりしている。

いつも毅然としていた彼からは想像出来ない有り様だったが、少しは人間らしいところもあるのだなと少し安堵も感じている。


とはいえ、今夜少佐は新たな勇者を祝うセレブレーションパーティーに参加せねばならぬ身だ。

しょうがない、少しは慰めるか


「ちょっとは集中して撞いてください。ただでさえ我々じゃあまともにポケットに入れられないんですから」

「そうは言ってもな、明らかに片道切符だぞ」

「嘆いてオーダーが覆るわけでも、誰かが代わってくれるわけでもありません。観念して腹括るしかないでしょう。今までも何度か死線をくぐりぬけてきたわけですし、なんとかなるかもしれません」


「まあ、ならんだろう」

「まあ、そうですよね」


気休めにもならないな。


少佐が司令部から受け取ったオーダーは、モルトン潜入だけではない。

魔王国側に取り残された勇者達の安否確認並びにサルベージも兼ねている。

モルトン側の情勢も、生存も不確かな勇者達をどう探すかも分からない状態で、どうにかしろとは指令というにはお粗末すぎる。

なにかあると訝しむのも無理はない。

ましてや軍のなかで征夷の称号は特別なものだ、幾ら軍上層部だとしても捨て駒に扱っていいものではない。

となれば軍上層部より、さらに上から出たものに他ならない。

努力目標に過ぎないこのオーダーは不自然すぎるのだ。


話題を変えよう


「祝賀会には軍服で出席ですか?」

「礼服というわけにもいかないからな、そうなるだろう」

「潜入には軍服というわけにはいきませんよね?」

「あー、そうだな背広でも仕立てるか」

「セイバル通りで仕立てだなんて、おのぼりには敷居が高いっすね」

「まあ、死装束だけどな」


だめだ。後ろ向きすぎる。


「中尉にも言えますかそれ?」

「……無理」

「じゃあ死に物狂いで死なないようにしなきゃならんですねえ」

「やれやれ、泣き言も言えんのか勇者ともなれば」

「征夷の名は安くはないってことです。死に様まで英雄でなければ」


「皮肉だぞ。それ」

「皮肉を言ってるんですよ」


少佐は髪をかき上げ、蒸留酒を一気に飲み干した。

そしてポケット前のフリーボールを盛大に外した。

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