第16話 雨に唄えば
絞首台には頭から袋を被せられた4名が並んでいた。
隣に立つ母が声をかけてきた。
「統治者としてすべきことをなさい」
前に進み出ると執行官がこちらに目線を送ってきた。
手は汗ばんでいるのに喉がひりひりと渇いた。
執行官に対して無言で頷く。
「これより、刑を執行する。陰謀を企てた革命的行動、大逆罪に値する」
絞首台の周りに集まる民衆からは「公正な裁判をしろ!」「徴税を減らせ!」「パンをよこせ!」と体制に対する歓迎の大合唱が響いた。
執行官の手が上がると、床が抜け4名の体が宙に浮いた。
この数日雨が続いていたが、きっと明日からは晴れると思った。
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「トラクス様に手をかけた下手人の刑は執行されましたが、当局では指示したものがいると見ております。とはいえ、レジスタンス、コミュニストも分派しているので、早急な特定は困難を要するかと、また裁判を行わないで執行されたことに対して、工場、鉄道機関で中心に広がったゼネストに加え、帝都では11万規模のデモが敢行されております。征夷の勇者の反乱は小康状態ですが、どこかで攻勢を強めてくると現場指揮官はみております。また新たに帝国内北西部、中央南部、メヤニー地方全域で民族間での紛争と、それに端を発した反乱の報告が、モンゴメリは現在静観しておりますが、問題は魔王国側でしょう。レジスタンス側に武器、資金の注入だけではなく、国境線への軍増強を急いでおります」
御前会議でのガルバ中将の発言に、みな口を噤んだ。
数え役満みたいな状況に、強硬派で固められた陣営は、いつもの威勢の良い決め台詞を忘れてしまったようだ。
どこから処置を始めたらいいのか分からず、雁首を揃えて思考が停止しているのだと思うと、滑稽というより、なにか牧歌的だなと感じた。
皆、実務能力自体悪くはないのだが、実父という頭が無くなれば大局に明るい人材はこの場にいない。
私にとっては宿敵が退場してくれたことに感謝しているのだが、取り残された状況を打開するような建設的な意見が彼らから具申されるのは期待薄だった。
円卓を囲む連中が、腕を組みながら吸い殻を積み上げ、チラチラとこちらを伺う姿勢に、テーブルを叩いて解らせてやりたかったが、そもそもそんな甲斐性が私にあるならば、実父に傀儡にされたまま、ぼんやり過ごしてはいない。
長年染みついた負け犬根性が、訓練のすえに習得した、無音の溜息を地面に向けてはいた。
残念なことにボールを握っている私である以上、事態を進めねばならなかった。
「ちゅ、ちゅ、ち、ちゅ、中将、そ、そ、それで卿は、ど、ど、ど、どう思う」
「正直に申し上げますと、トラクス様凶行の真相追求は二の次にすべきかと、各地域の反乱はすでに軍を向けております。鎮圧は難しくないでしょう。とはいえ他地域でレジスタンスらが新たに扇動を始めることも考えると、対魔王軍戦線への追加派遣はままなりません。ここにきては陛下に親征を頂き、戦場を鼓舞頂きたいと愚考するものであります」
周りがざわめき、騒ぎ出す前に手を上げて制した。
そもそも打開策も献策できないのに、この期に及んで、こちらをおもねるポーズだけは立派に果たそうとする姿勢に腹が立つ。
軍にこれ以上力をつけられたら困るというのは、まあわからんでもないが
「ち、ち、ち、朕は、せ、せ、せ、戦場で、では、やくに、役に、た、た、たたぬが」
「陛下あるところ、国体であれば、兵が敵を背に向けることもあらずんば」
周りから耳鳴りがするぐらいの静けさが辺りを包んだ。
まあ中将からの具申はもっともだ。
帝国がここまで混乱を招いたのは、戦時下による徴税の増加、食べれなくなったものが多くなってからだ。責任者が行動で規範を示すのは、ノブレス・オブリージュの精神からも当然である。
問題はセシルか。
きっとテディの容態を盾にして私を責め立てるであろう。
それでも受け入れる以外の選択肢はないような気がした。
「て、て、帝都のしゅ、しゅ、守備はどうする」
「デモ隊が暴徒化することも考えれば、近衛師団の一部は留守が妥当かと、皇宮警察に全て担わせるのは、状況を見て危険であると考えます」
中将の言葉に頷いた。保身に忙しい周りも、少しは自身を納得させる言葉にはなっただろう。
眼鏡を一度取り、眉間を揉んだ。
「ち、ちゅ、中将の案を、と、と採ろうと思う。い、い異議はないか?」
皆、能面みたいに無言だった。
「ち、中将、す、す、進めてくれ」
吃音もちで実父の傀儡であった私が、これだけ喋る機会は御前会議では初だった。
疲労が猿を殺した臼のように重くのしかかった。
アニタの胸で癒してもらいたいと、心が叫んでいた。
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