第15話 春の如く
空に響くは押し寄せる民衆の声と、散発的に抵抗を思わせる銃声。
その軽快とは呼べないメロディーに耳を傾けながら、己の生がまもなく終わると確信ができた。
宮殿前を埋め尽くす人の渦をを眺めながら思う。
果たして生ある中で何か残すことができただろうかと。
デザイナーとしての名声と羨望と嫉妬。
そして皇后セシルと歩いた道のりを。
選択出来た可能性に、悔いを感じる事は果たして傲慢だろうか
願わくば逡巡も、感傷の余韻も許さず殺されればと願った。
「ごめんね」
————————
セシルに出会ったのは、独立を果たして暫くした頃だ。
意気揚々と、決して華々しいデビューとはいかなかった。
当時貴族のパトロンもいない女のデザイナーが活躍できるような下地もなく、嘲笑と奇異な目を遠慮なく向けられていた。
元大手ブランドトップのモード商としての自信は早々に砕かれて、それでも田舎に戻る覚悟は未練が上回って、見放す勇気も持てずにいた。身動き出来ない陰鬱とした日々、宮廷の官女がうらぶれたブティックに足を運んで来たのはそんな時だった。
「あなたに仕立ててもらいたい方がいます」
その目付きがきつい女が、カウンター越しに発した第一声だった。
カーラと名乗ったその女性と連れ立って、初めて入った皇宮の庭園に彼女はいた。
懸案だった皇帝への輿入れ相手がようやく決まったと、その背景を含めて市井ではもっぱらの話題だったが、よくタブロイド紙で描かれる挿絵に違わぬ美貌だと思った。
すらりと伸びた長い手足、ただ存在があまりにも儚げで直視する事を躊躇わせた。
犬のような聖獣と戯れていた彼女はこちらを認めると微笑みを返した。
核心で胸が高鳴る
ああなんということでしょう、遠目でしか見た事がなかった存在が、目の前にいる事だけでも信じられない事なのに、私に服を仕立てろ?
そもそもお抱えのモード商が宮廷にはいるのだ。
目をつけられたら二度と業界での立身はないだろう、ただ今の自分には捨てる物さえないのだ。
上等だ、華々しく散ってやろうと目の前のお方の前に出て膝をついた。
後から知った事だがセシルの周りは殆ど敵だらけだった、宮廷は日夜権謀と建前が混在しており、セシルの意思を通す隙間はなく、ただのお飾りとしてしか見られていなかった。
彼女が選んだ抵抗だったのだろう、市中に出た時ブティックのショーウインドウで、私の作ったドレスを見てから、どうしても着たいと告げられた時、もうそれだけで、全てを捧げていいと思った。
ファッションとは女にとっての業である。
まるで断捨離をするために買っているのかのごとく、それなのに毎シーズンごと同じような服を新作だと買ってしまうのは女の成せる技だ。
それは極楽蝶であり
それは朱雀である
羽を広げ自分がより美しい存在であると示す生命の根源的戦い。
宮殿で開かれる舞踏会が、我々の決戦場だった。
セシルは体調が悪くなったと席を立ったあと、打ち合わせ通り私は彼女の待つ部屋へと走った。
帝国北西部の民族衣装を模したドレス、静脈をなぞるメイク、マガレイトで髪結い。
自分が施した対象に、息を飲んだのは後にも先にもない。
舞踏会に戻ったセシルは、視線を独占した。
紳士淑女が一様に口を大きく開けた姿は、愉快をすぎて爽快だった。
惚けた表情をする周囲のなか、皇帝陛下だけが手を叩いて笑っていた。
舞踏会以降、セシルのドレスの話題で王宮は浮き足立った。
それからはドレスに限らず、公務からカジュアルな私服まで、民衆の関心はセシルに向けられ、新しいロイヤルスターのスタイルは一躍モードの先端となり、文字通り帝都を席巻する。
セシルの専属となった私のブティックは連日とんでもない騒ぎとなり、一夜にしてトップブランドとして走しる事を余儀なくさせた。
ポップアイコンとなったセシルには、他のモード商からも、自分の服を着るように願いが来ているのではないかと聞いてみた。
私にでさえ、他の貴族からひっきりなしに専属依頼が来るのだ。
(とてもじゃないが手が回らないから、丁重にお断りをしているが)
「いやよ、あなたが取られちゃうじゃない」
これは音だ
「私、独占力が強いのよ知らなかった?」
いたずらっぽくコロコロと笑った。
恋に落ちた音がした。
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